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13.されど紙切れ一枚

 あたしはジェイルが持ってきたペンを受け取り、さっきユキヤに告げた言葉を文章に直した。

 ……そう言えば、あんまりこういう文書は作ったことがないんだけど、これでいいのかしら。まあ、大事なのはあたしがこの文書にサインと九条印を押すことなんだけどね。

 ふざけた内容であっても、九条印があれば真剣に取り組まなきゃいけないものになる。


 あたしは書き上げた文書を摘まみ上げてじーーーっと見つめる。

 思わず眉間に皺が寄ってしまった。字が右上がりで文章も徐々に右上がりになっているからあんまり綺麗じゃないわ。

 書き直した方がいいかしら、これ。大切な文書だし……。


「ジェイル、どう? おかしくない?」

「ええ」

「ユキヤは? これ、変なところはない?」

「はい、大丈夫です」


 こいつらは仮に心の中で「出来がいまいち」と思っててもこの場で言うような無神経じゃなかったわ。聞く相手が悪かった。

 ノア、は……ユキヤと同じ反応しかしないわね。


「お嬢。なんか気に入らないんスか?」


 メロが後ろから覗き込んできて首を傾げた。

 それを横目で見て、ようやくメロの存在を思い出す。


「……そういえばあんたもいたわね」

「えぇ、ひどいっスよ。ずっといたのに」

「あっそ。文章が右上がりになったのが気になるの」

「でもジェイルもユキヤ君もいいって」


 ユ、ユキヤ”君”!?

 あたしは思わずメロを睨んでしまった。


「あんた、ユキヤに対して君付けってどうなの……?!」

「あ、あの、お気になさらず……」


 驚いて咎めるけど、当のユキヤが困り顔で笑うのみ。

 ユキヤの隣にいるノアは「この野郎」って顔でメロを睨んでいるし、ジェイルも眉を寄せて不機嫌そうな顔をしていた。

 ジェイルはユキヤを呼び捨てにしているけれどそれは二人の仲がいいからであって、ほぼ初対面の相手を普通は呼び捨てになんてしないわ。しかもメロよりユキヤの方が年上だし、地位も上。君付けで気軽に呼んでいい理由が一つもない。

 にも関わらず、メロはへらへらしていた。ああ、殴りたい……!


「白紙に横線引っ張って、上に他の紙を乗せて書いたらどうっスか」


 メロはへらへらしたまま机の上にある紙を指さしてから、「こうやって」と手を重ね合わせていた。

 ユキヤの呼び方と今の態度について文句を言いたいけど話がまとまらなくなるから、あたしは一度深呼吸をして落ち着く。言動はともかくとして、メロの案は今ここにあるもので簡単にできるから悪くはない。


「……それもそうね。ジェイル、お願い。それからメロのことは後で怒っておいて」

「もちろんです」

「ぅげ」


 あたしはそう言って白紙とペンをジェイルに渡した。ジェイルはテーブルの端っこで、几帳面に綺麗に横線を何本か引っ張る。長い文章じゃないから、数本もあれば十分だわ。

 横線を引き終えた紙をひらひらと振ってインクを乾かし、乾いたところでジェイルがあたしの前に横線を引いた紙と真っ白な紙を重ねて置いた。

 あ、ちゃんと透けて見えていい感じ。


 右上がりの癖字は今更どうしようもないけど、ぱっと見は綺麗にしておきたい。

 あたしは九条印使うの初めてだし、納得できる形にしておきたいわ。


「よし、と……書けたわ。ユキヤ、本当にこれでいいわね?」

「はい、ありがとうございます」


 ふわ、とユキヤが笑う。心臓がどっと跳ねたけど知らないふり。

 文書はこれでよし。あとは九条印を押すだけ。


 あたしは箱の中から九条印を取り出す。直径5cmあるかないかくらい。印鑑にしてはちょっと大きいわよね。

 下に敷く赤いマットと朱肉も一緒に取り出した。そういえば、用意してもらった朱肉もちょっと特殊で、ただの赤じゃなかった気がする。印影はわかりやすくするためにただの黒なんだけど。


 さっき書いたばかりの紙をマットの上に置いて、朱肉を付けて──……。

 全員の視線があたしの手元に集中してるし、なんか緊張してきたわ。

 最初くらいかっこよく決めさせてよね。

 そう思い、あたしはぐっと力を込めて、九条印を押した。

 ぐいぐいとちょっと強いかもってくらいに押し当てて、そーっと離していく。


「……わぁ、綺麗……」


 そう呟いたのはノアだった。他の三人も息を呑んでいる。

 あたしも自分で実際に使うのは初めてだったから、思わず見入ってしまった。


 龍と薔薇が絡み合い、その中にあたしの名前が綺麗に収まった印。

 複雑かつ繊細な刻印。

 この世にたった一つしかない、あたしだけの印。

 赤い印には違いないんだけど、光の加減で黒にもピンクにも見えるという不思議なインクだった。


 実際に押すとこんな感じなんだ、という感慨深さもあって、ちょっとぼけっとしてしまう。

 いやいや、押して終わりじゃないのよ。これを押してしまったってことは、ここに書いたこと──ユキヤに協力するって約束をこれから果たさなきゃいけないんだから!

 むしろこれからが始まりよ。


「お嬢様、こちらを」


 ジェイルが用意してくれた布で印面についたインクを拭き取る。マット、朱肉、そして九条印を元の通りに箱に収めた。

 ふう。と、思わず息を吐き出す。

 それから、ユキヤを見つめた。文書を回転させてユキヤに見せる。


「ユキヤ、確認して頂戴」

「……はい、ありがとうございます」

「ここに書いたことは守るわ。あたしはあんたが納得できるところまで協力する。必ずね」

「どうかお願い致します」


 元はと言えばあたしのやらかしなんだけどと思いつつ口には出さない。

 ……本当に、ユキヤはあたしのせいだって言わないのよね。言っても無駄、もしくはこの場の雰囲気を悪くするからというのはわかるんだけど、態度にすら出さない。

 ユキヤに確認してもらった文書に触れて、そっとユキヤの前に滑らせた。


「これはユキヤが持っててくれる?」

「……。あの、」

「何?」

「ジェイルに持っててもらう、というのは駄目でしょうか?」

「「えっ」」


 多分あたしとジェイルの声がハモった。これは当然ユキヤが持つべきものでしょうって思ってたから、ユキヤの申し出にはびっくりする。

 あたしはジェイルと顔を見合わせてから、もう一度ユキヤを見つめた。


「これはあんたが持ってた方がいいと思うんだけど……ジェイルに預ける理由を聞かせてくれる?」


 ジェイルもそうだと言いたげにユキヤを見つめている。

 あたしたちの視線を受けたユキヤは言いづらそうに口を開いた。


「あの、お恥ずかしい話なんですが、万が一父に見つかったらと思うと……守り切る自信がなく、不安なんです。南地区内はどうしたって父の目がありますから……ジェイルは私の信頼できる友人なので、今のところ一番安全だと思っています」

「なるほど。確かにそうかもね。……ジェイル、いい?」

「は、はい、自分は構いませんが……」

「じゃあ、よろしく」


 文書はジェイルが持ってきてくれた封筒に入れて、そのままジェイルに手渡した。

 まさか自分が預かることになるなんて思っても見なかったって顔のジェイル。あたしもよ。絶対ユキヤが持ち帰るんだと思ってたから。

 とはいえ、ユキヤが安心するって言うなら持ってるのは誰でも構わないわ。


「で、これからのことだけど……ユキヤ、一つ考えてることがあるの。聞いてくれる?」

「はい、もちろんです」

「またお茶が冷めるから適当に飲みながら聞いて頂戴。あとチョコも食べて。余ると勿体ないから」


 あたしから勧められた手前、遠慮することもできないらしく、ユキヤはカップを手に取った。横ではノアもおっかなびっくりって感じでユキヤに続いている。そして、目の前にお茶と一緒に置かれているチョコにも二人して手を伸ばしていた。

 あたしはあたしでちょっと疲れたのでお茶を飲んだ。


「南地区のことを調べてみたら小さなダミー商会が増えてることに気付いたの。多分計画に使うつもりだったよね。で、そのままにしておくのも不安だから、調査ついでにダミー商会をアキヲからいくつか買おうと思ってるんだけど……どう思う?」


 ユキヤはお茶を飲んでいる途中で目を丸くしていた。

 実はあんまりいい案じゃなかったのかしら。あたしはユウリから聞いた時「それだ!」って思っちゃったんだけど……。身内であるユキヤの意見を聞くのは悪いことではないはず。

 半分ほどに減ったカップをテーブルに置き、ユキヤが悩まし気に口を開いた。


「いいと思います。ただ、買い取る際の条件は厳しめにしておいた方が良いかと……買い取った後に父や関係者が手を出せない状態にする準備も必要ではないでしょうか」

「……なるほど。商会が活動している状態だと、引き続きあたしが関わってるって証拠にされる可能性があるわけね」

「仰る通りです」


 商会をそのまま買い取るのはちょっとリスクがあるのね。こっそり使途不明金を流されたり変な活動に協賛してますって勝手にやられたら、確かにあたしにはダメージだわ。

 ユウリが折角考えてくれたのに、上手く生かせない……。

 一口サイズのチョコレートを口に運び、それを口の中で溶かしながら考える。


「うーん……いい案だと思ったんだけど……」

「あ、案はいいと思っています。私としても助かるご提案ですので、ぜひ父からダミー商会を買い取って頂ければ、と……」


 ユキヤの言わんとすることがわからずに頭上に「?」が浮いていたと思う。

 あたしの提案が助かるっていうのも意味不明で、チョコを口に含んだままユキヤをじっと見つめてしまった。ユキヤはどこか嬉しそうに笑っている。


「今の件と合わせて、私がロゼリア様にお願いしたかった協力のことをお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんよ。お願い」

「ありがとうございます」


 ユキヤは礼を言って、あたしにお願いしたかったらしい協力について話し始めた。

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