115.発熱①
目を覚ましたら朝だった。
カーテンの隙間から朝日が差してるのにびっくりする。確かに疲れていたし、屋敷に戻る頃には何故か体がだるかったけど、数時間で目を覚ますような気がしてたから、まさかこんなに眠ってしまうなんて……。
のろのろと体を起こしたところで違和感に気付く。
何だか体がだるい。
しかも頭がぼんやりする。
熱いと思って額に触れると何故か汗をかいていた。
あれ? もしかして、熱出てる?
うそ……これまで滅多に熱を出してこなかったのに。風邪だって全然引かずに今日まで来たのに、いきなり発熱? なんで?
あたしは発熱してることにすごく動揺してしまった。
熱が出てる時ってどうするべきなの? 大人しく寝てたらいいかしら? 前に熱を出したのがいつだったか思い出せないくらいに前の話で、その時どうしていたのか全く記憶にない。
体を起こして考え込んでいると扉がノックされた。
「ロゼリア様、おはようございます」
「……どうぞ」
キキだわ。入れない選択肢もなくていつも通りの受け答えをした。
静かに扉を開けて入ってくるキキ。あたしの顔を見るなりぎょっとしていた。
「……!!! ロッ、ロゼリア様! 顔が真っ赤です!」
「え? ……そう?」
「熱があるんじゃ……!? ああ、汗まで……! しょ、少々お待ち下さいっ!」
キキはこっちがびっくりするくらいに動揺して慌てて部屋を飛び出していった。
だるくて頭がぼーっとするだけで、前世でインフルエンザに罹った時のようなしんどさはないからインフルエンザとかじゃない。風邪でもなさそう。声は普通に出るし、喉に違和感もない。
キキは墨谷を連れてきた。
墨谷に熱を測られ──……。
そこからはあれよあれよと言う間に枕は氷嚢に変えられ、額には濡れタオルを置かれ……とにかく完全に病人になってしまった。
「……キキ、墨谷? そこまで深刻じゃ……」
「「深刻です!!」」
少し寝かせてくれればそれでいいと言おうとしたけど、二人はすごい剣幕だった。
びっくりしちゃって何も言えない。そう言えば熱は38度らしかった。
「ロゼリア様が熱を出すなんて何年ぶりだと思っているんですか?! 一大事です!」
「そうですよ、お嬢様。私の記憶が正しければ、最後に熱を出されたのは十一歳の時……もう十年ぶりです。今日は絶対に安静にしていてください。すぐにお医者様を呼びます」
じゅ、十年!? あたし、そんなに健康だったんだ……?
自分で引いちゃったわ。憎まれっ子世に憚るとでも言うのかしら。あたしがわがまま放題をするようになってからは本当に健康体だったのね。なんかちょっと逆に恥ずかしくなってきたんだけど……。
二人はあたしに向かって「絶対安静」を繰り返してから出て行った。
そこまでしんどい感じもないのに、二人とも心配性だわ。しょうがないからもう一度寝ようと思って目を閉じる。
……けど、扉の向こうに誰かがいるのに気づいた。
なんか話してるのは聞こえてくる。流石に何を話しているのかは聞こえないし、誰の声なのかもわからない。目を閉じているせいで、どうにも音が気になってしまった。
眠るに眠れない。
目を開けたり閉じたりしてそわそわしていると、ノックとともにキキが入ってきた。扉の向こう側を睨みつけてから、しっかり扉を閉じてこちらへと向かってくる。
「……キキ、どうかした?」
「お騒がせして申し訳ございません。その、ジェイルさんたちが心配だと廊下の外にいまして……」
「そ、そう。気になって眠れないから近付かないように言ってくれる?」
「かしこまりました」
キキは「ですよね」と言いたげに眉を下げて困ったように笑った。
そして、手に持っているトレイを傍のテーブルに置く。
「何を持ってきたの?」
「お水とゼリーです。何か食べられた方が良いと思って……食欲はございますか?」
そう言えば食欲がないわ。何か食べたいって気持ちにはならない。でも、こういう場合って何かお腹に入れた方が良いのよね、きっと。
あたしは額に乗っている濡れタオルを取り、のろのろと体を動かして起き上がる。キキがこっちを心配そうに見つめてタオルを受け取った。
「いつもみたいな食欲はないけど……ゼリー頂戴」
「はい。……どうぞ」
ゼリーとスプーンを受け取る。こないだ水田がぶどうのゼリー作ってたけど、それとは違って普通の市販品だった。まぁ都合よくお手製ゼリーは出てこないわよね……。
ああ食べやすくていいわ。するっと入っていく。
のんびりとゼリーを食べ進めているとキキがゆっくりと口を開いた。
「お医者様はお昼前には来て頂けるそうです」
「そう。薬を飲んで寝てたら大丈夫そうな感じもするわよ……」
大したことないのにと思いながら言うとキキが目を細めた。
「ロゼリア様?」
「わかってるわよ。熱を出すのが久々だから甘く見るなって言いたいんでしょう?」
「……そうです。みんな心配してますので、どうかゆっくり休んでいてください」
あたしは大したことないって思ってるのに、周りが過剰に心配しているっぽいのがなんだか変な感じ。くすぐったいというか、落ち着かないというか……とにかく、変な感じだった。今までこんなことはなかったから余計にそう感じるのかもしれない。
キキの視線も何だか鋭いし、このままだとあたしが余計なことをしないか監視し始めそう。そうならないように大人しくしてよう。
「ごちそうさま」
「お水もどうぞ。汗をかいて水分が出てしまっているので……」
キキがゼリーの容器を受け取り、代わりに水の入ったコップを差し出してきた。コップを受け取って水をゆっくり飲んだ。飲み終わったコップをキキに返す。
ぼんやりしているとキキが「横になってください」と言うので、大人しく言うことを聞いた。
もう一度横になったところでキキが肩までしっかり掛ふとんをかけてくる。そして額に冷えた濡れタオルを置いた。
「キキ、ちょっと暑いんだけど……」
「駄目です。しっかり布団の中に入っててください」
「……わかったわよ」
「私はこれで一旦退室します。何かあればベルでお呼びください」
そう言って枕元に呼び出しようのベルを置いた。ハンドベル的なやつ。
キキはあたしのことを心配そうに見つめてから「では」と言って部屋を出ていってしまった。
まぁこれで一旦は眠るしかなくなった。
さっきと違って廊下の外に気配は感じないし、多少はゆっくり眠れるかしら。医者が来るのはお昼前って言ってたし、数時間は眠れそうだわ。どうせやることもないし、熱が出てるんじゃしょうがないし──とにかく寝よう。
そう自分に言い聞かせて目を閉じた。
そして数時間後、遠慮がちに揺り起こされる。
ぼんやりとした頭のままで目を覚ますと、キキと墨谷がいて、その奥に初老の男性と女性が立っていた。医者が来たのだとわかったので無言で起き上がる。
……なんだか眠る前よりもだるいんだけど、なにこれ。
「ロゼリア様、失礼します。……まずは熱を測りましょう」
男性に言われて、無言で頷いた。なんかすごくだるい上にぼんやりする。
言われるがままに熱を測り、口や喉を見られ、聴診器を当てられ──……。
会話は全部頭上を素通りしてしまったんだけど、どうやら熱が上がってたらしい。何度だったのかは聞きそこねた。風邪とかではないらしく、疲れが出たんでしょう、みたいなことを言っていた。そして、解熱剤を出すので何か食べてから薬を飲んでとにかく安静にして欲しい、というようなことを言い、彼は立ち上がった。
あたしはベッドに逆戻りをし、ぼんやりと天井を見上げる。
熱が上がったなんて……気が抜けたせいかしら。そんなことを考えている間に部屋にはキキと墨谷だけになっていた。
「ロゼリア様、後ほどおかゆをお持ちしますね」
「……食欲がないわ」
「少しでいいのでお召し上がりください」
キキが懇願するようにあたしの手を握りしめた。キキの手はひんやりしていて気持ちがいい。
食欲はないけどキキが言うんじゃしょうがない。あたしが「わかった」と頷くと、キキがほっとしたように笑うのだった。




