101.車内にて②
「こんなことを言うと、気分を害されるかも知れませんが──」
ユキヤはあたしの動揺など知らずに、しれっとした顔で話を続けた。
さっき見つけた冷たさは幻だったかのよう。本当に何だったのかしら。もしかして、知らないうちにユキヤの地雷を踏んでいたとか? とは言えゲーム内ではユキヤの地雷と言えば南地区のことと両親との関係だったはず。それに、仮にユキヤが機嫌を損ねたとしてもそう簡単に表に出すような人間じゃない。感情を隠すのが上手いから。
話に耳を貸しつつ、さっきの視線について考えていた。
「ロゼリア様が『離れたい』と言えばそれが全てになります。この領内であれば、その言葉に逆らえる人間などいません。その言葉がガロ様にでも届けば、その相手は第九領、いえ、九龍会の力の及ぶ範囲での生活は難しくなります。理由にもよるでしょうけれど……。
……相手があなたの足に縋り付いて許しを請おうが、あなたが拒絶してしまえば終わりです」
うううう。グサッと来たわ。
以前、あたしはそれを知って好き勝手していた。誰もあたしの行く道を邪魔なんてしなかったし、誰も彼もあたしの顔色を伺っていた。自分はそういう存在だと知っていたからこそ、傍若無人に振る舞っていたのよ。
ジェイルもメロもユウリも、そしてキキも、何なら今横にいるユキヤも、あたしが「離れなさい」と言えば全部終わるのは確か。伯父様にそうしたいと言えばもっと確実。彼らに非はないと言葉を添えれば、みんな第九領以外の領内でそれなりに暮らせるはず。そういう保証だってちゃんとできる。
けど、あたしの都合で、彼らをどこかにやるのはなんか気が咎める。
だから、あたしが離れたい。あたしがどこかに行きたい。
「ですが、ロゼリア様はそのようにはされたくないと言うことでしょうか?」
「……そうよ」
「そうなると確かに難しそうですね。ロゼリア様に近づきたい輩はたくさんいますし、今であればあなたの傍にいて居心地がいいと感じる人間も多いでしょう」
「『今』は、ね。未来に責任が持てないから悩んでるのよ」
「ああ、やっぱり羨ましいですね。あなたをそうやって悩ませることができる誰かが」
あんたも入ってるのよ。とは言えず、曖昧に笑うしか出来ない。
こっそりと溜息をついて、徐々に近づいてくる目的地のデパートを視界に収めた。ああ、久々だわ、本当に。
「すみません、話が逸れました。つまり、ロゼリア様が『離れたい』と言っても、離れがたく思う人間はいると思うのですよ。そういう相手であれば穏便に距離を取るのは少し難しいように感じます。命令をしない限りは」
「……離れがたいと思うのがよく理解できないのよね」
「他人がどう感じているのか、なんて……わかりませんからね。ロゼリア様が以前までのご自身のことを省みているからこそ、というのは……なんというか、伝わってきます」
ユキヤは言葉を選びながら、たまに直接的な言葉は濁しながら話を続ける。
あたしの周りにいる人間があたしから離れたくなさそうなのが謎なのよ。以前と比べて居心地がいいのは結構なことだけど、だからって追い出すために以前のように戻るわけには行かない。戻らないとも限らないから、距離を取りたい。
というのを、今からどうしようか悩むなんてちょっと先のことを考えすぎ?
悶々と悩んでしまう。
「省みてるとか大層な感じじゃないんだけどね。──ユキヤだって前科がある人間とは仲良くしたくないでしょ?」
「え、私、ですか? 綺麗事になってしまいますけど……本人に変わる意思があったり、反省してるなら、見守りたいと思います。一度の過ちで更生の機会も得られないのは悲しいです。人間は変われるものだと信じたいですね」
「……過ちの種類にも寄るんじゃない?」
「それは──……そう、ですね。許されない過ちもあると思います」
車が右折をし、デパートの地下駐車場へと入っていった。あたしの来訪を知っていたらしい外商が待ち構えていて、駐車スペースへと誘導していた。ユキヤはその誘導に従う。
なんか微妙に重い話で行きの時間を使っちゃったわ。ユキヤなら真面目に考えて答えてくれそうだったから、つい……。
ゆっくりと車が停まり、エンジンが切れる。
さて、出よう。と思ったところで、横からのユキヤの視線に気付いた。
自然と見つめ合う形になる。
「ロゼリア様はご自身の過去を許されないものと感じているようですが……許さない人間がいるのは事実でしょう。けれど、許す人間もいると思いますよ」
「どうかしら」
「それまでのロゼリア様との距離にもよるでしょうね。噂でしかあなたを知らない人間であれば、許す許さないの話には無関係で……今のあなたを見て判断するでしょう。私はどちらかと言うとそちら側ですので」
「いや、それはどうなの? あんたは──」
「ロゼリア様」
それはおかしいと言い募ろうとすると、ユキヤが強い口調でその先を言わせてくれなかった。
強い口調と言葉に言葉を押し止められてしまい、ぐっと奥歯を噛みしめる。
「他人のことなどわからないものです。だから、俺の感情を決めつけないでください。きっと、そう感じている人間は俺以外にもいると思います。
ドアを開けますので、少々お待ち下さい」
やや早口で言われてしまった。
運転席から降りて、外で待ち構えている外商に一言二言挨拶をしてから、助手席の方に回ってくるユキヤをなんとなく眺めた。
……怒ってるとか、悲しんでるとか、確かにあたしが決めつけられる話じゃないのよね。ユキヤの感情はユキヤのものだもの。けどねぇ、どうしてもこれまでのことがあるから、本当は違うんじゃない? って疑っちゃうのよ。あたしに遠慮して本当のことが言えないんじゃないかって……。
あたしに向けられる言葉が真実だと、まるっと信じるわけにもいかない。体調が悪いのに「大丈夫」って言う人間だっているし、あたしだってそういうことはするし!
ちゃんと聞いて判断していくしかないのよねぇ。はー、難しいわ。ゲームなら正解と不正解があるのに。
「ロゼリア様、どうぞ」
助手席のドアが開いて、ユキヤが手を差し出してくる。
あたしはその手を取って助手席から降りた。
傍にいる外商へと視線を向ける。
「今日は連絡してた通りデートだから、ついてこなくていいわよ。買ったものは基本的に全部後で椿邸に送るよう手配して頂戴」
そう言うと外商は「かしこまりました。どうぞごゆっくりお楽しみください」と言って頭を下げた。去る気配がないから、あたしたちが買い物に行かないと彼も動けないパターンね。
あたしはユキヤの腕に触れて軽く見上げた。
「ユキヤ、行きましょ。まずは2階よ。そこから順に見て回るわ」
「かしこまりました。エスコートさせていただいても?」
「……そうね、お願いするわ」
買い物という名目のデートなのよ、これは。解釈違いだけど。
腕を差し出すユキヤを見て小さく笑い、その腕に自分の手を添える。軽く腕を組むような形になってあたしたちは歩き出した。
ユキヤがあたしを見てはにかむ。どうにも落ち着かなくて、すぐに視線を逸してしまった。
というか、車の中で一瞬見た冷たさはなんだったのかしら……?
……ジェイルたちが少し離れた場所に駐車して、こっちを見ている。視線のお陰でデート感が薄れたわ。あとは勝手についてくるだろうし、あたしはあたしで買い物を楽しませてもらう……!




