116.発熱②
そう時間も立たないうちにキキがおかゆを持ってきたのでそれを半分くらい食べ、薬を飲んだ。粉薬だったから飲みづらくて最悪だったけど、水を大量に飲んで流し込んでしまった。
キキは「安静にしててください」と繰り返して、部屋を出ていった。
さっき眠ったせいか、すぐには寝付けそうにない。
ぼーっと天井を見上げて眠気が訪れるのを待つことにした。
けど、こうしているとこれまでのことを色々と考えてしまう。医者は「疲れが出たんでしょう」みたいなことを言ってたけど、確かに前世の記憶が戻ってからはなんだかんだで気を張っていたように思う。近い将来死ぬかも知れない、って恐怖やプレッシャーがずっとあったし……昨日は実際身の危険を感じたし……ゲームとは全然違うアクシデントだったから余計にびっくりしたわ。
あたし、本当にどうなっちゃうんだろう。
誰に何を言っても信じてもらえないだろうから、弱音を吐ける相手も泣きつける相手もいない。
怖いなぁ。ちょっとしんどいなぁ。
誰か一人でもこの気持ちをわかってくれる人がいたらいいけど……そんなのは無理なのよ。わかってるわ。
気がつくと瞼が落ちて、うとうとと眠りについていた。
水滴が頬伝う。それが気持ち悪くて頬を擦ろうとしたところで誰かの手が頬に触れた。頬の水滴を拭い、更に目元に触れていく。何かを拭うような仕草とともに手が離れていき、額の上で温くなっていたタオルが取り替えられた。
ひんやりとした感触が気持ちよくて、少し落ち着く。
けど、朝よりもしんどい。熱がまた上がってる気がする。疲れとともに辛い気持ちが溢れ出てしまいそう。
傍にいる誰かが「大丈夫ですか」と聞いてきたから、思わず「しんどい」って答えちゃった。
代われるものなら代わりたいとか、ずっと傍にいますとか言ってたような気がしたけど、あたしの意識はふわふわしてしまって、全部は聞いていられなかった。相手が言っていた言葉もほとんど独り言みたいなものだったしね。
意識が浮上したり、落ちていったりを繰り返す。
あたしがもう一度眠りにつくまで、誰かが傍にいたみたい。
誰だったんだろう。お嬢様って呼ばれた気がしたからジェイルかしら。
「……だるい」
そう言ってゆっくりと目を開けると部屋にひとりきりだった。誰かがいても驚くし落ち着かないからいいんだけど、こうやって静かに一人でベッドの上にいるとどうしても色々と考えちゃうのよね。
起きててもしんどいだけだからもう一度眠ろうと瞼を閉じた。
眠っているのか、はたまた起きているのかわからない。
けれど、ぼんやりと何かが見えた。
『目を開ける』『目を開けない』という無機質なテキストが見えて、夢の中だということに気づく。多分ゲームをやっていた前世のことを夢で見てるんだと思う。けど、こんな選択肢が出てきたことなんてなかったから、きっとあたしが都合の良い夢を生成してるんだわ、きっと。
目を開けなかったらこのままだし、と思いながら、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
何故かメロとハルヒトがいた。
メロとハルヒトがセットで出てくるなんてシーンはあんまりなかったからレアな組み合わせだわ。レドロマもクリアできてないルートがあったし、見れてないミニイベントもあったのよね。
そう考えると色々と未練がある。家族や友達と突然別れなきゃいけなくなったことも……。
「お嬢、だいじょうぶ?」
メロがすぐ近くまで来ているようだった。セリフとゲーム内容がおかしいんだけど……。なんでゲームをやってるのに、話しかけてるのがロゼリアなのよ。話しかけるならアリスでしょ、アリス。
あたしのことを覗き込むメロをじーっと見つめてしまう。
「……大丈夫じゃなさそう。熱がまた上がったんじゃない?」
「薬は飲んだって言ってたっスよ」
あれ? ひょっとしてこれって夢じゃない? 現実?
どちらかの手が頬に触れる。冷たい……。気持ちよくて目を細めた。
「うわあっつ」
「薬効いてるのかな?」
「さあ? でも医者が出したなら、それ信じるしかないっスよ」
「それはそうだけど……」
っていうか、こいつらなんであたしの部屋にいるの? キキに誰も近づけないでって言ったはずなのに。メロのことだから周りの目を盗んで入ってきたに違いないけど、どうしてハルヒトまでいるのよ。
急激に覚醒してきて、二人を睨んでしまった。
「……ちょ、っと……勝手に、入って、きたの……?」
思いの外声が出しづらかった。急に声を出したからかしら。悪化してるなんて思いたくないわ。
あたしが喋るとは思ってなかったのか、二人共びっくりしていた。
「ぅわ、ごめんなさい……ハルくんが心配だって騒ぐからさー」
「ごめんね、ロゼリア。顔がどうしても見たくて……もう出るよ」
珍しくメロが申し訳無さそうにしていた。ハルヒトも気まずそうな顔をしている。
病人の部屋に勝手に入ってくるなんて本当にどうかしてるわ。心配ならキキや墨谷に聞けばいいのに……。もう少し文句を言ってやりたい気分になって、あたしはゆっくりと身を起こした。
「ちょ、ちょ、ちょ、お嬢! 寝ててってば!」
メロが物凄く慌ててあたしの肩に触れてベッドに押し返す。誰のせいで起きたと思ってるのかしら。そう思ってメロをジト目で見つめた。あたしの視線に気まずそうにするメロ。ついでにハルヒトも同じような顔をしていた。
「な、んで、入ってきたのよ……」
「……だ、だから、心配だったんスよ」
「ちょっと顔を見たらすぐ出るつもりだったよ。……他の人に見つかったらまずいしね」
「見つかったらまずいってわかってて、どうして──」
「ごめんって……お嬢、ほんとごめんなさい。怒ると悪化するから……」
メロがあたしの言葉を遮って掛け布団を肩までしっかりかける。……キキと同じことしてる。誰のせいで怒ってると思ってるのかかしら。あたしはそれ以上何も言わなかったけど、二人のことをじっと見つめた。二人ともバツが悪そうな表情のままだった。
ハルヒトが気まずそうな顔のまま口を開く。
「……看病を手伝いたいって言ったけどオレとメロは戦力外だって言われちゃってね」
……まぁ、それはそうでしょうね。
ハルヒトは客人だし、メロはそもそも看病に向いてる性格じゃないもの。誰がそう判断したのかはわからないけど当然の判断だと思うわ。多分この様子だとジェイルとユウリは看病要員に入れられたんでしょうし。
あたしは小さくため息をついてしまった。メロはともかくとしてハルヒトのことを叱れる立場の人間がいないのよね。強いて言えばあたしなんだけど、叱る元気もない……。
それに、純粋に心配してくれたのは……なんというか、嬉しいし……。
「……氷嚢がね」
「「え?」」
「ちょっと温くなってきたから変えるように言ってくれない? なんか熱が上がった気がするし……」
そう言って頭の下にある氷嚢を指さした。
メロもハルヒトも一瞬キョトンとしたけどすぐにあたしの意図を察したらしい。
要はたまたま部屋の前を通りかかった二人のことをあたしが呼んで氷嚢を変えるようにお願いした、って筋書きにしたいのよ。二人が勝手に部屋に入ってきたのは本当にどうかと思うけど、今回だけは大目に見てあげるのよ。次は絶対ないわ。
「……看病以外でもう入ってこないで頂戴。驚くし、寝れなくなるから」
「うん、ごめんね。お嬢」
「わかったよ、ロゼリア。──じゃ、氷嚢変えるように言っておくね」
そう言って二人は部屋を出ていった。
……出ていくのをちょっと淋しく思っちゃうのが悔しい。熱のせい、ってことにしておこう。
その後、キキが氷嚢を取り替えにきた。ひんやり冷たい氷嚢にほっとしているとキキが「出てけって言っても良かったんですよ」と言うものだから「何のこと?」と笑った。




