120.夢
目の前が歪んでいる。
薬を飲んだのになかなか熱が下がらないみたい。多分眠っていて夢を見ていると思うのだけど、妙な臨場感があった。
ぐにゃぐにゃと絵の具がマーブル状になったような光景が広がっている。
一瞬ぎょっとしたけど、段々とそれが風景であることに気づいた。やけにメルヘンな光景で、背後には小さな一軒家、目の前には花壇と小道が広がっている。何故かテントウムシがダンスを踊っていた。
これが高熱の時に見る夢ってやつ……?
水色のエプロンドレスを着たアリスと白いうさぎ耳を生やしたハルヒトが目の前を過ぎ去っていった。
どういう設定? と不思議に思いながらも、アリスが「こっちです、こっち」と手招きしているのを見て、あたしはその後を追いかけていく。アリスがアリスなんだから、この場合はアリスがうさぎ耳のハルヒトを追いかけていくシーンなんじゃないのかしら。
そんな疑問はあるけど所詮は夢。
久々の熱でテンションが上がっているあたしは二人の後をひたすら追いかけた。
途中で帽子屋に扮したジェイル、チェシャ猫っぽいメロ、これまたうさぎ耳が生えたユウリと一緒にお茶をした。どこに行くのかとか何か探しているのかとか聞かれたけど、あたしは首を振るしかできない。なんでこんなところにいるのかもわからないんだから、答えようがない。
お茶会を終えて、森の中に入っていく。きのこの上に芋虫っぽい雰囲気のユキヤがいて、手に持った水煙管で森の奥を指さした。
あたしは右手をアリス、左手をハルヒトに引っ張られて更に森の奥へと入っていった。
森の中はびっくりするぐらいに薄暗くて、夢じゃなかったら絶対に入ってないと思う。道幅がどんどん狭くなり、木々が道を更に狭めていく。
これはもう明らかに先には進めないでしょ、ってところまで来たところで、道をふさぐようにして小さなテーブルが現れた。テーブルには「Drink me!」というシールが貼られた小瓶が置いてある。アリスがその小瓶を手にして、ハルヒトが蓋を取って……あたしに差し出してきた。飲め、ってことよね……。
二人の顔を見比べてから、渋々小瓶を受け取った。めちゃくちゃ怪しい色合いだったけど、夢だしと思って一気に煽る。
飲み干した瞬間に体がどんどん縮んでいった。あっという間に二人を見上げるくらいに小さくなる。人形くらいのサイズだわ。これで先に進むのかと納得していると、二人が更に奥に進ませようと背中をぐいぐい押してきた。
痛いっていうか、なんか怖いんだけど!
ただ、「所詮夢」という意識があったからか、押されるままに先へと進んだ。小さくなったあたしが何とか通れるくらいのサイズの穴に潜り込み、膝をついて這うように進んでいく。
穴を抜けたと思ったら開けた場所に出た。
部屋? の中央で何かが光っていて、誘われるように近づいていく。
光っていたのはノートパソコンだった。
画面が明るくて、それが光っているように見えていたみたい。
なんだろうと思えば、見覚えのある画面が映っていた。レドロマのゲーム画面。そういえばこんな画面だったなぁと思いながら、懐かしくってパソコンを覗き込んだ。傍にあったマウスを手に取り、前世でそうしていたように操作をする。
セーブデータがいくつも並んでいて、それらが『私』のセーブデータだということにはすぐ気付いた。
……ひょっとしたら、この中にあたしの知りたい情報があったりしない?
そう思い、終盤まで進んでいるセーブデータを開く。最後の方のイベントの手前でセーブしたやつだった。
いや、あたしが知りたいのはセーブデータから先の話じゃなくて……。マウスを動かして、これまでのログを開く。一定量の会話ログがあることにほっとして、どんどん遡っていった。
最終的にロゼリアが殺されるのはいつも南地区の倉庫街だった。
計画の終盤、完成した間近の闇オークション会場の確認のためにロゼリアが倉庫街に行く。そこでアリスと攻略対象が待ち構えていて──というのが大体の流れだった。
そのイベントに至る途中で場所を特定する情報があったはず……!
ひたすら会話を遡っていき、そして見つけた。
あたしが欲しかった情報を。
やった、と思ったのも束の間。
画面がぶつんっ! と切れた。数秒で再起動がかかり、画面が復活する。けど、デスクトップ画面にレドロマのアイコンがあるだけの、殺風景な画面だった。知りたい情報が見れたからよかったものの、何だか釈然としなくてあたしはアイコンをダブルクリックした。
が。
全然開かない。
なんで? と思いながら、何度もカチカチとアイコンをクリックしたけど何も起こらなかった。
更に何度か繰り返したところで
『データが存在しません』
とメッセージが表示される。
そのメッセージを見て何だか気が抜けた。そっか、という妙な納得感と脱力感があった。
「データ、もうないんだ……」
呟いて、マウスから手を離したところで急速に覚醒していく。
そうだ。知りたかった情報をあたしの『現実』に持ち帰らなきゃいけない。ここで忘れてしまったらきっとどうにもならない。
早く目を覚ませと念じながら意識を浮上させた。
◇ ◇
痺れを切らしたかのようにがばっと起き上がった。
よし! 思い出したし、ちゃんと覚えてる!
ベッドの横ではユウリが目をまんまるにしていた。どうやらタオルであたしの顔とか拭いてくれていたらしい。
「ユウリ!」
「ぇ、は、はい?!」
いきなり起き上がったあたしを見てユウリがものすごく驚いている。まぁさっきまで寝てたしね……って、それどころじゃないのよ。折角思い出したのに忘れちゃう。
「執務室から南地区の地図持ってきて! 倉庫街がわかるやつ! あとペン!」
「え、えええ?! い、いや、ロゼリア様、熱が──……さ、下がってからでも……」
「ダメよ! 今寝たら忘れちゃう! だから、はやくっ!!」
一瞬クラっとして、倒れ込んでしまった。まずい、熱は下がってないみたい。
ユウリが慌ててあたしのことを受け止める。顔を上げてユウリを見上げると、ユウリの焦った顔が間近にあった。
顔の近さを気にしている余裕もなく、更にずいっと顔を近づける。
「ろ、ろぜ、りあ、さま……っ」
「お願い、ユウリ──……確認したらちゃんと寝るから……」
あたしの言うことを聞かないうちにユウリが立ち去らないように身を寄せる。ユウリが慌てた顔をして体を押し返そうとした。
ちょっとやそっとの接触を気にしている余裕もないし、ユウリは今更あたしの体が密着しようがどうしようが別に気にしないでしょ。
そう思いながらユウリの腕を掴んで至近距離で見つめる。
「~~~~っ! わ、かりました……す、すぐ持ってきます。だから、離れてくださいっ……」
「ありがと。すぐよ、すぐ」
ユウリから離れて、行ってらっしゃいの代わりに腕を叩いた。
ばたばたとユウリはいつになく慌てて立ち上がり、部屋を出ていった。それを見送ってホッとしながら夢の内容を反芻する。大丈夫、多分合ってる。でも、地図を見て確認をしたい。
ものの数分でユウリは戻ってきた。どうしてかジェイルも一緒に居る。けど、まぁ丁度いい。
「お嬢様一体──」
「ユウリ! 地図!」
「は、はい、こちらですっ」
ジェイルの声を遮ると、ユウリがあたしの膝の上に地図をばさっと広げる。倉庫街がばっちりわかるやつだわ。
ユウリから赤ペンを受け取って倉庫街を見て、いくつもある区画を数え、そこに割り当てられているアルファベットを確認していった。
──あった。ここだわ。思い出した内容と合致する場所に赤ペンで丸をつける。
「Gの8番倉庫よ! ジェイル、ユキヤにG区画を調べるように言って、ちょうだ……」
興奮しすぎてまたクラっとしてしまい、あたしはそのまま横に倒れる。
ユウリとジェイルが「ロゼリア様!」「お嬢様!」と慌てて駆け寄ってきた。ちょっと目眩がしただけで大丈夫だから、さっさとユキヤに連絡して欲しい……。




