123.回復①
翌朝。
ゆっくりと目を覚ます。
昨日まで感じていたしんどさはなくて、寝汗をかいた感じもない。もぞもぞと動いて額に手を当ててみる。うん、熱は下がってる。一日で復活するなんて流石だわ。
自画自賛しながら起き上がって、ぐっと腕を伸ばした。
かなりスッキリしてる。多分ちゃんと回復してる。
「……うん、大丈夫そう」
本当に熱が出ただけだったのね。医者が言ってた「疲れが出た」というのは正しかったのかも。喉や関節が痛いとか、くしゃみが出るとか、そういうのもないし。
そう思いながらゆっくりとベッドから降りた。
うん、普通に立てるし、歩ける。
ベッドの周りをぐるりと歩いてから自分の体に問題がないことを今一度確認した。
……寝巻のままもどうかと思ったけど別に屋敷内をちょっと歩くくらい良いわよね。お手洗いは部屋の外に出る必要があるし……。
ストールを手に取り、肩にかけながら時計を見る。
八時過ぎ……そろそろキキが来る頃かしら。まだ少し眠いし、わざわざ誰かを呼ぶほどじゃない。とりあえず、お手洗いに行こう。
部屋から出てお手洗いに行き、さっと済ます。不思議と廊下では誰ともすれ違わなかった。
戻る途中でどこかから声が聞こえてきたので、進行方向を変える。メロの声だったような気がするけど、あいつが朝からちゃんと動いてるのは珍しいわ。あたしが体調崩してるからここぞとばかりにサボってるのかと思ってた。
裏庭に面した窓からそっと見下ろしてみると、なんとメロとアリサがいた。
しかも二人きり。メロは笑いながらアリサに何かを話しかけてる。あたしのいる位置からではアリサの表情は見えない。
まさか……!
あたしが寝込んでいるたった一日の間にいい感じに……?!
その可能性に気付いて、窓にギリギリまで近づいて聞き耳を立てた。
窓を開けたら気付かれるだろうから、窓越しで見つめるしかないできないのが歯がゆいわ。一体何を話しているのかしら。鬼の居ぬ間に、ってわけじゃないけど、あたしがダウンしてた間に距離が縮まっていてもおかしくはない。メロはアリサの監視を買って出てたから接触の機会は多かったはずだし、見ているうちに段々とその控えめな笑顔に惹かれて──なんて展開もあるかもしれない! わからないけど!
なんだかんだでアリサと誰かがくっつく未来も諦めきれてないのでちょっと期待しちゃう。
メロルートか……。
普段がああいう感じだから、誰かに対して真剣になったり、嫉妬とかの負の感情に振り回されるのが結構新鮮だったのよね。嫉妬で他人に対して攻撃的になるところはギャップがあってよかった。その攻撃性にアリスがびっくりしてしまって、そこでひと悶着あったり……。
まぁきっとそういうシーンをあたしが目の当たりにすることはないから、記憶と想像だけで楽しむしかない。
……しかし、メロとアリサは何を話しているのかしら。すっっっごく気になる……。
裏庭にいる二人に釘付けで誰かが近づいていることに気付かなかった。
「ロゼリア様?!」
背後からキキの驚いた声が聞こえた。突然の声にびっくりして肩を震わせて振り返る。
案の定、キキは「どうして部屋の外に」と言いたげな顔をしてこっちを見ていた。
「キキ、おはよう」
「お、おはようございます……寝てなくて大丈夫なんですか?!」
ぱたぱたと小走りにキキが駆け寄ってくる。あ、なんだかかわいい。
「一日寝たらすっきりしたわ」
「そ、そう、ですか……ですが、心配なのでお部屋に戻ってください。熱を測って、もう一度お医者様に来ていただいて診てもらいましょう」
「もう医者に診てもらうほどじゃないと思うわよ?」
「念のため、です」
きっぱりはっきりと言われてしまい、それ以上抵抗はできなかった。十年ぶりの熱だから心配する気持ちもわからなくもないし、もう一度診てもらうことで周りが安心するならそれでいいかな。
キキに「戻りましょう」と言われて、黙って頷いた。
メロとアリサのことが気になる。あとでメロにそれとなく聞いてみよう。
キキに付き添われて部屋に戻る。別に寝てる必要もないのに、キキにベッドに戻るように言われて逆戻りしてしまった。
差し出された体温計で熱を測る。
必要な時間が経ったところで体温計を脇の下から取り出して、熱を確認した。
「……平熱よ」
「見せていただけますか?」
「なんで疑うのよ……?!」
「う、疑ってません! ちゃんと確認したいだけです! お医者様に報告しないといけませんし……!」
てっきり疑われてるとばかり……キキがぶんぶん首を振ってすごく慌てちゃった。悪いことしたわ。
あたしは「ごめん」と一言だけ言い添えて体温計を手渡した。キキは受け取った体温計を確認してから、小さめのノートを取り出してそこに記録をつける。こんなノート持ってたかしら?
じ、と見つめると、キキが不思議そうな顔をした。
「何かありましたか?」
「……そのノート何?」
ノートを指差しながら尋ねる。キキは「ああ」と言って、少し照れくさそうに笑った。
「ロゼリア様が熱を出されるのがかなり久々なので……様子を書き留めてるんです」
「は?」
「今後役に立つかもしれませんし」
そ、そう、かしら?
なんか改めて記録をつけられるとかなり恥ずかしいんだけど……医者がカルテつけてるだろうし、わざわざ要らないんじゃ? と思ったけど、キキが好きでつけてるんだったら水を差すのも悪いわね。やる気が削がれたら嫌だし。
色々と考えていたら、キキが少し慌てた。
「あ、でも今回のことだけをメモってるわけじゃないです。少し前から覚えなきゃいけないことや、アリサへの引き継ぎも含めて……こう、メモをこまめに取るようになっただけなので……!」
なんかちょっと言い訳のようにも感じるけど、悪いことをしているわけじゃないからいいか。というか真面目でいいことよ。
「そうなの。熱心じゃない」
「ぁ、い、いえ……それほど、では……。え、えぇと、じゃあ朝ご飯をご用意しますね。お医者様にも連絡をしてすぐ来ていただきます。何か必要なものはありますか?」
言われて、すごくお腹が空いているのに気付いた。
昨日、夜ご飯は食べたんだけど……熱があったせいであんまり食べられなかったのよ。そもそも薬を飲むために何かをお腹に入れたって感じだったから、回復に全て持ってかれたって感じ。
とは言え、がっつり何か食べれるわけじゃない。当たり前よね。
さっぱりしたものが食べたいし、飲みたい……。
「……先にさっぱりしたものを食べるか飲むかしたいんだけど」
「それでしたら昨日ハルヒト様が水田さんと一緒に作っていたゼリーとレモネードをお持ちしますね」
「ハルヒトが……なんですって???」
「水田さんとゼリーを作ってました、昨日」
「……なんで?」
「ロゼリア様に食べて頂くためですよ」
黙り込んでしまった。
ハルヒトが料理、いや、お菓子作り? しかもあたしのため?
手持ち無沙汰だったでしょうし、水田が誘ったのかしら……ハルヒトは好奇心旺盛な部類だから断ったりしないわよね。ゲームとは違って、屋敷内ではかなり自由度が高いし……。
いや、深く考えるのはやめよう。きっと深い意味なんてない。
「……わかった。じゃあ、朝ご飯の前にそのゼリーとレモネード持ってきてくれる?」
「かしこまりました。すぐにお持ちしますね」
そう言ってキキは一旦部屋から出ていった。
ふーと息を吐き出してから一旦横になる。
案外あっさり回復したわ。熱も下がった。頭もはっきりしてるし、普通にちゃんと動けてる。ひたすら寝たのが良かったのかも。
……とりあえず、タイミングを見てアリサに一昨日のことを聞かなきゃ……。