122.伯父と姪
眠りについてどのくらい経ったのか──。
ふと、傍に誰かがいるのを感じて、ゆっくりと目を開けた。
姿を確認すると、なんと伯父様がいる。驚いて目を見開き、起きようとしたところで伯父様に肩を押されて、ベッドに逆戻りしていた。
「……ロゼ、悪いな。起こしちまったか」
「お、じさま……? 仕事は……?」
熱は多少下がったみたいだけど、さっきまで眠っていたせいで頭がぼんやりする。
「お前が熱出したって聞いたから今日の分は終わらせてきた。……辛くないか?」
「そう。辛くはないわ……ちょっとしんどいだけ」
「それを辛いって言うんじゃねぇのか」
伯父様がおかしそうに笑う。ちょっとニュアンスが違うのよね。
今日は色んな人に心配されてる……。伯父様がわざわざ来るのには驚いちゃった。
「墨谷たちに無理言って顔だけ見にきたんだ」
「そうなのね。ね、あたしが熱を出すのは十年ぶりだそうよ……」
「だな……昔は顔を真っ赤にして辛そうにしてて……見てるだけなのが辛かった」
「今はそんなに辛くないのよ……案外、健康なんだから……」
「ああ、そうだな……」
そう言って伯父様があたしの手を握りしめた。あたしはその手を握り返す。
熱があるからか、伯父様の手は少し冷えているように感じた。いつもは結構温かく感じるのに、ちょっと変な感じだわ。何も言わずに手を握り合っていると眠気が襲ってきた。……なんだかんだで伯父様の存在が一番安心できる。
瞬きの回数が多くなってきたところで、熱のせいなのか、何も考えずに口を開いてしまった。
「……伯父様って、あたしに何か隠し事をしてない?」
ぴく、と手が震える。
ハルヒトがこっちに来たのは伯父様と八雲会の会長との間に何らか話があったからだけど、アリサの存在が解せない。アリサがここに来ることになったのも伯父様が噛んでるような気がする。あと、単純にあたしが好き勝手していることを伯父様は野放しにしているのも、何だか気にかかる。
「立場上、お前に話せないことは色々あるな」
「あたしが聞きたいことはそういうことじゃないのよ……」
具体的に聞かないと答えがないのはわかってる。眠気のせいで頭が回らなくて、何をどう聞くのがいいのか思い浮かばない。けど、聞けるタイミングは今しかないと思って、伯父様を引き止めるために握った手に力を込めた。
妙な沈黙だった。
あたしは何を聞こうか熱に浮かされた頭で考えているし、伯父様はきっと別のことを考えている。伯父様があたしの周辺のことを全く知らないなんて思わないし、考えられない。
「……ねえ。あたしが死にそうになったり、殺されそうになったら──」
「そんなことは絶対にない」
意外にもはっきりと否定されてしまった。何としてでも助けるとかそういう答えかなと思ってたけど、そもそもそういう事態にはならないと思ってるみたいだった。
驚くあたしの手を持ち上げて、両手で握りしめる伯父様。なんかこれはこれで照れくさい。
「ロゼ、お前がいなくなったら……俺は一人になっちまう。頼むから嘘でもそんなことは言うな」
「でも」
「これまでも、これからも、お前をそんな目には遭わせない」
まるで祈るような言葉だった。
意思の強さがあるからか、それ以上「でも」を重ねられない。
伯父様はこれまで確かにあたしのことを守ってきたと思う。その方法には大分問題があったし、そのせいで迷惑を被った人間もいて、褒められた行為じゃない。けれど、あたしが伯父様の存在を笠に着てたのが問題であって、そもそもの問題。伯父様は過保護すぎたし、あたしはひたすら冗長してしまった。
ゲームの九条ガロルートの詳細は知らないけど、きっとロゼリアを切り捨てたんだろう。これ以上好きにはさせておけない、という決断をしたからこそ、姪であるロゼリアを見殺しにした。ひょっとしたら自分の手で終わらせたのかも知れない。
……知らなくてよかったような、知っておいた方がよかったような……。
けど、伯父様があたしのことを大事に思ってるのは間違いない。
伯父様が嘘をついているとは思えないけど、何か隠しているのは間違いない。と思う。
けど、今それを聞き出すことができない。
熱を出しているあたしのことを純粋に心配している伯父様を疑うような言葉はこれ以上向けられない。
「……絶対よ?」
「ああ、絶対だ」
小さな頃から何度もしてきたやり取り。約束は違えられたことはなかった。だからきっと大丈夫だと言い聞かせて目を閉じる。
伯父様は片手を伸ばしてあたしの頭を撫でた。その手つきは小さな頃にそうされたのと全く変わらない。
両親が亡くなってからは伯父様の手だけが唯一安心できた。
だから、何か隠し事をしてるなんて考えたくないんだけど……何かあるとしか考えられない。今それを尋ねる時じゃなく、とにかく熱を下げないといけない。こんな状態で何か聞いてもまともな答えは期待できないでしょうしね。
「……ロゼ」
「うん?」
「欲しいものとか、行きたい場所とかないか? 考えといてくれ。落ち着いたら買い物でも旅行でも何でも付き合う」
目を閉じたまま小さく笑う。あたしがずっと「あれ買って」とか「あそこに連れてって」って言ってたから、欲しいものや行きたい場所を聞くのがスタンダードになっちゃってる。もちろん嬉しい。
けど、多分、伯父様の中ではあたしはまだ小さな子供のままなんじゃないかしら?
もう成人したし、呆れるくらいに好き勝手していたのに、伯父様のあたしへの態度はいつまでも子供に対してのものなのよね。
「……ん、考えとくわ。……伯父様、」
「なんだ?」
「色々と落ち着いたら、……何かの合間じゃなくて、最低一日は時間を作って欲しいわ……」
「おう、わかった。任せろ」
絶対よ。と、言い添えると、伯父様は「絶対な」と答えてくれた。
これで全部終わった後の楽しみができた。買い物にしろ旅行にしろ、伯父様が丸一日付き合ってくれる──。一旦はそれを心の支えに頑張ろうと自分に言い聞かせるのだった。
コンコン。と、部屋が控えめにノックされる。
伯父様が疲れたようなため息を零してあたしから手を離してしまう。とても名残惜しそうで、あたしも名残惜しくて、ついつい「行かないで」と手を引っ張ってしまいそうだった。でも、ここで我儘言うほどもう子供じゃないし、ちゃんとした自制心が身についている。
静かに扉が開いて、誰かが室内を覗き込んだ。
「ガロ様……」
伯父様の秘書の式見の声。静かな声の中に少しの焦りが感じられる。
まだ仕事が終わってないか、この後に予定があるか、明日のために移動をするかのどれかみたい。
「……もう出る。外で待ってろ」
「はい、承知しました」
若干不機嫌そうな伯父様の声。式見は控えめながら暗に「早くしてください」というニュアンスを込めて答えていた。
伯父様が渋々といった様子で立ち上がり、もう一度あたしの頭を撫でる。撫で方が少しくすぐったかった。
「ロゼ、しっかり休むんだぞ。絶対に無理はするなよ」
「わかってるわ……」
「……じゃあ、もう行く。寝てるとこ、悪かったな」
「ううん、来てくれて嬉しかったわ」
そう言って少し目を開けた。伯父様があたしを覗き込んで名残惜しそうな顔をしている。心配しているのが伝わってきて、それだけでホッとした。ずっと傍にいて欲しいけど我儘は言えない。
伯父様は静かに部屋を出て行ってしまった。
室内が静寂に包まれる。
なんだか一気に淋しくなっちゃったわ。伯父様が来るまでは一人でも全然平気だったのに、誰かに傍にいて欲しいなんて……馬鹿みたい。伯父様以外にそんな人はいないのに。
誰かを呼びたい気持ちがあったけど、誰を呼んだら良いのかもわからない。淋しい気持ちを抑え込むようにして目を閉じた。




