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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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107.一方その頃④

 一方その頃──。

 ジェイルが何か異常がないかと眺めていると、何故かロゼリアが店を出ていくのが見えた。

 それど同時にジェイルの携帯が鳴る。発信元はユキヤだった。ピ、と通話ボタンを押して耳に当てる。


「お嬢様はどこに行かれたんだ?」


 挨拶をするでもなく、ロゼリアを視線で追いながら言うと電話口でユキヤが苦笑した。

 見れば、ジェイルの傍にいるハルヒトたちも妙な視線を向けている。一体何なんだと思いながらユキヤの返答を待った。


『お手洗いですよ。どなたか女性についてきてもらうべきでしたね』

「……そうだな。せめて近くに誰かを向かわせよう」

『ええ、そうしてください』


 ユキヤの返事を聞いてから、メロとユウリに視線を向けた。どちらか行って来い、という意味合いなのを感じ取ったのか、二人は顔を見合わせる。しかし、よく考えたらロゼリアの傍にいる人間は多い方がいい。ジェイルはハルヒトの傍を離れられないため、一度携帯を口元から離した。


「真瀬、花嵜。二人で行ってくれ」

「えぇ、めんどくせー……トイレくらいさー……」

「かしこまりました。──ほら、メロ行くよ」


 メロと違ってユウリは聞き分けがいい。ユウリはメロの腕を掴んで歩き出し、メロは渋々といった様子でユウリとともに歩いていった。その様子をため息交じりに見送る。

 携帯を戻す。


「済まない。ところで何か変わったことはあったか?」

『いえ、特には……。楽しく買い物をされていますよ』

「……。……お前も楽しそうだな」

『ええ、楽しませてもらってます。君には悪いことをしている気分ですが……』

「何の話だ?」


 ユキヤの申し訳無さそうな言葉を聞いて鋭い声を発してしまった。ユキヤが向こう側で苦笑している。

 あくまで名目上の話、必要があったからこそそうしている、というのは頭では理解していても、やはりユキヤとロゼリアがデートをしている事実にどうしても苛立つ。

 それが我慢できずに声色に乗ってしまい、それをユキヤに悟られたのは我ながら失敗だった。

 気付かれないようにして小さく深呼吸をし、努めて平静を装う。


「……お嬢様が楽しまれているならいい。エスコートは任せる」

『わかりました。退屈されないように頑張ります』

「ああ、そうしてくれ。一度切るぞ」

『はい、ではまた』


 通話ボタンを押して、ふーと長く息を吐きだす。

 何故かその様子をハルヒトとノアがじっと見つめていた。二人の視線に内心驚いてしまい、携帯をポケットに入れながら二人の顔を見比べる。


「……何か?」


 どちらかと言うとハルヒトに向けた言葉だった。ハルヒトと視線を合わせると、彼はおかしそうに笑う。


「君って結構ロゼリアのことを気にしてるよね」

「当たり前でしょう。お嬢様の護衛やフォローは自分の仕事ですので」

「それだけって感じがしないからさ、不思議に思っただけ」


 そう言ってハルヒトは視線を伏せた。興味がありそうなのは伝わってくるが、今この場では詳しく聞く気がないらしい。ジェイルとしてはその方がありがたかった。

 確かに「それだけ」ではない。

 自分でも不思議に思うところはあるが、毛嫌いしていた頃が嘘のようだ。ロゼリアへの気持ちを自覚してからというもの、どうすれば彼女のためになるかと一層考えながら動いている。反面、他の人間と必要以上に距離が近いのを見るとどうしたって苛々してしまうのも事実。ロゼリアはジェイルの気持ちなど知らないし、少なくとも今は知らせるつもりもないので、ロゼリアがジェイルのことを気にして動く必要などない。

 ユキヤとのデートだって反対したものの、ロゼリアが問題に感じない上に、これまで買い物を控えていたことを考えると過剰に反対も出来なかった。後はもうジェイル自身の気の持ちよう次第だ。

 あまり考えないようにしたところで、今度はノアがこっちを見てきた。


「……あの、ジェイルさん」

「なんだ?」


 おっかなびっくりといった様子で話しかけてくるノア。

 メロを筆頭にかなり馴れ馴れしく接してくる人間が傍にいるものだから、そう言えば自分は話しかけづらいのだったと思い直した。


「ユキヤ様とは長い付き合いだと聞いてます。どれくらいになるんでしょうか?」

「十歳になる前からだな。ユキヤからは聞いてないのか?」

「長い付き合い、としか……ぁっ、ちょっと気になっただけで深い意味はありません」


 えへへ。とノアは笑う。

 そう言えば、ノアのことはある日突然紹介されたと思い出す。「俺が個人的に雇うことになりました」としれっと紹介された時は驚いたものだ。なんせその時のノアはそれこそ十歳くらいだったので、色々と心配になってしまった。結局、親に捨てられて路頭に迷っていたところを保護して、今に至る。今では付き人的な役割で色々とこなしているらしい。


「へぇ、じゃあジェイルとユキヤは幼馴染というものかな?」


 半ば思い出に浸りそうになったところでハルヒトが現実に引き戻してくる。


「ええ、そうなりますね」

「正反対に見えるのに仲が良いんだね」

「確かに性格はかなり違います。とは言え、話が合うというか……まぁ、そんな感じです」

「いいね、そういうの」


 ハルヒトがどこか眩しそうに目を細めた。友達も幼馴染もいないハルヒトからすると、そういう存在は羨ましいらしい。確かにユキヤという友人の存在はジェイルにとってかなりありがたいものだった。一時期、ロゼリアの愚痴を聞かせたこともさして古い記憶ではない。今となっては、あの愚痴をユキヤが覚えてると思うと憂鬱だ。


「……ぼくもそういうの羨ましいです」

「ノアも? じゃあさ、オレとノアは幼馴染だった、っていうことにしない?」

「えぇっ?!」


 無茶苦茶すぎて溜息が出てしまった。当然ながらノアも驚いている。今日会ったばかりなのに何故そうなるのか。

 ノアはわたわたと焦ってから首を振った。


「っそ、それは、流石に……!」

「えー? ダメかな? 幼馴染が欲しいもの同士、結構いい案だと思ったのに」

「な、なんていうか、いたらいいなとは思うんですけど……じゃあ敢えて作りたいかっていうと、べ、別にそうじゃないので……す、すみません」


 ノアはぺこぺことハルヒトに頭を下げる。そういう反応になるだろうなと思いながらハルヒトとノアの間に入るように動いた。ハルヒトの視線がジェイルに向く。


「ハルヒト様、あまり無茶を言って困らせるのはよくありません」

「幼馴染がダメなのは分かったよ。じゃあ、友達は? ジェイルともノアとも、友達になら……なれるよね?」

「……申し訳ございませんが、立場が違いすぎます。あなたはご友人は選ばなければいけない立場にあり、我々ではあなたの友人にはなりえません」


 毅然と言う。安易に「では、なりましょう」と言えるものではない。

 他領の人間で、しかも後継者で、貴族と平民くらいの違いがあるのだ。今後のハルヒトのことを考える自分たちは友人としてはあまりに不適当だった。


 案の定、ハルヒトは不機嫌そうな──いや、拗ねたような顔をしまった。

 反応は予想できていたものの、少しばかり苦々しい気持ちになる。

 ハルヒトは無言で立ち上がり、飲み終わったカップをすぐ傍にあるゴミ箱に投げ入れた。


「そんなことを言ったらオレに友達なんてできなさそう。これまでは誰かに『友達になって』とすら言えない環境だったんだから」

「……それは、」

「あと、ジェイルって杓子定規だよね。……ロゼリアもやりづらそう」

「──!!」


 喧嘩を売られたなと思っても買うことはできなかった。

 相手がハルヒトだからというのもあるが、言っていることが正解だからだ。規則やルールは守るべきもので、逸脱するのは論外だと思いながらやってきた。そして、そのやり方にロゼリアが反感を持つのもわかっている。

 何も言えずに黙り込む。

 ノアが青い顔をして俯いていた。ハルヒトとジェイルの間にある空気のせいだ。


 不意にノアの顔を見たハルヒトがハッとする。バツの悪そうな顔をしたかと思えば、その場でジェイルとノアに向き合い、ぱちんと両手を合わせて少しだけ頭を下げた。


「ごめん! 今の言い方はよくなかった。……ジェイルの立場ならそう言うしかないのに……自由が増えたと思って調子に乗ったみたいだ」

「い、いえ」

「……まぁ、難しいのは理解するし、君とユキヤやメロとユウリみたいになるのは無理なんだろうけど……今のところまともに付き合いがあるのは君たちしかいないんだよね。だから、立場の違いはあっても友達っていうか、それに近い関係になれたら嬉しいんだ」


 困ったように言うハルヒトを見て、思わずノアと顔を見合わせてしまった。

 それこそ言っていることは理解できる。が、立場や仕事も相まって難しいのは確かだ。

 ハルヒトが元のベンチに座り直すのを眺めてから、こっそりとため息をついた。


「仰ることはよくわかりました。……ご希望に添えるよう、善処します。流石に花嵜のようには行きませんが、……せめてハルヒトさんと呼ばせていただきます」

「じゃ、じゃあ、ぼくも……その、ハルヒトさんと呼びます、ね」


 ジェイル、そしてノアの言葉にハルヒトの顔がぱっと華やぐ。


「わぁ、ありがとう。その調子で呼び捨てでも何でもしてくれていいからね」

「それは流石に」


 嬉しそうに笑うハルヒトを目の当たりにして少しだけ口元が緩んだ。ノアもホッとした様子だ。


 不意に携帯が鳴る。

 発信元はユウリで、何だか嫌な予感がした。

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