11.責任
お茶を飲みつつ考えをまとめ、この情報についてはユキヤを信用しようと決める。
不安は尽きないし、ユキヤは「南地区さえ守れるならロゼリアがどうなっても構わない」と思っているのがわかるけど、それはそれよね。
「ロゼリア様」
「ええ」
あたしがカップを置いたタイミングで再度ユキヤが話を続ける。
さっきの情報を伝えるだけが用事じゃないでしょうし、他に何かあるはず……。
「どうか、父を止めるのにお力添えを頂けないでしょうか?」
「え」
「このままではこれまで以上に敵を作り、父のみならず南地区の評判が地に落ちるのも時間の問題です。
……父は権力と金に執着しています。ロゼリア様の後ろ盾を失った今、自分だけで全てを掌握できるのではないかと妄執に取り憑かれているようにも見えて……。ここ数年、言い方が悪いのですが、父が大きな顔ができていたのはやはりロゼリア様がいたからだと思います。
……最悪、父を切り捨ててでも、南地区だけは守りたいのです。何も知らない住民たちが、何も知らないままこれまで通り安心して暮らせるように。
どうか、お願いします」
そう言い終わると、ユキヤは立ち上がって深く頭を下げた。
む、胸が痛い。とても痛い。
だって今の南地区の状況はあたしのせいなのよ? なのに、なんでユキヤがあたしに頭を下げるの?
お前のせいだ、元に戻せ。責任を取れ。って、あたしのことを詰って責めても別におかしくはない立場のはず。けど、ユキヤはそんなことはしない。そういうことができる人間じゃない。ゲームを通してだけど、ユキヤの性格は把握している。
そして、ユキヤはあたしの知っている通りの人間だった。
画面の中のキャラクターとしてじゃなくて、ひとりの人間として信じていい相手。
「……あんたの願いはわかったわ。座って頂戴」
「はい……失礼します」
いつまでも頭を下げさせておくのは居心地が悪く、とりあえずユキヤを座らせる。
正直、断る話じゃない。
渡りに船。棚からぼたもち。
あたしにとっては好都合の展開だわ。
けど、あたしはあたし自身の保身のためだけに、この人の願いを聞けるの?
父親を切り捨ててでも、なんて言う程に覚悟がある人の願いを?
そうさせたのは他でもないあたしなのに?
今になって疑問が湧く。
あたしは、これまでのあたしがしてきたことの責任を取れるの?
ここでユキヤの願いを受け入れるっていうのは、そういうことになるわ。少なくとも南地区に関しては責任を取るために行動する、ということにもなる。
答えは一つしかないのに、すぐに決断ができない。
「……。ロゼリアさま、」
それまでマネキン? ってくらいに直立不動、表情をピクリとも動かさなかったノアが突然喋った。可愛い声。
そして、あたしの前まで来てあろうことかその場で土下座をする。
「えっ?」
「よろしければ、ぼくをお好きなように使ってください。ぼくなんかじゃ足りないかもしれませんが、なんでもします。だから、……どうか、ユキヤ様のお願いを、聞き入れてはいただけませんか……!」
あたしはフリーズした。後ろにいるジェイルとメロからも驚く気配が伝わってくる。
ユキヤは唖然とした後、ものすごく慌てた様子で立ち上がって、ノアの体を後ろから引っ張って立ち上がらせた。
「ノア、やめてください! そんなつもりであなたを連れてきたわけではありません! ……ロ、ロゼリア様、今のノアの発言はなかったことに……!」
「いいえ! ぼくはそのつもりでご一緒しました!」
「ノア!!!」
えっ。なにこれ。
完全に魔王に捧げられる生贄状態……。
た、多分、麗しい主従関係なんでしょうけど、あたしの立場(=生贄は望んでない魔王)では微妙で複雑な気分だわ。
こうなった原因、あたしにあるのは十分理解してる。
あたし──九条ロゼリアはユウリみたいな薄幸の美青年や美少年を虐めるのが趣味だって噂が広がってるし、実際ただの噂ってだけじゃなくて間違いなく事実なのよ。ノアを見た瞬間、そのセンサーが反応したの。
可愛い、欲しい、いじめたい──って。
だから見ないようにしたのに……。
ノアはあたしの視線からそういうのを感じ取ったんでしょうね。不覚だったわ。
けど、ノアの悲痛な叫びと行動のおかげで目が覚めた。
ごちゃごちゃしてた頭の中がクリアになったわ。
「静かにしてくれる?」
あたしが言うと、ユキヤとノアがピタリと動きを止めた。
自分自身を落ち着ける意味も込めてもう一度ゆっくりとお茶を飲む。空っぽになっちゃったわ。
ジェイルとメロの視線が突き刺さっているのがわかる。視線がうるさいのよさっきから……!
ティーカップをソーサーに置いて、小さく息をついた。
「まずは二人とも立って。ユキヤも、それからノアもソファに座って頂戴」
ソファに、を強調する。床に座られちゃたまんないのよ。
ユキヤもノアもあたしに言われた通り、ソファにちゃんと座った。
「あのね、ノア。あたしはもうそういうのやめたの、やめるって決めたの」
「うっそだぁ」
「メロ黙って」
メロ……!!!!!!!!!!!
怒りで手が震えたけどジェイルが代わりに殴ってたから良しとするわ。
ノアはもちろんユキヤもあたしのことをびっくり顔で見つめていた。いや、本当に失礼な表情と視線だわ。そりゃいきなりこんなこと言い出す『九条ロゼリア』なんて予想してなかったでしょうけど!
「で、ユキヤは少なくともあたしを……これまでと違うんだと思って……藁にも縋る気持ちで来てくれたのよね。違うかしら」
「いえ、藁だなんて流石に……ですが、ロゼリア様にご助力いただきたいと思ってこちらに来たのは確かです。……ノアが大変失礼を致しました」
「いいわ。これまでのあたしを知ってれば、そうするのが手っ取り早いって思うのはある意味で当然だものね」
今のあたしにとってはいい気分になる申し出ではなかった。
ただ、前世の記憶を思い出す前なら喜んでノアの申し出を受けたに違いないし、挙句ユキヤのことは放り出していたと思う。まあ、そもそもこんなことになってないんだけど。
あたしは溜息をついた。
ユキヤは「あたしが変わった」と感じているみたいだけど、流石にこれまでのイメージや事実としてやってきたことがなくなるわけじゃない。それは別にユキヤに限ったことではなくて、ジェイルだってメロだって同じ。
変わったかもしれないけど信用できるレベルじゃないって感じている。
九条ロゼリアが変わった・変わりたいってことと、その覚悟を示すにはどうしたらいいのかしら。
話し合いの途中なのにあたしは考え込んでしまう。
保留にするのも違うし、ここでこの件を決断できないのはまずい。
けど、あたしの口約束はきっとあたしが思う以上に軽くて、信用も信頼も得られない気がする。
何か。あたしの決意と覚悟が伝わるようなもの──。
「……あ」
それを示すものに思い当たり、あたしは思わず立ち上がってしまった。
全員の視線が集まってちょっと気まずい。その気まずさを誤魔化すかのように、あたしは軽く咳ばらいをしてから振り返った。
「メロ」
「え? あ、はい」
「お茶が冷めたから新しいものに取り返させて。あと軽く摘めるものも用意させて頂戴」
「? はぁ、りょーかいっス」
「あたしはちょっと席を外すわ。五分くらいで戻るから待っててくれる?」
それだけ言い残し、あたしは一旦応接室を後にした。