124.回復②
メロやアリサに話を聞くにしてもまずは腹ごしらえ。そしてもう大丈夫ってことを証明しないと自由に屋敷内すら歩き回れない。さっきもキキに止められちゃったしね。
枕を背もたれ用のクッションにするみたいに凭れ掛かり、キキがゼリーとレモネードを持ってきてくれるのを待った。
そう時間も経たないうちに扉がノックされ、あたしが「どうぞ」と言うと静かに扉が開く。
「ロゼリア、おまたせ」
ぶ。と、吹き出してしまった。
なんでハルヒトがゼリーとレモネードを持ってくるのよ……。
後ろではキキが申し訳無さそうにしていた。まぁハルヒトが「持っていきたい」って言ったらキキは断れないわよね。多分断れる人間がいないわ。昨日みたいに無断で入ってきたわけでもないし、何ならハルヒトが作ったものだというなら余計に。
ゼリーとレモネードの乗ったトレイをベッド脇にあるテーブルに置く。
そのままベッドの横にある椅子に座るかと思いきや、何故かベッドの端に腰を下ろしていた。
「……料理に興味があるの?」
「ある、かな? 水田さんと作ってみて楽しかったから、またやってみたいとは思うよ」
「ふーん」
「自分で完成品を食べたよ。美味しかったから、ロゼリアにも食べて欲しいな」
言いながら、ハルヒトはゼリーではなく先にレモネードを差し出してきた。これもハルヒトが作ったのかしら。レモンの爽やかな香りがある。
レモネードの入ったグラスとハルヒトとを見比べた。
「それも手伝ったんだ。とは言っても、レモンを瓶に詰めただけだけどね」
「……そうなの。あたしはそれすらしないから、ちょっと驚いちゃったわ。頂くわね」
「うん、どうぞ」
ほとんど水田が作ったようなものだから味の心配はしてない。
グラスに口をつけると酸味とほのかな甘味が口の中に広がった。レモンの香りも間近で嗅ぐとさっぱりしてていい感じだわ。
「美味しいわ」
「よかった」
ハルヒトにじっと見られてて落ち着かない……! ハルヒトのことは見ないようにして、レモネードをゆっくりと飲んだ。半分ほど飲んだところで一度グラスを離す。
すると、横からハルヒトがあたしの顔を覗き込んできた。
なんだかんだで顔がいいから突然近くに来られるとびっくりする。
「……何?」
「ゼリー食べる?」
「じゃあ、頂くわ」
そう言うとハルヒトはグラスを受け取り、代わりにゼリーの入ったカップとスプーンを手渡してくる。ゼリーの中に角切りの何かが入っていると思ったら、これって多分白桃ね。
ハルヒトはにこにこと笑って、期待の眼差しを向けていた。
た、食べづらい……。
ハルヒトはあくまで手伝いで、水田が作ってるからまずいなんてことはない。
けど、食べづらい。
単純に視線が鬱陶しい。キキはどこかハラハラした眼差しを向けてるから、余計に鬱陶しい。
食べないわけにも行かないからゼリーをスプーンで掬って口に運んだ。
甘い。さっきレモネードを飲んだから余計に甘く感じる。白桃は柔らかくて歯ざわりが良い。
「どう?」
「美味しいわよ」
「──よかった」
ハルヒトはさっきと同じセリフを口にした。表情は安堵に包まれている。
その様子が不思議だった。
「どうしてそんな顔をするの?」
「うーん、なんていうか……オレは手伝ったに過ぎないのはよくわかってるんだけど、こうやって自分が作ったものを誰かに食べてもらうのって結構緊張するんだなって思ったんだよ。美味しいって言ってもらえて嬉しいのと、あとは妙に安心しちゃうんだ」
なるほど。確かにその感想は前世でも覚えがあるわ。今のあたしには全くわからない感情だけどね。
自分で味見して「美味しい」とは思っても、相手もそう思うかどうかは食べてもらうまではわからないから、緊張しちゃうのよね。相手の感想がわかるまでは。
ハルヒトはあたしがゼリーを食べるのを楽しそうに見つめていた。……落ち着かない。
「こっちに来てからこれまで経験のないことが色々できて楽しいよ。ありがとう、ロゼリア」
不意にお礼を言われてびっくりした。ハルヒトを凝視してしまう。
あたしの不躾な視線にもハルヒトはにこにこと笑っているだけ。
「どうしたのよ、急に」
「いや、ロゼリアが熱を出さなかったらゼリーやレモネードを作る機会には恵まれなかったと思うから」
「……。……あんたね、」
「ごめん、悪い意味じゃないんだ。──君が熱を出したことを心配したり、君のために何かしたいと思ったり……それで実際にこうして何かできて……新鮮なんだ。ロゼリアのおかげだよ。こういう気持ちは初めてだから」
何て返したらいいかわからずに黙り込んでしまった。
それに本来のストーリーではありえない展開だから、色々と引っかかる。ハルヒトにこうやって言って貰えるのは光栄だし、何ならホッとするんだけど……アリサが受けるはずだったセリフをあたしが受けてしまって本当に複雑。そのまんまのセリフではないにしろ、近いニュアンスのセリフをゲーム内でハルヒトが言っていた。
……こう、本来ハルヒトが外に出て初めて出会うまとも(?)な『異性』があたしに置き換わってるっぽくて辛い。
膝の上にカップごと手を下ろして、少し考え込んでしまった。
お礼を言うなり、そんなことないわって躱しておけばいいのに、言葉が出てこない。
『九条ロゼリア』のことを噂でしか知らないから、印象はよくないだろうけど、他の人間に比べればあたしに対しての感情はフラットなはず。初日のあたしの言動はなかったことになってるっぽいし……。
そう考えると、ある程度自制していれば、少なくともあたしという人間は嫌われるわけではないのがわかる。
……純粋にちょっと嬉しいのよ。これまで相当周囲の反感や恨みを買っていたから…‥単純に安心したっていうのもある。
「……ロゼリア?」
ハルヒトがちょっと心配そうにしていた。それを見て、あやふやに笑う。
「何でもないわ。……そっか、って思っただけ」
「ごめん、何か気に障った?」
「違うの。そうじゃないから……大丈夫よ、気にしないで」
「……本当はまだ具合が悪いんじゃない? さっきも言ったけど、オレは君が心配なんだ。何かして欲しいことや、オレにできることはない?」
「な──」
ないわよ。と、言おうとしたところで、ハルヒトの手が頬に触れた。
王子様みたいな端正な顔が目の前にあって、ものすごく動揺してしまう。この顔がいきなり目の前にあると本当にびっくりするし、長時間は直視していられない。
目が合うと、まるで吸い寄せられたかのように逸らせなくなってしまった。
ちょ、なにこれ……!?
「やっぱり、オレは君が──」
「ごほんっ! ハルヒト様?」
キキがわざとらしい咳をしてから大きめの声でハルヒトを呼ぶ。
あたしもハルヒトもキキの存在を完全に忘れていたせいで、その声に驚いてしまった。ハルヒトが慌ててあたしから手を離し、両手を持ち上げて何もしてませんアピール(?)をする。
あたしは手元にあるカップを両手でぎゅっと握りしめて、思わず俯いてしまった。
……いや、本当に……今の、何だったの……!?
「あ、ああ、キキ。何?」
「ゼリーとレモネードを運ぶだけというお話でした。長居をしてもロゼリア様のお体に障りますし、朝ご飯の用意もそろそろできますので……」
「……退室しろってことだね。わかったよ。ごめんね、キキ」
「お気になさらず」
混乱したままのあたしを置いて、ハルヒトは逃げるようにして部屋を出ていってしまった。キキはそれを見送り、深くため息をつく。
くるりとあたしの方に向き直り、真っ直ぐにこっちを見つめてきた。
「ロゼリア様」
「な、何よ」
「私──……いえ、あの、朝ご飯をご用意いたします……」
何か言いかけたものの、キキは途中で首を振って中断してしまった。そして、何だか気落ちした様子で部屋を出ていった。
な、何だったのかしら。二人とも。
ゼリーがまだ残っていたので少しずつ食べ進める。相変わらず甘くて美味しい。レモネードは甘酸っぱくて美味しい。
妙な心地のまま、キキが朝ご飯を持ってきてくれるのを待つのだった。




