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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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118.オフレコ⑯ ~部屋の外のことⅡ~

 ランドリールームにはいなかったので、多分洗濯物を干しているのだろう。

 そう思って庭に出る。椿邸の洗濯物干し場は景観の関係で裏の少し離れた場所にある。九条家の敷地内に入って真っ直ぐに見た時に建物だけが見えるような景色だ。景観の邪魔になるものは建物の後ろであるとか、庭木で目隠しをしている。防犯的な視点で考えるとこれもどうなんだろうなと思うことがたまにあるが、メロにはそのあたりに関与することができないので思うだけに留めている。

 裏庭に行くと、アリサが洗濯物を抱えていた。

 中途半端に洗濯物が干してあり、その中でアリサが物憂げに佇んでいる。

 一体何をしているのかと不思議に思いつつ、メロはアリサに近づいていった。


「アリサ」


 声をかけるとアリサがびくっと肩を震わせた。そんなに驚くか? と思いつつ、すぐ傍まで近づく。

 そう言えば、これまでアリサは誰かが近づく前にその存在に気付いていた節があった。声をかける前に振り返ったり、声をかけた時に「やっぱり」みたいな顔をして振り返ることも少なくなかった。そんなことを今更思い出す。

 アリサは干しかけのタオルを手に持ったままメロを見つめた。


「メロ、さん……」

「おまえ、おれのことさん付けするの嫌そうだよなー」

「……メロさんほどじゃないと思います」


 アリサはいつもメロを呼ぶ時に敬称を迷っている。自分が誰かを呼ぶ時同様に呼び方にこだわりなどはないので、くん付けでもいっそ呼び捨てでも構わないと思っているのだが、こちらが年上ということもあるので「メロ、さん」という微妙な間がある呼び方になっている。

 彼女の前に立ち、じっと見つめる。居心地悪そうな顔をしていた。

 メロがこれから何を聞こうとしているのかわかっているのだろうか。はたまた、単純にメロを苦手に思っているのだろうか。メロにとってはそんなことはどうでもいいことで、今から聞くことに彼女がどう反応するのかの方が重要である。


「単刀直入に聞くんだけどさー……──お前、昨日デパートで何してたの?」

「え? 何のことですか?」


 アリサが何のことだかわからないという顔をして少しだけ首を傾げる。

 どこからどう見ても本当に「何を聞かれているのかわからない」という顔をしていて、メロの中の確信がなければ勘違いだったで済ましてしまうに違いない反応だった。しかし、メロには昨日アリサがデパートにいたという絶対の確信があった。

 しらばっくれるのを見て更に言葉を続ける。


「体調不良で休んでるって聞いてたけど、おまえデパートにいたじゃん」

「あの、わたしは確かに家で休んでて……」


 頭の上にハテナマークが浮いているようだった。知らないふりが本当に上手いと思う。

 が、メロはアリサがデパートのどこにいたのかまでわかっている。


「お嬢がトイレに行った時にいた清掃員、おまえだよな? おれそういう勘みたいなの、いーんだよ」


 表情が強張った。見るからに動揺している。

 ここでもまだ上手く躱し切れるようだったら別の手を考えようと思っていたが、流石に特定までされていては反射的な反応を隠しきれなかったようだ。

 アリサがタオルをぎゅっと握りしめる。


「な、なんのことだか……」

「アレがお前だって確信があんの、おれには。……今はおれしか知らないけど、おまえがシラを切り通すなら他の人間に言う。具体的にはユウリとジェイルに言う。ジェイルはおれの言葉なんて半信半疑だろうけど、ユウリの後押しがあればあいつも信じるし、あとはジェイルが勝手に調べるし……あ。ユウリがおれの後押しをしないってことはないからな」


 アリサの反応は顕著だった。

 さっきまで綺麗に作れていた顔は何だったのだろう。あっという間に顔色が悪くなり、メロの言葉が真実だと自分自身で裏付けてしまっている。スパイ的な存在だとしたらとんだポンコツだ。

 だんまりを決め込むアリサ。いや、どう反応しようか悩んでいるのかもしれない。


 メロは小さくため息をついて洗濯かごの中からタオルを手に取った。ユウリと駄弁りながら干すのを手伝ったこともあるのでタオルくらいなら干せる。服は皺になるからと止められた。流石にこの中にロゼリアの服などは含まれてない。大体クリーニングに出すし、ロゼリアの衣服は女性しか触れない。


「……今、話したら……」

「ん?」

「メロさんだけの話で留めておいてもらえますか……」

「内容次第」


 当たり前だろうと言いたげに笑った。アリサは苦々しげな顔をする。

 どう切り抜けようか迷っているのが伝わってくる。タオルをのんびり干しながら答えを待っていた。

 何も言おうとしないのを見て大げさにため息をついて見せた。


「おまえさー……おれが何を気にしてんのかわかってる?」

「……ぇ?」


 問いかけにアリサは素でわからないと言わんばかりの表情を見せる。それがやけに幼く見えた。これも演技だったら大したものだと思いながら、ずいっとアリサに顔を近づけた。

 不意に顔を近づけられたアリサは目を見開いて後ろに下がる。

 相手の緊張が伝わってきた。


「おまえがお嬢に何かしたんじゃねーよな?」

「!? し、してな──してません、そんなことっ……!!」


 アリサは更に大きく目を見開いた。元々大きな目が溢れんばかりだ。

 下がった分だけ対抗するみたいに一歩踏み出して、こちらを強く睨み返してきた。メロだってこの程度で怯むようなヤワではない。


「へぇ? 来たばっかりの頃、コソコソとお嬢の周りを嗅ぎ回ってたのに?」

「そ、れはっ……ロ、ロゼリアさまのことを、知りたかっただけで……!」

「ふーん。知りたいって割には情報が限定されなかった? なんで変わったのか、ってそんなことばっかり聞いて回ってたよな?」


 アリサが悔しそうな表情で視線を伏せる。メロにそこまで見られているとは思わなかったようだ。もちろん、ロゼリアがアリサのことが気になると言ってたからこその情報である。結果的にロゼリアの警戒は正しかったのだろう。体調不良だと偽って、変装をしてまでデパートに向かってロゼリアの傍をうろちょろするなんて真似、普通とは思えない。

 一体何が目的なのか。

 とは言え、メロは別に彼女の目的を知りたいわけではなかった。

 ただ、アリサがロゼリアに何かするんじゃないかと疑っているだけだ。彼女がロゼリアに対して「何もしない」のであれば、その裏付けと確証さえ持てればそれでいいと思っている。多分ロゼリアはそうじゃないだろうけど、メロはその程度でいいのだ。


「……ほ、本当に、ロゼリアさまに何かしようってわけじゃありません」

「でもさー、おれはそれを信じられないんだよなー。理由はわかるだろ? ……怪しいんだよ、おまえ。昨日、デパートでおまえがお嬢に何もしてないって誰が証明できる?」


 言いながらアリサから距離を取り、中途半端になっていたタオルを干し直す。見れば、ぐ。と、アリサが歯を噛みしめていた。


「あと怪しんでるのはおれだけじゃないから」

「……え……?」

「誰とは言わねーけど、おまえのこと怪しんでる人間はそこそこいる。本当におまえがお嬢に危害を加えないし、妙な企みもしてないって言い切れるなら早めにゲロっといて」


 何でもないことのように言うものの、アリサがこの世の終わりみたいな顔をしていた。まさか自分がそんなに怪しまれているとは思ってなかったようだ。確かに仕事ぶりは普通だし、何なら優秀なのだろうけど──ロゼリアが彼女を警戒している、という点だけで、既に詰んでいるのだ。

 メロにとっても不思議だった。以前だったらロゼリアの言葉など右から左に抜けていたのに、今では何よりも重要になっているのだから。


「とにかく、余計なことすんなよ」


 アリサは何も言わずに黙り込んでいる。それを見て小さくため息をついた。一体アリサが何を考えているのかわからないし、ちゃんと釘をさせたのかどうかもわからない。

 本当ならもう少し穏便に話をするのが良かったのだろうけど、メロにはそんな器用なことはできなかった。

 ロゼリアが何か話してくれればすぐにでもその通りに動くのに、と思いながら、その場にアリサを残して立ち去った。

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