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102.一方その頃①

 一方その頃──。


「……ジェイル、イライラしすぎじゃね? 運転させなくて正解じゃん。てか、なんでおれが運転だよ」

「黙ってユキヤの車を追え」

「へいへい」


 ジェイル、メロ、ユウリ、ハルヒト、そしてノアは同じ車で移動中だった。無論、ユキヤとロゼリアのデートに同行し、邪魔にならない程度に付かず離れずの距離で監視をするためである。

 運転はメロだ。最初はノアが名乗り出たが、元々メロに決まっていたのでジェイルが却下し、メロは運転中にもブーブーと文句を垂れている。最初はジェイル自ら運転をすると言っていたが、それを止めたのは他でもないユウリだ。絶対に当日になったら落ち着いていられないだろうと思っていたので今回はメロに任せて正解だった。ちなみに当のユウリは運転ができないので他の人間に任せるより仕方がなかった。

 そんなユウリの心の内など知らず、ハルヒトは外を眺めながら楽しそうにしている。


「うわー、楽しいね。大人数でどこかに行くのは初めてだし、こういう尾行みたいなのも初めてだよ」

「……ハルヒト様。お嬢様の言葉通り、自分から離れないでください」

「わかってるって。大丈夫だよ。……ジェイルももっと気軽に呼んでくれればいいのに」

「そうはいきません」

「ちぇ」


 ハルヒトはつまらなさそうな声を上げたが、すぐに窓の外へと視線を向けて流れる景色を楽しそうに眺めていた。聞けば、こんな風に外を眺めながら車に乗ったことはなかったそうだ。

 助手席にナビ役のジェイル、運転をしているメロの後ろの席にハルヒト、ジェイルの後ろの席にユウリ、後部座席の真ん中にノアが座っていた。少し窮屈なので車を分けようかという話も出ていたが、あまり分散するのも良くないということでこの1台に収まっている。なお、ジェイルの部下が先に向かって待機しており、まぁまぁの人数が割かれている。

 メロの運転はやや雑だが、危険ではない。乗り心地は普通だ。

 ハルヒトが顔を動かして、ルームミラーを見る。


「ねぇ、メロ」

「なんスか?」


 呼ばれて、メロがルームミラー越しにハルヒトへと視線を投げた。すぐに前に戻したので一瞬のことだ。


「免許取るの大変だった?」

「え? いや、別に……あー、試験勉強はだるかったっスよ。お嬢に一発で受かれって脅されたんで多分これまでで一番ベンキョーしたんじゃないっスかね。あ、ユウリは実技がクソ過ぎて大変どころじゃなかったっスよ」

「ちょ、それって今は関係ないだろ……!?」


 不意に自分の失敗談を出されて動揺する。

 ハルヒトはおかしそうに笑うし、ジェイルとノアは「へぇ、そうだったんだ」という憐れみの視線をミラー越しに、あるいは横から投げてきた。

 恥ずかしさで手が震えたが、メロに何を言っても無駄だと自分に言い聞かせる。

 気づけば、横からハルヒトがこちらを楽しそうに見ていた。


「ユウリは免許持ってないんだ?」

「えと、はい……お恥ずかしながら……メロの言う通り、実技に難があって……」

「難しいの?」

「難しいというか、運転が自分に向いてないと感じたんです。なので、ロゼリア様に理由を話して免許の取得は諦めさせていただきました」

「……ロゼリアが取れって言ったんだ?」


 ハルヒトは不思議そうだった。さっきメロもそう言ってたので疑問に思ったようだ。

 信号が黄色から赤になったのを見たメロがブレーキを踏む。やや急ブレーキだったので少し体が傾いた。ジェイルが「おい」と声を発したが、メロは気にした様子もなく笑っている。


「自分が出掛けたい時にすぐ車出せる人間を増やしたかったんスよ、当時のお嬢は」

「へぇ。……あれ? ロゼリアは免許持ってないの?」

「持ってるわけないっスよ。自分で運転するなんて発想がないんで」

「え。あ、そうなんだ……そういうものなんだ……」


 ハルヒトは驚いている。この反応を見るに、ハルヒトは逆に運転に興味があるのかもしれない。

 ユウリ自身、ロゼリアとハルヒトの違いは認識しているつもりだ。ロゼリアは後継者ではないにしろ現九龍会会長であるガロの姪として、九条家の傍系として恵まれすぎた環境にいた。──両親の死を除いて、だが。

 一方ハルヒトは両親はいるものの家庭環境に難があり、直系としての恩恵は全く受けてない。八雲会の後継者になったことで一層周囲、特に正妻との摩擦が大きくなり、不遇さは増すばかりである。

 二人はかなり対照的だった。

 ちょっとした言動からもハルヒトが八雲会から逃げたがっているのが伝わってくるし、選民思想が強めの『会』の直系にしてはかなりフランクだ。


「ハルくん」


 不意にメロが誰かを呼ぶ。この中で「ハル」という音が名前に含まれているのはハルヒトだけだ。

 それに気付いたジェイル、ユウリ、ノアの驚きの視線がメロに集中した。


「ばっ」

「あっ、オレのこと? いいね、そういう呼び方!」


 三人のうちの誰かが「馬鹿」と言おうとしたところでハルヒトが目を輝かせて割り込んできた。

 すっと冷静になるものの、八雲会の後継者を「くんづけ」で呼んで良いものではない。無礼なことだ。だが、メロがそういうことを気にしないのは今に始まったことではなく、ロゼリアも手を焼いている。

 喜ぶハルヒトを尻目に、ジェイルがギロリとメロを睨んだ。


「花嵜、失礼だぞ」

「えー? いいって言ってくれてるじゃん、ハルくん本人が」

「し、信じられない……!」


 気安く「ハルくん」呼びを継続するメロに対して、ノアがわなわなと震えていた。ノアは自分の主人であるユキヤを「くん付け」で呼ばれているので、そのことを思い出しているのだろう。

 本人がいいと言っても体裁というものがある。


「オレは本当に良いんだけどな。畏まられても困るし……で、メロ。なんだった?」

「え? あー、……いや、会長も免許持ってるし、たまに自分で運転してるし……『そういうもの』ではないと思うっスよ。お嬢が誰かに何かしてもらって当然の人ってだけ。最近はそうでもないけど」

「……そうなんだ。ありがとう、メロ。やりたいことが増えたよ」

「どーいたしまして」


 ハルヒトが礼を言い、メロが楽しげに笑って答えた。

 メロの『馴れ馴れしい』と『フレンドリー』の際どいラインでの接し方を羨ましく思う反面、これはメロにしかできない接し方であると理解はしている。許される時もあり、そうでない時もあり、ロゼリアは許してないが諦めているという状態だ。ユウリは小さく溜息をついて、前の席にいるジェイルをミラー越しに見つめた。


「もうすぐですね」

「──ああ」

「……変なこととか話してないですよね……」


 『変なこと』とは──……?

 ノアが前屈みになり、膝の上に肘を置いて祈るようなポーズを取っている。その体勢で酔わないのだろうか。しかし、表情が険しく、何かしら気軽に聞ける雰囲気ではない。何なら「話しかけるな」オーラが出ている。

 ロゼリアもユキヤも立場がある人間なので、二人きりとなれば二人でなければできない話はしているだろう。

 色気のある話をするようにも見えないけれど、と思ったところでジェイルが眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をしていた。以前までは仏頂面がデフォで、いまいち感情の起伏がわからない人間だったと思う。なのに、今ではこんなにも感情がはっきりとわかってしまう。


(……この人……本当にロゼリア様のことが好きなんだ……)


 メロに言われた時は半信半疑でどこか疑っていたのにストンと納得できてしまった。

 好きだから役に立ちたいと思っているし、真剣にもなるのだろう。以前メロは「本人に自覚はない」と言っていたが、ユウリの目にはそう見えなかった。前まではどうだったか知る由もないが、恐らく今は自覚している。自覚した上で、本人なりにコントロールしようとしている──ように見えている。

 実際のところはわからない。ただ、そう見えたという話だ。

 モヤ。と、胸の内に得も言われぬ不快感が襲う。不快感を自覚した直後、それは昔ロゼリアから受けた仕打ちによる別の不快感と嫌悪感で相殺されてしまった。

 こんなことを繰り返しているせいで、ユウリは自分の感情を処理できてない。何なら、それらを処理することを拒絶している。メロやキキはどうしているのだろうと疑問にも思っている。

 ジェイルのように真っ直ぐに自分の感情と向き合えたらと思い、ジェイルを羨ましく思った。


 しかし。

 デパートの駐車場でロゼリアがユキヤと腕を組んだところでこめかみに青筋を浮かべたのを目の当たりにした瞬間、

(あ、無自覚かも)

(コントロールできてないかも)

 と認識を改めるのだった。

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