105.一方その頃③
ユウリが立ち寄ったコーヒーショップは一階にある。ロゼリアの付き添いで数え切れないくらいに訪れているので自分にとって必要な店がどこにあるのかは大体把握していた。逆に自分に関係のない店はうろ覚えだし、「こんな店あったっけ?」となることも少なくはない。
コーヒーショップの前に立ち、メニューをざっと見てから何を買うかすぐ決める。
そのうち逃げてやる、なんて思ってた頃もあるのになんだかんだでずるずるとここまで来てしまった。今更ながら逃げてやろうなんて気持ちが薄れているのに気付き、自分のことながら苦々しく思う。
「アイスコーヒー、一番小さいやつちょーだい」
「かしこまりました。店内でお召し上がりですか?」
「うんにゃ、持ってく」
にこやかに対応してくれる女性店員を見つめると、彼女はどこか照れたようにはにかんだ。コーヒーを用意するために一度下がってしまう。
顔が良い方だという自覚はある。女性から好意的な視線を向けられるのも昔から結構あった。ユウリと並んでいると特にそういう視線を感じることは多い。
さっきもそう。
モデルか王子様のような外見のハルヒトが特に周囲の目を引くらしく、すれ違う女性たちがほぼ全員こっちに視線を向けていた。見ている限り、ハルヒトはその手の視線にある程度の慣れを感じるし、視線を向けられること自体は特に気にした様子もなかった。ジェイルはそういう視線に鈍感な上に現在は警戒しているので視線を向けてきた相手に一瞥をくれてから逸らすという行動を繰り返しており、ユウリとノアは気にしている様子はあったものの敢えて気付かないふりをしているように見えた。
悪い気はしないし、何ならこれまでだって相手のそういう気配を察して自分から声をかけたこともあった。逆に声をかけられることもある。
今はそんな気が起こらないのはどうしてだろうと考えつつ代金を支払い、出てきたカップを受け取る。
「お待たせしました」
「ども」
かさっと指先にカップ以外の感触が当たった。
見れば小さな紙切れがカップと指の間に押し込まれている。これは、と思いながら女性店員を見る。
「あの、もしよかったら……れ、連絡ください」
「ありがとー。まぁ、気が向いたらね」
そう言って一応紙切れを貰っておいた。ユウリはこの手のものは全て断っているらしい。メロはどうせだからと貰っておく主義である。
ショップを出て、紙切れを開いてみた。
名前、電話番号、電話をしていい時間帯、この店で働いている曜日と時間帯が書いてある。個人同士で連絡を取り合うのが難儀なので「また来てください♡」とも書いてあった。この短時間によくこんなメモを用意したものだと感心しつつ、それをポケットに突っ込んだ。
以前はロゼリアの支配欲だか所有欲だかが強くてこういうのが見つかると非常に面倒くさかった。今はどうなのだろうかと単純に興味が湧く。
アイスコーヒーを飲みながら四人がいるだろう場所に戻る。
ロゼリアがこの短時間で店を移動はしないだろうと踏んでの行動だった。それに仮に別の店に移動していてもきっと同じフロアだろうから、急に四人がいなくなるだろうということもないだろうという読み。はぐれてしまうと非常に面倒ではあるが、ロゼリアにしろあの四人にしろ目立つので探すのにそう手間も掛からないはずだ。
元の場所に四人はいなかったが、すぐに見つかった。少しだけ移動をしていただけだ。
ロゼリアは意外にも別の店に既に移動してユキヤと買い物を続けている。
ジェイルたち四人の姿を見つけて、メロはげんなりした表情を浮かべた。
女性三人組に声をかけられている。何故かハルヒトが楽しそうにしており、ユウリが焦っているのが見えた。
「……何やってんだ、あいつら」
呆れながら近づいていき、強引に割り込んでいった。メロを見たユウリが心なしかホッとしている。
ジェイルはというと完全に女性三人を無視してロゼリアの方を見つめていた。ノアはその横で女性たちから逃げるように距離を置いている。
役立たずめ、と心の中で貶しつつ、楽しそうにしているハルヒトに視線を向けた。
「ハルくん、知り合い?」
「まさか。お茶でもどうかって誘われただけ」
「んな暇ないっスよ。……おねーさんたち、悪いんだけどおれら仕事中なんでー」
ごめんねーと言うと、女性たちは「えー?」と言いながら顔を見合わせていた。傍から見たらその場にただ突っ立って喋っているだけなので仕事と言っても信じてもらえないのだろう。だが、実際のところ仕事である。
少し考えてからユウリを振り返った。
「ユウリ、ペンと紙ない?」
「え? あ、あるけど……」
「貸して。──おねーさんたち、あとで連絡させるから連絡先ちょーだい」
ね。と、笑いかけてみせると女性たちは満更でもなさそうな顔をした。ユウリが手帳とペンを差し出すと彼女らはそこに名前と連絡先などを書き込んでいく。
楽しそうに書き込むのを見守りつつ、視線を周囲へと動かした。
「……?」
ふと、視界の端に影を捉えた。どこか見覚えのある人影である。
しかし、その人物はすぐにディスプレイの向こう側に行ってしまい、それが本当にメロにとって見覚えのある人物かは確認ができない。普段着など見たことがない相手だったので、他人の空似かもと思いながら首を傾げ、視線を戻した。
リーダーのような女性が手帳とペンを差し出してきたのでそれを受け取る。
「ありがとー。んじゃ、連絡させるね。──今ここでダベってるのバレるとめっちゃ怒られるんで、このへんで……」
思わせぶりに少し離れた場所に視線を向けてみる。
三人の女性は釣られてそちらを見た。視線の先にはロゼリアをよく接待している外商がいる。彼もまたロゼリアの様子を見守っているのだ。きっちりしたスーツ姿でデパートの関係者だとわかるので、彼女らもどこか納得したようだった。
三人は「連絡待ってるね」と言って、三人で楽しそうにはしゃぎながら離れていく。
手を振ってそれを見送り、ジェイルを睨む。
「おい、ジェイル」
「興味がないし時間もないと断ったが、しつこかったんだ」
「あとユウリにノア。おまえら何してんの」
ジェイルに言っても無駄だと悟ったので矛先をユウリとノアに向ける。二人共気まずそうにしていた。
「……ごめん。どう断ったらいいかわからなくて」
「すみません、ちょっとびっくりしちゃって……」
揃ってしゅんとするものだから、文句を言いづらくなってしまった。
ため息をついてから最後にハルヒトを見る。
「あとハルくんもさー。付き合う気ないのに相手するのよくないっスよ」
「ごめんごめん。ああやって声をかけられる経験がなかったから新鮮で、つい……。で、メロは彼女たちに連絡するの?」
「するわけっスよ。ハルくんがしたいならどーぞ。これあげるっス」
そう言って彼女たちが残した連絡先が書かれたページをベリッと破ってハルヒトに差し出す。しかし、ハルヒトはその紙切れとメロとを見比べてから静かに首を振った。
受け取る気がないとわかったところでその紙をくしゃりと握りつぶして、さっきコーヒーショップの店員に貰ったのと同じようにポケットに突っ込んだ。手帳とペンはユウリに返しておく。
「ったく。気ぃないのに、あるっぽい素振り見せるのってよくないっスよ」
「うん、そうだね。気をつけるよ」
「あとさ、ハルくんって目立つ容姿してるからマジで気を付けた方がイイし、上手くやり過ごす方法も考えた方が良いっスよ」
そう言うとハルヒトは目を丸くしていた。
ジェイルなら最初から取り合わないで最終的に無視、メロなら適当に話を合わせてつつ躱すなど、やりようはいくらでもある。ユウリのように押しに弱いとどうにもならないこともあるが、ハルヒトなら何とかできるだろう。
メロの場合はロゼリアの干渉が鬱陶しかったから相手に迷惑にならないように躱す術を身に着けた。
そう言えば、一連の流れにロゼリアは気付いていただろうか。
ふとそんなことが気になり、ロゼリアを肩越しに振り返る。
何故かロゼリアはこっちを見ておかしそうに笑い、横にいるユキヤに何かを話しかけていた。ユキヤはそれに耳を傾けて困ったように笑っている。
前まではロゼリア以外の異性と仲良くすることをよく思わなかったのに、今ではそうではないようだ。それどころか、自分たちが女性に声を掛けられていたのを楽しんでいるまである。
なんだよ。と面白くない気持ちになりながら、ロゼリアから目を逸らした。




