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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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100.車内にて①

 ユキヤの運転はとても丁寧だった。

 あたしが乗ってるからそうしてるのかもしれないけど、急ブレーキ急ハンドルはないし、出発も停止もすーっと動く感じでとても運転が上手。そして、車自体も乗り心地抜群だった。


「ロゼリア様、今日はありがとうございます」

「え? ええ、こっちこそ悪いわね。買い物に付き合わせて」

「いえいえ、とんでもありません。お付き合いできて光栄です」


 あたしの目的は完全に買い物。デート自体が解釈違いなのであまり考えないようにしてる。けど、推しと一緒に買い物だと考えるとちょっとテンションが上がった。


「しばらく買い物に行ってなかったから長くなるかもしれないわ。回るところは決めてるけどね」

「ああ、ジェイルから聞きました。デパートだけで良かったのですか?」

「……本当はあちこち回りたかったんだけど、見失うのも困るからって言われてるのよ。こればっかりはしょうがないわ」

「そうですか。ロゼリア様が気兼ねなく出かけられるようになればいいのですが……」


 本当はブランド街のショップを一つずつ回りたかったのよね。でもジェイルにあちこち移動されるのは困るって言われて今回はデパートだけ。逆に大変じゃないかって不思議に思ったけど、万が一狙われるようなことがあって街中にすぐ紛れ込んでしまう可能性があるのが嫌だったみたい。色々片がついたら絶対にあちこち回ってやるわ。

 前を真っ直ぐ見つめたまま、ユキヤが何か言いたげに口元を動かした。なんだろうと思ってユキヤの横顔を眺めると、ユキヤがほんの一瞬だけこちらに視線を向けてくる。

 流し目にドキッとした。


「……その、」

「何?」

「えぇと、今日は一段とお綺麗で……実は、少し緊張しています」


 噎せた。

 いや、綺麗だの何だのってお世辞は散々聞いてきたから今更って感じなんだけど、やけにはにかんだ感じで言うから動揺しちゃったじゃない。そういう態度を取られると無性に気恥ずかしくなってくるのよ……。

 やばい、変な雰囲気になっちゃう。


「ふふ、ありがと。キキたちがデートだからって張り切っちゃったのよ。朝から色々されたわ」

「色々、ですか」

「そうよ、色々」


 言われ慣れてます。ちょっとびっくりしただけです。

 という風を装って答える。色々の内容までは流石に言わないけどね。美容のこととかって別につまびらかにしたい話でもないし……あ、同性同士なら盛り上がる話題かも。


「ユキヤもかっこいいじゃない。ああ、いつもかっこいいけどね」


 今度はユキヤが噎せてた。ユキヤは片手をハンドルから離して口元に当てて軽く咳き込む。

 信号が赤で良かった。

 いや、変なことは言ってなくない……? 何なら本当のことって言うか、ユキヤだってこれくらいのことは周りから言われ慣れてるでしょ……。


 ユキヤが着ているのは淡い色合いの細身のスーツで、ところどころに異国風というか中華っぽい要素がある。ボタンとか刺繍とか。生地や作りが良いから違和感もないし、フォーマルな印象。

 前世でゲームやってる時、「これ系の服は現実にあったらコスプレっぽくなりそう」って思ってたけど、実際に自分がその世界に入ってみると全然そんなことなかった。あたし自身が「そういうもの」って認識して馴染んでるのと、やっぱり現実に着用して動いてるからか機能美みたいなものを感じる。


 信号が青に変わる頃にはユキヤは落ち着いていた。ちょっと頬が赤いけど。


「し、失礼しました。……ロゼリア様にそんな風に言って頂けるとは、思ってなくて……」

「そう? 確かにあんまりこういうことは言わないわね」

「……ジェイルにもですか?」

「言わないわね、そう言えば。敢えて言うようなシーンもないし」

「そう、ですか……」


 ユキヤの横顔を眺めると、僅かに口角が上がった、ような気がした。

 何かおかしいこと言ったかしら。

 ジェイルもメロもユウリも顔はいいしダサいってこともないから(ゲームの攻略キャラクターだし、ダサかったら問題だと思う)、かっこいいというか、イケメンなのよね。メロなんかは特に普段の言動のせいで顔の良さを忘れることもあるけど黙ってればかっこいい。

 とは言え、敢えてそんなことを告げることなんかなかったわねぇ。メイドたちからはキャーキャー言われてる時もあるし、あたしが言うとなんか変な感じになるのよね。これまで褒めてこなかったツケだわ。


「そういうのはまぁいいとして……仕事に対してとかね、もっと褒めたり礼を言ったり……こっちが悪かったらちゃんと謝ったりしなきゃって思うんだけど、……色々あってなかなかできてないのよね」

「ああ、ロゼリア様の立場だと難しそうですね」

「前科があるからね……」

「あ、そうではなくて──バランスを考えないと周囲からのとの関係性や反応もあって難しそうだな、と」


 まっすぐ前を見つめて少し考えこんでしまった。

 気にしたこともなかったわね。要はジェイルばっかり褒めたりしてると、他のメンバーに悪影響、みたいな? かと言って、ノルマみたいに順番に褒めていくのも違う。……ジェイルには感謝なんかを個人的には伝えていて、それは本心だったし伝える必要があると思っていて……う、他は微妙だったかもしれないわ。

 メロは自業自得なところがあるとは言え、結構他のメンバーの前で注意もしたし……。

 運転するユキヤの横顔を見る。


「ユキヤはそういうのって気を付けてる?」

「そうですね。一応気を付けてますよ。ただ、ノアが一番傍にいる分、どうしてもノアへの反応が多くなってしまいます。それが少し気がかりですね」

「それはしょうがないんじゃない? 周りも理解してくれるでしょ」

「だと信じています」


 普段からノアがユキヤの傍にいて仕事とかのサポートをしてるのは周知の事実だと思う。ノアの座を狙う人間がいるなら別問題だけど、そうじゃないなら「そういうもの」って理解してくれてそう。実際どうなのかはさておき。

 そう言えば……ユキヤだったら、今あたしが悩んでる周りとの距離感ってどうするのかしら。

 ちょっと聞いてみようかな。


「ねぇ、ユキヤ」

「何でしょうか?」

「変な話題で悪いんだけど……こう、ほどほどの距離を保ちたい相手との付き合いってどうしてる?」


 ユキヤが「?」という顔をする。「どうしてる?」って聞かれても困るわよね。

 もう少し詳しく話してみないとダメみたいね。


「ほどほどに仲良くしたいけど、そこまで仲良くしたくないの。相手には悪いけど、こっちの用事が終わったらあたしは離れたいと思ってる……って、言葉にすると大分身勝手だったわ。ごめん、忘れて」


 敢えて言葉にしてみると、そりゃユウリもああやって怒るわと言いたくなる感じだった。身勝手さを痛感してしまい、それ以上言う気がなくなる。

 そう、そうよね。やっぱりかなり自分勝手な話だわ。禊もせずに逃げるみたいな……。でも嫌なものは嫌なのよ……。

 あたしは溜息をつきつつ視線を向けると、ユキヤが神妙な顔をして考えこんでいた。


「……忘れてと言われましたが、忘れられそうにありませんね。ロゼリア様が離れたいと思う理由は何なのでしょうか?」

「相手にとってあたしの存在はよくないって思うからよ。あんただってあたしのこれまでの噂を知らないわけじゃないでしょ? ……あとはあたしの精神衛生上の問題ね」


 ユキヤは何とも言えない顔をしている。思考と運転は別のようで運転に支障はなさそう。変わらずに丁寧でスムーズな運転だわ。

 直線になったところでユキヤが目を細めて少しだけ顎に手を触れさせていた。

 そこまで考えてくれなくてもよかったんだけど、考えを聞いてみたい気持ちもあって口を挟むことが出来なかった。


「なるほど……。……ロゼリア様の離れたいという意志がそのまま決定になりますので、正直なところ然程悩まなくてもいいのではと思うのですが、それでも悩んでらっしゃるということは相手を気遣っているのですね」

「うーん、気遣うとはちょっと違うのよね。負い目があるっていうか……」

「ロゼリア様が負い目を感じるような相手、ですか。ちょっと羨ましいです」

「は……?」


 思いもよらぬ言葉に間の抜けた声を零してしまう。羨ましいって……どういう意味?

 そう思ってユキヤの横顔を凝視してしまう。

 僅かな時間に向けられた視線はいつも通り穏やかなのに、瞳の奥底にある冷たさを見つけて少しゾッとした。何故そんな目をするのかわからない。それはほんの一瞬だったけど、あたしの心をざわつかせるのには十分すぎた。

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