130.本題①
メロとアリサ、二人を見比べる。
対照的な表情だった。
メロはさっきよりは全然余裕そうな顔をして笑っているのに対して、アリサは余裕のない表情をしている。
あたしの動揺をよそにメロがアリサを指さして、笑いかけてきた。
「収穫」
「え?」
「おれには何も言わないからわかんねーけど、話してみたら収穫あるかも」
アリサが近づいてきてメロをギッと睨みつけた。……こんな視線を向けられるなんて、メロはアリサに何をしたのよ。確かにアリサとメロの関係はゲームとは全然違うわ。睨み方がかなり本気でちょっと怖いくらいだもの。
メロはへらへらとしながら、持っていた日傘をアリサに差し出す。
「なんも言ってないから」
「あなたに言えることなんて何もないじゃないですかっ……なんであなたみたいな人がロゼリア様のお傍にいるのか理解できませんっ!」
アリサ、何だかメロにすごく敵意があるみたい。
差し出された日傘を乱暴にぶんどって、メロがそうしていたようにあたしに日が当たらないように腕を伸ばす。アリサはあたしよりも小さいから日傘を持つのは大変なんじゃ……。そう思って日傘に手を伸ばした。
「アリサ、自分で持つわ」
「いえ、大丈夫です。わたしが持ちます」
「そ、そう」
思いの外、強い口調で言われてしまったので渋々手を下ろした。
メロはあたしから離れてアリサのことを顎で示す。
「お嬢。そいつがお嬢に話あるって」
そいつ呼ばわり……。
アリサはメロのことをよく思ってなくて、メロはアリサのことは何とも思ってない。お互いに扱いがかなり雑に見える。キキがメロに対して塩対応なのと何だか似てる。
話があるという言葉を受けて、アリサを見る。
「そうなの? アリサ」
「……は、はい。できれば、お部屋で……あの、誰にも聞かれないところで……」
アリサは俯きがちになって渋い顔をしている。メロはどこか楽しそうだった。
話をしたいのはあたしもだから、アリサの方から来てくれるんだったらよかったわ。どう話を切り出そうかというのは未だに悩んでいるけど、アリサの話を聞いてからでも良さそう。ちょっと深刻みたいだし……。
誰にも聞かれないところ、というと人払いをして執務室からしら。
「わかったわ。じゃ、執務室に行きましょう」
「ありがとうございます」
「メロ、誰も入らないように言っておいて頂戴」
「りょーかいっス」
メロは軽い調子で返事をして先に屋敷に戻っていった。
残されたあたしは横にいるアリサを見る。アリサはどこか緊張した面持ちだった。
「アリサ」
「は、はい」
「行きましょう」
「はい、ロゼリア様」
緊張した面持ちのまま頷くのを見て歩き出す。やっぱり自分より背の高い人間に傘を差しかけるのは大変じゃないかと思い、「自分で持つわ」ともう一度言ったもののアリサは頑なに日傘を手放そうとはしなかった。
短い距離だしいいかと諦め、アリサに日傘を持たせたまま屋敷に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
執務室にはあたしとアリサの二人きり。誰も近寄らないように言ってある。
中央にあるテーブルとソファのセットに向かい合うようにして座った。
アリサはスカートの裾を握りしめている。相変わらず表情からは緊張がありありと伝わってきていて、何もしてないのにこっちが悪いことをしている気分だった。
とは言え、こっちが臆していては話が進まない。アリサを見つめて話を切り出した。
「話って何かしら?」
アリサはスカートを握りしめる手を緩めたり再度握りしめたりして、話しづらそうにしている。それをじっと見つめながら待っていると、やがてアリサが重い口を開いた。
「……その、デパートでの、ことを」
「! あたしもね、そのことをちゃんと聞きたかったのよ」
思わず前のめりになった。
アリサから切り出してくれるとは思わなかったわ。棚ぼたね。あたしが知りたい情報が知れるかどうかは別だけど、何らか手がかりがあるはず。
「そう、ですよね。ロゼリア様があの日のことを知りたいと思われるのは、当たり前です……。
というか、これまで……その……黙っていてくださって、ありがとうございます……」
申し訳無さそうな顔をして頭を下げるアリサ。
ま、まぁ、あたし自身誰にどうやって話をすればいいのかわからなかったし、下手に話をして拗れるのを避けたかっただけなんだけど結果オーライかもしれない。
「いいのよ。体調を崩してしまったしね」
「その件についても大変申し訳なく思っています。その、怖い思いをさせてしまって、ショックを受けられたかと思いますし……」
それを聞いて少し黙り込んでしまった。アリサはずっと申し訳無さそうにしている。
怖くなかったと言えば嘘になる。というか、かなり怖かった。
あんな風にごくごく普通の婦人から襲われるなんて考えてもなかったし、身近に危険が潜んでいるという事実もあたしを恐怖させた。……本当に、あの時アリサが来てくれなかったらどうなっていたのかしら。嫌な想像しかできないから、あんまり考えたくない。
けれど、一旦は済んだことだと自分に言い聞かせる。
この先何があるかわからないから、それはそれとしてあの時のことを聞きたいのは本当だった。
「確かに驚いたわ……。けど、それはそれとして、きちんと話を聞かせて頂戴。
あたしには知る権利というか……やっぱり自分の身に起きていることを知りたいという気持ちがあるの」
アリサを真っ直ぐに見つめて言う。彼女はあたしの言い分を受けてしっかりと頷いた。
先程までの申し訳無さそうな雰囲気はなくなっている。多少緊張は残ってるけど、それはしょうがないんでしょう。
彼女は小さく息を吸い込んでから、あたしのことを真っ直ぐに見つめ返して口を開いた。
「……まず、このことは、ロゼリア様にだけで留めておいて欲しいんです」
「どうして?」
「本当なら……誰にも話してはいけないことなんです。ですが、デパートでロゼリア様の身に危険があったことと、わたしがその場にいたこと……そして、メロさんにあの時の清掃員がわたしだった、ということを知られてしまったので……話さざるをえない状況になりました」
その話を聞いて目を見開いてしまった。
あの時、清掃員に変装していたアリサのことを見破った!? メロが!?
よく覚えてないけどあの時メロがアリサを見たのって一瞬じゃなかった? それで正体がすぐにわかるもの?
「……メロが見破ったって、本当?」
何だか信じられなくて確認してしまった。メロに対する疑念を全面に押し出したからか、アリサは困ったように笑う。
メロって結構勘はい方だと思う。けど、勘が良いにしてもあの時の清掃員をアリサだと確信を持ってしまうとは流石に思ってなかった。
アリサは困った表情のまま、少し視線を落とした。
「はい、本当です。それでメロさんに、ロゼリア様に事情を話すなら見逃すけどそうじゃなかったらメロさん自身がジェイルさんたちにわたしのことをバラすと……おど、言われまして……話が広がるのはどうしても避けたくて……それでロゼリア様にだけ話をするということで納得してもらったんです」
……。今、「脅された」って言おうとしたわよね。メロ、本当に何やってんの……。メロが動いてくれなかったから、こうしてアリサがあたしに直接話す機会はなかったかもしれないから、敢えて言う気はないけど……!
引っかかるのはしょうがない。今は「脅された」という言葉は聞かないでおこう。




