127.回復したので③
「ねぇ。全然関係ないことなんだけど、一つ聞いておきたいの」
真面目に聞いておきたいことは聞いた。
と、ここからは雑談というか、あたしが個人的に聞いておきたいこと。
『はい、なんでしょうか?』
「一昨日買った服がうちに届いたんだけど、買った覚えのないブラウスがあって……ユキヤが買ってくれたって聞いたわ」
そう言うとユキヤの方から妙な緊張感が伝わってきた。
聞いちゃいけないことだったかしら……? 貰っておくにしても事実を確かめてからお礼を伝えたいところなのに……なかなかユキヤが答えようとしない。
不思議に思いながら携帯を耳から離して目の前に持ってくる。普通に通話モードになってる。
耳に当て直そうとしたところで、携帯からユキヤの声が聞こえてきた。
『すみません、つい……お気に召さないようでしたら捨てていただければ』
「いやいやいや! そんなこと一言も言ってないでしょ!?」
慌ててちょっと大きめな声で否定をした。自分の声の大きさに気付いて口を閉ざし、落ち着いて携帯を耳に当てた。
小さく深呼吸してから声を潜める。
「……そうじゃなくて、ちゃんとお礼が言いたかったのよ」
どうして要らないなんて思ったのかしら。と、疑問に思ったけど、そもそも買い物中にユキヤのチョイスに難色を示したんだった。シンプルすぎる、って。
もしかして、あたしはユキヤのセンスを全否定したってことになってる?
でも、今回選んでくれたやつはかなり良かったのよね。他とも合わせやすそうで。
ユキヤがすぐに反応しなかったので少し焦った。
「選んでくれたブラウス、良かったわよ? シンプルなんだけど襟元が華やかで……今度着てみるわ」
『そう、ですか。あの、よかったです……白状すると、私が選んだわけではないのですが……』
「え?」
じゃあ誰が?
不思議に思っていると、ユキヤが小さくため息をつくのが聞こえる。そんなため息をつくようなことなの?
『その、ロゼリア様が離れた時に……店員の方が試着用に持ってきてくださったんです。これが似合いそう、と……気分がすぐれないので帰るという話を聞いて、それをそのまま購入したという顛末で……』
何だかすごく申し訳無さそうだった。確かに顛末を聞くと「なーんだ」というか「なるほどね」というか、そんな気分にさせられるけど、ユキヤがわざわざ買ってくれたという事実はなくならない。
……でも。あのブラウス、多分だけど良いお値段すると思うのよ……。
ユキヤの金銭感覚がどうなのか聞いたことないにしろ、あたしよりも堅実なのは間違いない。あたしは欲しいものには糸目をつけずに使っちゃうし、金銭面では相当甘やかされてきた自覚がある。でも値段のことを聞くのは野暮というか、品はよくないわよね。
ただ、あんまりにも申し訳無さそうだったから、少し笑ってしまった。
「そんなこと、気にしなくていいのに」
『ですが、』
「店員のチョイスを信じて買ってくれたのはユキヤでしょ? なら、ユキヤが選んだようなものよ。あたしはあれを気に入ったし、結果オーライだわ。──改めて、ありがとう。今度会う時にはきっとあのブラウスを着るわ」
『……ふふ。こちらこそありがとうございます』
笑う声が聞こえる。あたしはほっとして、ソファにがっつり凭れかかった。
ブラウスの謎も解けたし、調査はユキヤに任せるとして……あとは何かあったかしら。聞きたいことや聞いておきたいこと。天井を見上げて考えてみるけれど、今のところは特に思い浮かばない。聞きたいことは聞けた、って感じ。
「じゃあ、調査の方よろしくね」
『はい。お任せください。……では、失礼します』
「またね」
別れの挨拶の後、通話を終了させた。
携帯を手放してずるずると横に倒れ、ソファに寝そべる。
南地区、っていうか倉庫街に行きたいけど……ユキヤはいい顔しないのよね。ついでにジェイルも。現地を自分の目で見ておきたいのはあたしも同じなのに、立場上あんまり目立つ行動はできない。ユキヤは南地区のどこにいても怪しまれないけど、あたしが姿を表すと色々と勘ぐられちゃうのよね……。
こうなったら変装でもして行くしかない……? けど、そこまでしたいかというと微妙なライン。あたし自身の身の危険もなくはないし。
ジェイルとユキヤの様子を伺いながら、ちょっと考えよう。
で、あとはメロとアリサ。
アリサは買い物だって話だし、メロは所在不明。どっちと先に話をしようかしら。
……メロかな。アリサの方は腰を据えて話をしたいけど、メロは立ち話程度でいいし……。
問題なのはメロがどこにいるかわからないって点なのよね。いちいち誰かに探させるのもなんか気が引ける。用事は大したことじゃないもの。
軽い散歩がてら探してみよう。敷地の外にいるってことはないでしょ、多分。
そう思い、ソファから降りた。
体を軽く動かしてから、執務室を出る。
「あ、ロゼリア様! お体はもう大丈夫なんですか?」
「高熱だって聞いたのですごく心配してたんです!」
部屋の外に出たところで、掃除用具を抱えたメイド二人があたしの姿を見るやいなや駆け寄ってきた。こんなことは今までなかったからびっくりして身構える。
二人とも何故か目を輝かせていた。……女の子って感じで可愛い。
「ええ、もう大丈夫よ。心配してくれたの? ありがとう」
内心ドギマギしながら微笑んでみせた。
同性からは遠巻きにヒソヒソされるのが多かったから本当にこういうのって新鮮。そう言えば前世でバスケ部の長身のかっこいい同性の先輩に憧れの視線を向けてたわ。……勘違いだろうけど、そういう雰囲気を感じる。
見れば、二人は少し頬を赤くしていた。
「ほ、ほんとうは私も看病をお手伝いしたかったです……」
「……わ、わたしも」
んんん~~~……?
これは──? まさか──?
いや、……けど、ひょっとしてあたしも頑張ったら『お姉様』みたいな立ち位置目指せるんじゃないの!? ちょっと意識してみようかしら!? 自分の目指したいところが『とりあえず生きて、落ち着いたら逃げる』だったから、将来のビジョンがふわふわしてるというか何も定まってなかっけど、そろそろ自分自身がどうなりたいのかも考えて良いかも……。
清く、正しく、美しく、みたいな感じ?
これまで清くも正しくもなかったけど、今から目指せるかもしれない。
そう思ったらちょっと生きる希望が湧いてきた。
「そうなのね、残念だわ。次、熱を出した時は二人に看病を頼もうかしら?」
「はい、お任せください!」
「しっかりお世話させていただきます!」
二人共やる気みたいだし、あたしに対しての悪感情はなさそう。ちょっと安心。
キラキラとした眼差しを交互に見つめて、もう一度笑ってみせた。
「ふふ、次に熱を出すのが楽しみになりそうよ。その時はお願いね。──ところで、メロかアリサを見てない?」
リップサービスをしながら、聞きたかった話題を切り出す。
メロとアリサの名前に二人はきょとんとして顔を見合わせた。それから、少し考え込んで口を開く。
「アリサは墨谷さんに頼まれて買い物に出かけて……」
「……メロくんは、そのアリサについていきました」
なんですって!?
ということは、やっぱりメロがアリサに惚れている展開もあるんじゃない? やだ、ちょっと気になる。ここはこの二人に探りを入れてみよう。
「へぇ? ……二人の雰囲気はどうだった?」
「え? うーんと、メロくんの方がアリサにちょっかいかけてる感じでした。アリサはちょっと困った顔をしてて……」
あたしの問いに、清楚そうな三つ編みの子がその時のことを思い出しながら答えてくれた。
メロがアリサにちょっかい? ゲームのメロイベントっぽいわ。ちょっと期待しちゃう。
そう考えていると、そばかすがチャーミングな子の方が慌てて両手をぶんぶんと揺らしていた。ついでに三つ編みの子を肘でつつき、突かれた子が「しまった」みたいな顔をしている。え、何?
「ロ、ロゼリア様が気にされることじゃないと思いますっ! メロくんはロゼリア様一筋っていうか──!」
「え? ああ、そういうのいいのよ」
不機嫌そうな顔してたかしら? むしろニヤついてないか心配だったのに……。
二人は顔を見合わせてなんとも言えない複雑そうな顔をしていた。いや、本当に何?




