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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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119.オフレコ⑰ ~部屋の外のことⅢ~

「アリサと何を話してたの?」


 裏庭から屋敷内に戻ったところで廊下でユウリに声をかけられた。どうやら話をしていたのを見られていたらしい。

 椿邸はいつになく静かである。屋敷の主であるロゼリアが熱を出して寝込んでいることもあって気を使って一様に静かにしているのだが、それとは別のどこかそわそわした雰囲気もあった。ロゼリアに何かあったんじゃないか、という落ち着かなさが蔓延している。

 それは多分メロもユウリも同じだった。

 何せロゼリアが熱を出した原因を誰も知らないのだから。


「世間話」

「アリサの方はそんな感じには見えなかったけど……」

「どっからどこまで見てたんだよ」


 そう尋ねるとユウリはくすりと笑った。


「割と最初から最後まで? タオルを干すの手伝うなんて優しいなって思ってたよ」

「げー……」


 見ている暇があるなら割り込んでくれて構わなかったのにと思ってしまう。なんとなく牽制に失敗したような気がするので、あれでよかったのかは謎である。

 とりあえずアリサが妙なことをしてロゼリアが不安になったり、不安定にならなければよかった。

 軽く周囲を見回し誰もいないことを確認する。ユウリを見つめると、不思議そうに首を傾げた。


「なぁ」

「何?」

「……おれらってさ、お嬢に信用されてないよな」


 呟いてから「何言ってんだ」と心の中でセルフツッコミを入れてしまった。これではまるで拗ねているみたいだ。「今のナシ」と言おうとしたが、ユウリがやけに真剣な顔をして考え込んでいる。

 何となく「今のナシ」と言えないまま、ユウリはやれやれと肩を落とした。


「それは、まぁ、そうだね。ある意味では信用されてると思うんだけど、……なんか、こう、根本的なところでは全く信用されてないね」

「なんだよ、根本的なところって」


 ニュアンスは伝わるのだが、いかんせんメロにそのニュアンスを言語がすることができない。その能力がない。自分の不得意なところは基本的にユウリやキキに押し付けていた。

 ユウリは頭がいいので、多分メロと違って言語化ができるに違いない。

 何故信用されてないのか。信用されてないことでモヤモヤするのは何故なのか。

 それらを知りたいと思っている。


「うーん……上手く言えないんだけど、僕たちの能力や特性みたいなところは認めて信用してくれてるんだよね」

「ああ、おまえ頭がいいってなんか褒められてたことあったよな」

「う、うん、まぁね。……えっと、以前と違ってそういう意味では僕たちを認めてると思う。多分ひとりの人間としてね」

「それもわかる」

「けど……なんて言ったら良いのかな……僕たちがあの人の傍に『居続ける』とは思ってないっていうか……あの人が考えている未来に、僕たちの姿はない気が……いや、実際にないんだと思う」


 そう言ってユウリは深くため息をついた。

 ロゼリアの考える未来に自分の姿がない、という言葉は、思いの外重くのしかかる。


 ──多分、以前までの横暴なロゼリアのままだったら、いつか逃げ出してやると言う思いを強くしていたに違いない。そして何かきっかけがあれば絶対に逃げ出していただろうし、ロゼリアに対する殺意だって芽生えていたかも知れない。

 それはメロに限ったことではなく、ユウリだってジェイルだって多かれ少なかれそういう思いがあったはずだ。

 けれど、ロゼリアが変わったことでそんな気持ちは徐々に萎んでいった。

 このままロゼリアの傍に居続けても良いと思うくらいになっている。ジェイルに至っては「傍に居続けたい」だろう。流石にメロとユウリはそこまでにはなれない。ロゼリアから受けたアレコレが消化しきれてないからだ。

 ただ、それとは別にロゼリアのことを心配する気持ちや役に立ちたいという気持ちもあって──自分の感情の処理が追いついてないのが現実だった。


 そんな状況で、いずれロゼリアが自分たちを手放すかも知れないという可能性は当然のようにモヤモヤする。あまりに勝手すぎないかという憤りと、単純なショック。このショックが一体何なのかすら、自分の中で処理ができない。

 信用しているのは『今』だけ。

 近い将来、ロゼリアからの信用は存在とともになくなってしまう。

 そう考えて何か言葉を探したところで、ユウリが乾いた笑いを零す。


「……僕がどうしたいか決まるまで待っててくれる、って言ったけど……待っててくれないんだろうな、きっと」

「は? なにそれ」

「ああ、ごめん。独り言」


 ユウリがひらひらと手を振る。気にしないで、と伝えるかのように。

 しかし、当然そんな発言を見過ごせるわけもなかった。


「いや、独り言で終わらすなって。気になるだろ」

「……。……ちょっと感情的になっちゃった時があったんだよ。あの人に対して。……ああ今思い出すとなんかすごく恥ずかしい……絶対変に思われた……なかったことにしたい……」


 そう言って頭を抱えるユウリ。どんな会話ややり取りがあったのかわからないのでメロにとってはさっぱりだ。ユウリが感情的に何かを言うのも珍しい気がしたので当然気になる。


「お嬢に何言ったんだよ」

「いやもうほっといて」

「えー? ひとりにしないで、とか?」

「……突然いなくならないで欲しい、って……」


 からかい目的で聞いてみたら、案外それっぽい返答があった。メロが言った言葉ともそう違いはないように思う。

 前後のやり取りはわからないものの、ユウリが「ロゼリアが突然いなくなるかも知れない」と思って発した言葉なのだ。自分の傍から、いや、ロゼリアの傍から自分がいなくなるのを想像して──やっぱりショックを受けた。

 何故ショックを受けるのだろうか。

 あんなにも逃げ出したいと思っていたのに。


「……マジでお嬢が突然になくなったらどうする?」

「どうもこうも……多分すごくショックを受けるよ。どうするかは、ちょっと思いつかないかな……」


 同じだった、という感想は心の中にしまっておく。

 揃ってため息をついたところで、気配がひとつ増えた。


「おい、何をしている」

「……なんだジェイルかー。やることないし、世間話してるだけ。おまえは?」


 声をした方にはジェイルが仏頂面をして立っていた。誰が立っていてもがっかりしただろうけど、メロからするとジェイルはあまり好きではない人間の部類に入るので、更にがっかりしている。ユウリは律儀に「お疲れ様です」と頭を下げていた。

 ロゼリアが寝込んでいる以上、基本的に看病以外はすることがない。ジェイルは色々とあるのだろうけど。


「見回りから戻ったところだ。……真瀬、小山内が探していたぞ」

「えっ?! あ、はい。わかりました」

「あ、そだ。なー、ジェイル」


 ジェイルの言葉にユウリが少し慌てた。そんなユウリをよそに、メロはジェイルを見る。

 相変わらず威圧感があった。メロより10センチ以上高いし、ガタイもいいのだ。身長差や体格差はしょうがないにしろ、立っているだけで威圧感があるという自覚はないのだろうか。


「なんだ?」

「おまえさー、お嬢が突然いなくなったらどうする?」

「は?」


 ジェイルが目を丸くした。一体何を言っているんだと言わんばかりだったし、ユウリも何聞いてるんだよと言わんばかりだった。ただ気になっただけ、気が向いただけの質問で深い意味などはない。自分たちのようにショックを受けるのか、取り乱すのか……今のジェイルならどちらもありそうな気がした。

 しかし、予想に反してジェイルは呆れたようにため息をつく。


「花嵜、どういう意図の質問かは敢えて聞かないが……探しに行くに決まっているだろう」


 明確な答えに今度はメロとユウリが目を丸くしてしまった。

 感情よりも先に行動が先にくるところがジェイルらしいと感じる。二人が何か口を挟む前に、ジェイルは更に続けた。


「お嬢様の傍で、お嬢様の味方であり続けるために、必ず探し出して見せる。仮にお嬢様がそれを望まなかったとしても、理由を聞くまでは引き下がれないな……それに、お嬢様をひとりにはしたくない」


 傍に他の誰かがいたらどうするんだ、という言葉を飲み込んだ。完全に蛇足である。

 ただ、メロとユウリは顔を見合わせて全く同時にため息をついた。それを見たジェイルがぎょっとする。


「な、何なんだ、急に」

「いや、さっぱりしてて羨ましいなーってだけ……」

「ええ、本当に……あ、僕はもう行きます」


 ユウリがそそくさと去っていった。

 残されたメロはジェイルをじーっと見つめる。ジェイルは怪訝そうにメロを見返した。


「なんだ……?」

「や、なんでもねー。……おまえってほんと、」


 お嬢のことが好きなんだな、という言葉をぐっと飲み込んだ。否定されるならまだしも、ジェイルが相手だと「そうだが?」と返されかねない。

 それが何となく面白くなくて、何なら嫌で──「なんでもない」と言ってジェイルの前から逃げるように去っていった。

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