129.フラグ?②
メロがこんなに悲しそうな顔をするとは思ってなくて、そして悲しそうな顔をする理由もわからなくて混乱する。
何もせずにいたらメロはアリサに惹かれていたはずだし、接点さえあれば勝手に惹かれているものだとばかり思ってたのよ。
肩を掴まれたまま見つめ合う形になり、あたしは何を言おうかと悩むし戸惑う。
その間にもメロの表情はどんどん暗くなっていった。
まずい、何かフォローしないと……!
「お嬢があいつのこと気になるって言ったんスよ?」
「そう、ね……」
これまで聞いたことがないようなメロの落ち込んだ声に頷くことしかできない。フォローしたいけど気の利く言葉は思い浮かばず、目の前でしょげるメロをただ見ていることしかできなかった。
メロの手から少し力が抜け、あたしから手を離す。ホッとしたのも束の間、メロは鼻のあたりを手で擦り、「ぐすん」と鼻を鳴らした。
「……だから、おれ……い、言うことを、聞いて……役に、立とうと……した、のに……」
悲しそうな声に、悲しそうな表情。
どこか潤んだようにも見える瞳を見て硬直する。
目の前で泣きそうになっているのを見て思考が完全に停止してしまった。
呆然と、本当にただただ呆然とメロを凝視するだけで、何も考えられなかった。
これまで、メロがこんな顔をしたことがあった?
いつも飄々としてふざけてるのに、あたしのことなんてどこか軽んじていたのに──。
こんなにも悲しそうなところは初めて見た。
泣きそうなだけで泣いてない。けど、はっと我に返って途端にパニックになった。
気が動転してあたふたするのに何の言葉も思い浮かばない。その間にもメロは目に見えて落ち込んでいき、凄くショックを受けているのが伝わってきた。
「ひどい、そんな勘違いひどいっスよ。お嬢が言うから近づいてるだけなのに……」
「っそ、そうじゃないのよ! ただ、ちょっといい雰囲気に感じただけで……」
あー! さっきと同じこと言っちゃった! ダメだわ、これって追い打ちかけてる!
咄嗟に口を手で覆った。今何か言い訳するのは絶対に良くないわ。顔を隠すようにそっぽを向いてしまったメロを見つめ、口を手で覆ったままゆっくりと深呼吸をした。
そして、口から手を離し、なんとなくその手をメロの頭に伸ばす。
「……悪かったわよ。変な勘違いして……ごめん」
ここはちゃんと謝らないと……。
そう思いながら、メロの頭をそっと撫でた。メロはあたしの手に少しだけ驚いたようだったけど、特に文句も言わずに大人しく撫でられている。メロの頭をこうやって撫でることもこれまでなくて、メロにそうしようという発想もなかった。
よしよし。と口に出さずにゆっくり撫でる。
メロはその間何も言わずに撫でられ、何を思ったのかあたしの手に自分の頭を押し付けてきた。
う、ちょっとかわいい……。
でも、言われてみれば勝手な言い分だったわ。
あたしのことを気にして自分からアリサのことを監視するって言い出した。それに対してあたしは「任せる」って言ったのに……アリサのこと好きなんでしょ、と言い出されたらそりゃいい気分にはならないわよね。多分、メロは仕事だと思って取り組んでるんだし、……馬鹿だったわ。本人に聞くことじゃなかった、少なくとも今は。
メロはあたしに撫でられたまま、小さくため息をついた。手を止めるとメロが口を開く。
「お嬢ってさ……前から他人の気持ちなんて関係ないって顔してたけど、そこは今も変わってないっスよね」
「え?」
目を見開く。俯いたままのメロの頭を見ながら固まってしまう。
考えてるつもりなのに、……どういうこと?
メロの言い分が理解できないままでいると、メロがどこか自嘲気味に笑う。
「前よりひどいって感じることもあるよ」
「そんなこと」
「前はさ……知ってても無視するか、知ろうともしないかだった。今は、勝手にこっちの気持ちを決めつけてて目の前のおれが今どう感じてるのかは気にしてくれない気がする。……今もそう」
メロの頭に手を添えたまま、言われたことをもう一度頭の中で繰り返す。
変わったとか優しくなったって言われてるじゃない。自分ではまだまだ足りてないって思うところはあるけど、一応考えてるつもりよ。
ゲームのストーリーとかイベントとかで得た情報を照らし合わせて──……。
……。……あれ?
あたしの考えは、ゲーム情報に基づいたものだった。
ゲームではこうだった。ゲームではこういう反応だった。そんな情報を頭の中に置きながら、メロたちと接していた。だからゲームとは違うことが起きると驚くし、アリサに惹かれてないメロが不思議でならない。
ゲームでは。ストーリーでは。って、そればかり。
ジェイルがあたしの味方になりたいって言うのも理解できないし、ユウリがやけにあたしを気にかけて行動するのも理解できないし、ユキヤがあたしのことをかなり信用してるっぽいのも理解できないし、ハルヒトがあたしに親しげなのも理解できない。
だって、ゲームではそんなのなかったから。
今、目の前にいるメロもそう。
前世の記憶を思い出した後、ここは確かに『レドロマ』の世界だけど、人間がちゃんと生きてるって思った。ゲームのストーリーやシステムがあたしに影響をする様子は今のところない。
ゲーム通りの『九条ロゼリア』だったら、きっとそれこそゲームのストーリーに沿った展開があったのだろう。
でも、そうじゃない。
あたしがそれまでの自分を顧みて、考えと行動を改めたから周りも変わっていった。
だから、『レドロマ』の世界ではあるけど、あたしは『レドロマの悪女・九条ロゼリア』からはかけ離れてるし、メロも『レドロマの攻略キャラクター・花嵜メロ』とは違ってしまっている。
ゲームの情報が全く役に立たないわけではないし、実際はすごく役に立ったけど……多分、メロたちのことを判断するのに、ゲームの情報を参考にしても今はもうあんまり役に立たないんだわ。
メロが今それを指摘したもの。
あたしはゆっくりと息を吸い込んで、それからゆっくりと吐き出した。
多分ゲーム情報は完全に捨てきれない。ある意味命綱みたいなものだから。でも、ゲームとは違うところもあるんだってちゃんと認識して行動しないと──。頭ではわかってても、攻略キャラクターだった彼らのことは「だってアリサがいるじゃない」で済ませてたから、気をつけよう。
メロを真っ直ぐ見つめると、視線に気づいたメロが遠慮がちに視線を返してきた。
「ごめんね、悪かったわ。あんたの言う通りよ。……今、メロが何を感じているのかを考えてなかった」
素直に謝るとメロが驚いた顔をした。
瞬きを数回してから、間を取り持つように落ちた日傘を拾い上げ、あたしの上に掲げる。
「……うん。おれ、アリサのことは何とも思ってないから」
「わかった。そうなのね」
「お嬢の役に立ちたくてやってることっスよ。……ちょっとは見直した?」
「まぁ、ちょっとだけね」
そう言うとメロは口を尖らせる。その様子が子供っぽくて笑いそうになってしまった。
見直す見直さないの、って話は確かに自棄酒を飲んでた時に言われたわ。あれ、結構本気だったのね。
「じゃあ、今日は何か収穫はあったの? あんたを見直すような」
「あー、それはっスね──」
「メロっ、さん!!!!」
突然アリサの声がした。気配もなく、声だけが発生したような感じ。
驚いて声のした方を見るとアリサがぜいぜいと息を切らして立っていた。どうやら屋敷内からここまで走ってきたらしい。それを見たメロが薄く笑っている。
何事? と思いながら、メロとアリサを見比べた。




