111.帰路①
メロに手を引かれるような形で歩くことになってしまった。反対側にはユウリがいて、手こそ繋ごうとしなかったもののピタリとくっついていて落ち着かない。
気を遣ってくれるのはありがたいけど、本当にこれは何なの……。
こういう心配をしてくれるのは伯父様しかいないと思ってたのにな。なんか変な感じ。
はぁ、もう帰ったら横になりたい。何か本当にどっと疲れちゃったし、楽しかった気持ちが灰のようになってしまった。……やっぱり全部終わるまでは買い物とか、好きなことなんてできそうにないわね。
もうゲームとは随分と違う方向に向かっているように思えるし、一回情報をまとめた方が良いかもしれない。あとあたしの立ち位置であるとか、周りの様子であるとか……。
携帯の着信音が鳴り、メロが立ち止まった。何かと思ってあたしも足を止め、ユウリも不思議そうな顔をしている。
どうやらメロが預かったままの携帯が鳴っているらしい。メロはあたしと繋いでない方の手で携帯を手にし、耳に当てていた。……別に手は放してくれていいんだけど。
微かにジェイルの声が聞こえる。
「残念。おれ」
メロは携帯を手にして楽しそうに笑っていた。なんか、たまにメロってジェイルのことをからかって楽しんでるんじゃないかって思うことがある。
近くにいるから会話はほぼ聞こえてきていた。ただの業務連絡って感じ。あたしはいつもの車に乗るのね、ユキヤの運転が丁寧で乗り心地が良かったから惜しいけど、要望を言えるような心境じゃない。
通話を追えたメロがユウリに向かって携帯を放り投げる。
「っと! 投げるなら投げるって言ってよ……」
「これくらいならおまえでもキャッチできるだろ。お嬢、行こ」
携帯を慌ててキャッチしたユウリがメロを恨みがましく見つめながら歩き出した。メロがあたしの手を揺らしてそっと引く。あたしもメロの歩調に合わせて、いや、メロがあたしの歩調に合わせて歩く。普段よりゆっくりだった。
反対隣のユウリもゆっくりした歩みで、気を遣われているのがはっきりとわかる。
「ロゼリア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「車の中で横になられた方が良いかも知れませんね」
それはそれでいい案かも知れない。まぁ車についてから決めよう。
あたしたちは口数少なめにゆっくりと移動をした。どこかでアリサを見かけるかもと思ったけど、駐車場への道すがら、アリサらしい少女の姿は見つけられなかった。
◇ ◇
「おまたせ~」
「お嬢様、だい──……」
メロが緩く声をかけたところで、ジェイルがこっちに気付いて焦った表情を見せる。
が、何故か凍りついてしまった。どうしたのかしら。
車はいつでも出れるようにエンジンがかかっていた。ユキヤとノア、ハルヒトも黒い車の傍で待機している。先に帰ってくれてもよかったのに何だか待たせちゃって申し訳ないわね。
他の三人もあたしを見て目を丸くしている。
視線の先にはあたしの手があって、その手はメロと繋いでいて──ということに気付いて、メロの手をその場で解いた。
「あれ? お嬢、もういい?」
「目的地に到着したんだからもういいわよ」
「あっそ。んじゃ、車に……って、ジェイル。なんつう顔してんの?」
ジェイルは確かになんとも言えない顔をしていた。唖然としたような、衝撃を受けたような、とにかくそんな感じ。
あたしが不思議に思っていると目の前にユキヤが立つ。こっちは申し訳無さそうな顔をしていた。
「ロゼリア様、体調のことに気づかず申し訳ございませんでした」
そう言ってユキヤは深々と頭を下げる。あたしは慌てて手を振った。
ユキヤはこれっぽっちも関係ないのに! 変に気にさせちゃったみたい。あたしもまさかあんなことになるとは……とは言え、そのへんのことは今は伏せてるから話せないわ。
「ユキヤが気に病むことじゃないのよ。本当に買い物中は普通に元気だったんだから……」
「ですが、」
「本当に平気だったのよ。……ただ、トイレで……。……」
「ゲロを見て気持ち悪くなっちゃったんスよね」
「……そ、そういうこと、だから……」
自分で「ゲロを見た」と言うセリフを口にすることが出来ずに言い淀んでいたらメロがあっさりと言ってしまった。言い訳としてはこれで良いはずなのに、やっぱり良い気がしない……。あたしはちょっと気まずくなって視線を逸した。
それをユキヤはどう解釈したのかわからなかったけど、とりあえずそれ以上突っ込んでこないみたい。よかったわ。
ちょっと気を取り直してユキヤを見上げる。
「こっちこそ中断させちゃって申し訳なかったわね」
「いえ、それは当然です。ロゼリア様のお体の方が大切ですから」
「ありがと」
軽く礼を言ってユキヤからそっと離れた。車に向かおうとしたところでハルヒトがこっちを見てるのに気づいたから、一応一言くらいは言っておこうと思い、そちらに近づく。
「ハルヒト」
「うん」
「あんたにも悪かったわね。折角外に出掛けられたのに……」
「ああ、それは全然。さっきのユキヤのセリフにまるっと同意してるからいいんだ。ロゼリアが楽しそうにしてるのが伝わってきて、それが楽しかったからね。だから、君が早く元気になってくれると嬉しい」
「そ、そう……」
もうちょっと不満が見えるかと思ったら全然そんなことなかった。驚いちゃったわ。
ユキヤの時とは違う気まずさに襲われた。
「お嬢様。そろそろ行きましょう。──ユキヤ、悪いがハルヒト様を頼んだ」
「わかりました。では、ロゼリア様、また……」
そう言ってユキヤが頭を下げる。ノアもそれに合わせていた。行きに乗ってきた車の方に三人が移動するのを見つつ、後部席のドアを開けて待っているジェイルの方へ向かう。
あれ? 帰りは誰がっていうか、どっちが運転するのかしら?
ユウリは運転ができないからジェイルからメロよね。
「どっちが運転するの?」
後部座席に乗り込みながら、ジェイルとメロを見比べる。すると、二人は顔を見合わせていた。
あ、決めてなかったのね……。なら、あたしが指定しても良さそう。
「決めてないんだったらジェイルが運転して。あんたの運転の方が丁寧だし……」
「は、承知しました」
指定するとジェイルはいつになくキリッとした表情を見せた。よかった、嫌そうじゃない。
メロは急いでる時は結構いい感じに飛ばしてくれるし、裏道も使ってくれるから適任なのよね。今みたいに気分が優れない時は逆に酔いそうなのよ……。
ジェイルがドアを締める前にメロとユウリを見る。
「メロは助手席。ユウリはあたしの隣に座って」
「えー! ジェイルの隣ぃ?」
「メロ、うるさいよ。ロゼリア様、かしこまりました」
ジェイルもちょっと嫌そうな顔をしていた。まぁしょうがないわね。けど、ユウリには頼みたいこともあったし……。
ドアが締まり、反対側からユウリが乗り込んでくる。「失礼します」と言いながら、あたしの隣に来る。
メロは渋々といった感じで助手席に乗り込んでいた。ジェイルはメロのことは見てない。どうやら気にしないことにしたらしい。
「ユウリ、肩か膝貸して」
「えっ!?」
隣でユウリが驚いていた。ジェイルはルームミラーでこちらを見てから振り返る。メロはルームミラー越しにちらりと視線を向けてきただけで、二人みたいに目立った反応は見せなかった。
「……あんたがさっき横になったらって言ったのよ?」
「それはそうですが、そういう意味では……い、いいえ、何でもありません。どちらでもお好きな方で……」
「じゃあ肩でいいわ。……ジェイル、出ていいわよ」
「……では、出発します」
ジェイルは微妙なテンションで車を出発させた。メロが声を押し殺して笑うのが伝わってくる。
トイレを出た時も肩を貸してくれたし、これくらい良いと思ったけど、まずったかしら。でも何かに凭れてた方が楽なのよね……。
まぁいいや、と思いながらどこか緊張しているユウリの肩に頭を預けて目を閉じた。




