104.一方その頃②
一方その頃──。
ロゼリアが次から次へと試着をしまくっているのをメロはげんなりとした顔で眺めていた。
「……お嬢、試着長いんだよなー。店内のヤツ全部着るんじゃね? って勢いだった時はマジで死ぬかと思った」
「ドレス全部持って来いって言った時だね」
ユウリも乾いた笑いを零す。
ジェイルとハルヒト、そしてノアは不思議そうに二人を見ていた。
メロは思いっきり溜息をつき、他人事のように眺めている三人へと視線を向ける。
「いいよなー、そっちは。お嬢の買い物に付き合ったことないじゃん」
「自分は何度か付き合ったが……?」
「おまえはお嬢の『どう?』に対して、全部『似合ってます』って繰り返してただけじゃん。……あれ持ってこい、これ持ってこい。もっと似合うのを見つけてこい、丈が気に入らないからすぐに直させろ、デザイナー呼んで来いって無茶言われてせかせか働かされたおれやユウリの身にもなれよ」
メロはこれ見よがしにもう一度ため息をついた。メロはぱっと決めてぱっと買うタイプなので、ロゼリアをはじめとして試着に試着を重ねたり、似たようなデザインや色で迷うのが全く理解できない。それで二時間も三時間も、更には丸一日を買い物に費やすというのはまるで意味不明だった。
ユウリもその時のことを思い出したのか、乾いた笑いを零している。
「ふーん、ロゼリアって前まではそんな感じだったんだ? 今はそんな風には見えないな」
「ちょっと噂以上です……」
興味深そうにハルヒトが言い、ノアがぼそっと呟いていた。その呟きに対して誰も何も言わないが、ユキヤがいたら窘めていたシーンだろう。
買い物中のロゼリアは楽しそうだった。遠目に見ていてもわかる。
自分たちを引き連れて買い物に行っていた時のロゼリアとは違う。当時はとにかく文句も注文も多く、純粋に楽しんでいる雰囲気は少なかったように思う。どう違うのかというのは、メロには言語化が難しくて何も言えないけれど。
今のロゼリアなら買い物に付き合わされても以前よりは楽しめた気がする。見る限り、店員にも一緒にいるユキヤにも無理も無茶も言ってないように見えるので。
「楽しそうだね、ロゼリア」
「まぁ、久々っスからね。買い物自体」
「……一緒にいる湊ユキヤも楽しそうに見えるね」
そう言ってハルヒトが目を細めた。釣られて、ロゼリアからユキヤへと視線を向ける。
普段からにこにこして、不快感を表に出すようなことはしないので本当に楽しんでいるかどうかはメロの目にはわからない。ユキヤのことはちょっと胡散臭いと思っていた。
「ノア」
「……なんです?」
「おまえの目から見てユキヤくんって楽しそうなの?」
「呼び方!」
ノアに呼びかけると、少し嫌そうな間を置いてから返事があった。どうやらメロはノアに好かれてないらしい。
他でもない、ユキヤを「くん付け」で呼ぼうとするからだ。どうしても敬称をつけるのが苦手で、その文化というか習慣に全く慣れない。役割で呼ぶには問題がないのに、何故か抵抗感がある。
しかし、そう呼ばないと面倒事があるのも理解している。
「あー、ワリ。あれって楽しんでる感じのユキヤさん?」
「……。……つまらなくは、ないと思います」
少し黙り込んだ末に、ノアは答えたくなさそうに答えた。
いまいち回答にできなかったらしいハルヒトが横からノアの顔を覗き込んだ。ノアはびくっと肩を震わせる。
「曖昧な言い方をするね? 可もなく不可もなくって感じなのかな?」
「……っ、……多分。それなりに楽しんでいるのはないか、と……思います」
「そう。……いいな、彼。ロゼリアと買い物デートだもんね」
独り言のような呟きだったが、ノアは目を丸くしていた。
まるでロゼリアに気があるような物言いだったので驚くだろう。メロにはハルヒトがどこまで本気なのかはよくわかってない。
ちなみに車に乗り込む前、ノアはハルヒトに挨拶を済ませている。かなり緊張していた。
ユキヤも挨拶をしたかったらしいがロゼリアに会うのが目的なため、帰りがけにでも挨拶をさせて欲しいと伝言を頼まれていたようだ。ハルヒトはノアに「気にしないで」と気さくに笑っていた。ロゼリアがキキを紹介していたが、あのノリでハルヒトのような客人を紹介するのも違うだろうから、改めた方がいいのは理解できた。
なので、ハルヒトはユキヤのことを一方的に知っている状態だ。ユキヤもハルヒトの名前くらいは知っているだろうけど。
ロゼリアとユキヤの二人をじーっと見つめているジェイルへと視線を動かし、からかう目的で少し近づいた。
「ジェイルから見てもあれって楽しそうな感じ?」
「そうだな──……滅多に不快感を表には出さないが、多分楽しんでいるんだろう」
「へぇ。お嬢の『どう?』にも真面目に答えてるっぽいし、すごいよな」
「……まぁ、そう、だな」
ジェイルにしろメロにしろ、ロゼリアが試着した後の「どう?」にはうんざりした過去がある。「似合う」以外の答えなどないので、ひたすら「似合う」と繰り返していただけだ。メロは気まぐれに「さっきのやつがいいと思う」くらいの答えはしていたものの、ジェイルは本当に「似合う」以外の言葉は口にしなかったのだ。よほど面倒だったのだろう。
そんなことを思い出して思わず笑ってしまった。
「おまえほんとにだるそうだったもんな、付き添い」
「花嵜もだろう」
「だって面倒だったし? おまえ、今ならもーちょい気の利いたこと言えんじゃね?」
面白がって肘で腕を突っついてみた。が、ジェイルは嫌がるわけでもなく険しい顔をするだけだ。
何かと思えば、ジェイルは深刻そうな顔をして視線を伏せた。
「……今も恐らく変わらないな」
「なんだ、結局だるいのかよ」
「いや。お嬢様は何を着られても似合うからな」
メロは言葉を失った。ハルヒトもノアも目を丸くしてジェイルを見つめている。
しかし、当のジェイルは何故三人がこんな反応をするのかわからないと言わんばかりだった。
「ユ──!」
咄嗟に沸いた感情が呆れなのか罵倒なのか。とにかくユウリに何らか求めようと──したが、何故かユウリがいない。さっきまでいたはずの場所から忽然と姿を消していた。
あれ? と見回したところで、ユウリがのんびりと歩いてくるのが見えた。手にはコーヒーショップのカップを持っていた。アイスカフェラテのようだ。
「……メロ? どうかした?」
「おま、どこ行ってたんだよ」
「ハルヒトさんがちょっと疲れたんじゃないかと思って飲み物を買ってきたんだよ。──ハルヒトさん、これが気になるって言ってましたよね? どうぞ」
「ありがとう。ユウリは気が利くね」
ユウリはにこやかに笑って手に持っていた飲み物が入ったカップをハルヒトに手渡していた。ユウリが持っていたのは一つだけで、自分の分すら買ってきてないようだ。
それを見て怪訝な顔をしてしまった。
「ユウリ、おれの分は?」
「え? なんで僕が君の分を買ってくると思うの?」
「おまえ最近冷たくない?!」
「……前からこうだと思うよ。自分の分は自分で買ってきて」
ユウリはわかりやすく呆れて、やれやれと溜息をついていた。
元々ユウリはハルヒトの身の回りの世話を買って出ていたので、こういう時にハルヒトのことを優先するのは当然と言えば当然だ。ジェイルやノアは何かあれば一言告げてから離れるだろうけど、ハルヒトはそもそも「離れないように」と言われている関係で自由行動は制限されている。
メロから視線を外し、ジェイルとノアを見るユウリ。
「ジェイルさんとノアさんは何か欲しいものありますか? 二人とも動きづらいでしょうからよかったら何か買ってきます」
「いや、大丈夫だ」
「ぼくも大丈夫です。お気遣いありがとうございます……」
「なんだよそれ」
メロは憤慨した。何故自分には聞いてくれないのかと。ジト目でユウリを見つめるとユウリは涼し気な顔をしていた。イイ性格をしていると思う。
しかし、そんなメロとユウリのやり取りが面白いのか、ハルヒトはくすくすと笑っている。ジェイルとノアも声に出さないまでも面白がってくるのが伝わってきた。
「メロとユウリは仲が良くて羨ましいな」
「普通っスよ」
「普通です」
「やっぱり付き合いが長いから? 友達ってことだよね。ロゼリアにもそういう相手っているのかな」
ハルヒトは興味津々の様子だった。
しかし、メロは思わずユウリと顔を見合わせてしまう。ユウリがなんと答えようか悩んでいるのを見て、肩を竦めて口を開いた。
「ハルくん、お嬢に友達なんていないっスよ。あの性格でまともに友達なんてできるわけないんで。──おれ、ちょっと飲みもん買ってくる」
ハルヒトの「え」という声を置いてけぼりにして背を向けた。
学生時代のロゼリアの周りにいたのは友達ではなく、ただの取り巻きだ。休みの日に多少会うようなこともあったようだけど、もう全く見なくなってしまった。
周囲の人間がロゼリアに興味を持っているのが、何となく面白くない。
嫌な人間でいてくれた方が気楽だったのにと思いながら階下に向かった。
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