106.買い物日和②
あたしにしては短時間で買い物を済ませて次の店に向かった。
「次はあっちよ」と指差すあたしに、ユキヤは笑って頷いてついてくる。ユキヤが「いります?」と腕を差し出してくるので、どうせだからとその腕に手を置いた.
そのまま次の店に向かって歩きながら、隣にいるユキヤを見上げる。
「ねぇ、ユキヤは普段の買い物はどうしてるの?」
「私はノアと一緒に行くことが多いですね。仕事着を買い足す感じです」
「普段着は?」
「お恥ずかしながら、ノアが選んでくれたものを着ています」
「……。……今日の服もノアが?」
「……はい」
まじまじとユキヤを見つめると、居心地悪そうに笑っていた。
ゲームでもファッションに興味はないみたいなことを言っていた割に、攻略キャラクターだから変な服を着ているなんてこともなかったけど、まさかこんな裏側があるなんて……。ゲームだけでは知り得ない情報を知ってしまったわ。
なーんかゲームでは出てこない情報ってやっぱりゲームとして、というかプレイヤー側からするとイマイチなケースが多い気がする。あたしは結構ユキヤのことは全肯定しちゃうタイプだから今の情報も「かわいい」って思う程度だけど、人によっては嫌なんじゃないかしら。
店はすぐ傍にあるから、会話もそこそこに店員に出迎えられた。
あたしたちを監視しているはずのジェイルたちを振り返ると一緒になって移動していた。メロがいないわ。まぁ、いいか。
「こちらはシンプルなものが多いのですね」
「ショップによってコンセプトが違うのよ。あたしも色んな種類のが欲しいし……」
「なるほど……今はどんなものをお探しですか?」
そう言ってユキヤは店内を見回し、傍にあるマネキンを眺める。
ファッションには興味がないんじゃなかったのかしら。
「そうねぇ、他と合わせやすいトップスね。あとはインナーも」
「……このあたりでしょうか?」
言いながらユキヤが白のブラウスを手に取る。かなりシンプルだわ。悪くないけど面白みがないっていうか、もうちょっと遊び心と言うか、それを着て楽しくなるような要素が欲しい。
あたしは難しい顔をしてしまった。すると、ユキヤが眉を下げて笑う。
「うーん、選ぶのも難しいですね」
「その分楽しいのよ。悩むのが楽しいの」
「ふふ、私はまだまだですね。──ですが、ノアの気持ちが少しわかったような気がします」
「そうなの?」
「ロゼリア様に似合うのはどれか、と考えるのは楽しいと感じたので」
「そ、そう……」
なんて答えて良いのか戸惑ってしまった。
ユキヤのリップサービスはすごいと純粋に感動している節もある。他の人間だったら流石にここまでは言ってくれないでしょ。人脈が広いというのは聞いたことあるし、実際ゲームでもそんな情報があったけど、こうやって話してると結構実感するのよね。相手をいい気分にさせてくれるというか……。
見習えるなら見習いたいわ。プライド的なものが邪魔をして上手く行きそうにないし、周りに不気味がられそうだけど。
ふとジェイルたちが視界に入った。
あいつら、ただ買い物を遠くから眺めてるだけで暇じゃないかしら? なんか特に何もなさそうだし、一人残して適当に買い物したり、何か食べてきたりすればいいのに……。あ、ノアはユキヤが心配で離れられないのね。
メロがいない──。と思ったところで、少し離れたところで女の子三人組がジェイルたちを見てヒソヒソと話しているのが見えた。
女の子三人組の動向が気になってしまい、じっと眺めてみる。ジェイルがあたしの視線に気付いたタイミングで、三人組がジェイルたち四人に近付いて声をかけていた。
「ユキヤ、ユキヤ」
あたしは思わずユキヤを手招きして呼ぶ。不思議そうな顔をするユキヤを見て笑い、ジェイルたちがいる方向を指さした。ユキヤはあたしが指さした方へと視線を向ける。
「……あれは、ひょっとして……?」
「逆ナンされてるわ。まぁ、顔がいいものね。声をかけてみたくなるんでしょ」
「何だか楽しそうですね?」
「あいつらがどんな対応するのか気になるのよ。近くに行って観察したいくらいだわ」
何を話してるのかまでは流石に聞こえてこない。気が弱そうだと判断したのか、リーダー格っぽい子がユウリに近付いている。ユウリはちょっと驚いて彼女とジェイルたちを見比べていた。
他の二人の女の子も楽しそうに何か話していた。
「うーん、ここからじゃ何言ってんのか聞こえないわね」
「確かに……」
視線を逸らさずに観察する。多分「お茶でもどうですか」って感じで話しかけてるみたい。
途中でハルヒトが「なになに?」って感じで女の子たちに自分から声をかけていた。あー、そう言えばハルヒトってあんまりこういう経験ないんだっけ。外に出る機会というか、人目にさらされる機会が少なかったせいだわ。
ジェイルが横から入ってハルヒトを制止しようとしたけど、ハルヒトの方が興味出ちゃってるせいで途中で諦めてた。そこはジェイルがしっかりしなさいよ。
ノアはああいうのが苦手っぽくて、少し距離を取っていた。ユウリはただただ困ってる。
……こういう時こそメロがいるとうまいことやってくれるのに。
「ハルヒト様はまんざらでもなさそうですね」
「声を掛けられること自体が物珍しいって感じだわ」
「あぁ、そういうことですか。…………」
何故かジェイルたちではなく、あたしのことをじっと見つめるユキヤ。
何か言いかけて止めてしまうのが気になって首を傾げる。
「どうかした?」
「色々と聞きたいことが思い浮かんだのですが、聞いてもいいものか悩んでしまって……」
「何? 聞いてもいいわよ。答えるかどうかは別だけどね」
「ありがとうございます。では、」
ユキヤはにこやかに笑って頷いた。そして、また少し考える。
その間にも女の子三人組が一歩も引かずに、ジェイルたちに絡んでいた。離れたところで繰り広げられている光景にユキヤがちらりと視線を向ける。
「ロゼリア様はああいうのを見て不愉快になったりはしないのでしょうか? 今は楽しまれてるようですが……」
「いや、別に──……あ。いや、……以前は気に食わなかったわ」
「それは何故……いえ、失礼しました。こんなことは聞くべきではありませんね」
ユキヤが首を振る。あたしはそう聞いてほっとしてしまった。
確かに自分の口から説明したいことではない。あいつらを『自分のモノ』扱いしていたとか、自分以外に興味関心を向けることに子供っぽい嫉妬していたとか、とてもじゃないけど普通の顔をして説明なんてできない。これが本当にただの嫉妬ならまだ可愛かったのに、そうじゃないのが問題と言うか……本当にメロにもユウリにもキキにも窮屈で嫌な思いをさせちゃってたわ。
「おや、花嵜さんが戻ってきましたね」
「本当ね。あいつは結構ああいう時って上手く対応するのよね」
「そうなんですね。見習いたいものです」
「見習っちゃダメよ。その時だけ調子が良いことを言うだけなんだから」
「それはそれは……まぁ、花嵜さんなりに処世術なんでしょうね」
ユキヤが困ったように笑った。いや、実際ユキヤがメロのことを見習っちゃダメでしょ?! 良さがなくなっちゃうわ。
処世術といえばそうなのかもしれない。その場をうまくやり過ごすことには長けてる。
メロは三人組をうまく納得させて遠ざけてしまった。実際何を話したのかはさっぱりだけど、見た感じ「あとで連絡するから」とでも言ったみたい。どうせ連絡なんてしないくせにね。
女の子たちが離れると楽しかったイベントが終わってしまった気分になった。あとで何を話したのかとか聞いてみよう。
とりあえず買い物の続きよ。
あ、このちょっとフリルのついたブラウス良いかも。シンプルだけどちょっと可愛げがある。試着をしようと店員を見たところで、少し思いとどまった。
……トイレに行きたくなっちゃった。
あたしはブラウスから手を離して、小さくため息をつく。店員じゃなくてユキヤを見た。
「ユキヤ、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「あ、はい。ではお待ちしていますね」
「悪いわね」
そう言ってユキヤから離れて、トイレへと向かう。
移動する最中にどこかから視線を感じた。人もそれなりにいるし、そもそもジェイルたちに監視されている身だし、気のせいだろうと視線自体は不思議に思わない。ただ少し不思議な視線だっただけ。視線の持ち主もわからないし……。
お手洗いに行くくらいなら問題ないでしょと思いながら、案内板に従って歩いていった。




