99.デートの日
そして買い物、いや、デート当日。
あたしは普段より気合の入った格好でユキヤを待つことになった。そこまで気合い入れなくても良いと伝えてたのに、キキや他のメイドたちが何故か張り切っちゃったのよね……。普段よりも準備に時間がかかったわ。早くから準備をしていたせいで、何だか出掛ける前からどっと疲れた。
フリルがついた赤いワンピースに薄手のカーディガン。ヒール部分に飾りのついたパンプス。服はやや派手だけどギリギリ普通。髪はキキが念入りにやってくれたし、爪は急遽ネイリストを朝から呼びつけてたし……あたしの知らぬ前に。
あれよあれよという間に準備が始まって、あれこれされている間に終わっていた。
でも疲れた。
ユキヤには現地で待ち合わせでいいと言ってたけど、迎えに行くと譲らなかったので任せている。
ちなみにユキヤの車に乗せてくれるらしくて、そのことでジェイルとちょっと揉めてた。万が一事故が起きたらどうする、って。でもそんなの誰の車に乗ってても一緒でしょって黙らせちゃったわ。
ユキヤが来るまでの時間、椿邸はいつになく落ち着きがなかった。
ジェイルはやけにあっちこっちに歩き回ってるし、ハルヒトは見るからにウキウキしてた。メロとユウリは普通っぽかったけど、やっぱり落ち着いてるようには見えない。
というわけで、あたしは彼らと同じ部屋にいることが耐えられず、私室に引っ込んだ。
私室には基本的に誰も入れないようにしてるから「ユキヤが来たら呼んで」とだけ告げて、ジェイルたちがいる部屋を出た。
私室でのんびりしていると控えめにノックをされる。ジェイルたちだったら追い返すと思いながら扉の方に向かい、そっと扉を開けるとキキが微妙な顔をして立っていた。
何かと思えば、ちょっと思い詰めた顔をあたしに向けてくる。
「ロ、ロゼリア様」
「どうしたの、キキ」
「……アリサが、その、今日は体調不良で休みです……」
「は?!」
あたしは驚いて変な声を上げてしまう。キキが悪いわけじゃないのに、ものすごく申し訳無さそうな顔をしていた。
た、体調不良? 今日のこの日に?
絶対何かする気だと思ってたのに……。いや、そもそも本当に体調不良なの? ゲーム内でも体調不良で仕事を休んで別の調査に向かうとか南地区に行くとかって話があったから、本当だと信じるにもな……。あたしが外出するから屋敷内を調べるにはうってつけだと思ってたけど、別の何かがあるのかしら……?
ああ、もう考えてもしょうがないわ。確かめようがない。
ゆるゆると首を振って、キキの肩にそっと手を置いた。
「色々と考えてくれてたんじゃない? いないんじゃしょうがないから、今日はのんびりやってて」
「は、はい……あ、その報告だけです……」
「お土産買ってくるわ」
そう言ってキキの肩をぽんぽんと叩いた。気にしなくていいと伝えるみたいに。
キキはどこか釈然としない様子。今日のことを色々と考えてたからか、がっかり感があるみたい。キキも真面目よね。本当にいないものはしょうがないし、まさか引っ張り出してくるわけにもいかない。キキには「鬼のいぬ間に」って感じでゆっくりしててもらおう。
「あっ。お土産は、その、本当に大丈夫です。お気遣いだけで……」
「散財する理由みたいなものよ。それこそ気にしないで」
軽く笑って見せるとキキは納得をしていた。
とは言えがっつり散財するわけじゃない。これまで使いもしないものをがつがつ買っていた経緯もあるし、そういう意味では節制が必要。買い物でストレス発散というのも健全ではないけど、大義名分を得て多少は使いたいというのが本音。
キキが「では」と部屋を出て行こうとドアノブに手を伸ばしたタイミングで、扉が開いた。
「お嬢~、ユキヤく、さん来たっスよ」
「わかったわ」
「また花束持ってるんで受け取ってあげて」
また……。どうせ出掛けるのに……。
まあ花束貰って悪い気はしないからいいか。前に貰った花も部屋に活けておいたら結構いい感じだったし、飾っておく分には全く問題もない。
あたしが玄関に向かうと、ユキヤは前と同じように花束を持って立っていた。
普段とはちょっと違う装いで、一言で言ってしまえ『気合を入れてる』って感じ。
いやー、このスチル欲しいわ……。でも『ユキヤとロゼリアのデート』なのよね。ほんっとうに微妙な気分。
「ユキヤ、お待たせ」
「こんにちは。ふふ、お待ちしておりました。──こちらをどうぞ」
「ありがとう。また薔薇なのね」
前回は真っ赤な薔薇の花束だった。今回は薔薇には変わりないけどカラフルだわ。オレンジの薔薇が可愛い。
花束を抱きしめるようにして受け取り、ユキヤを見て笑う。
……離れたところからメイドに「きゃっ」という声が聞こえてきた。今は無視。あとジェイルの変な視線も感じるけどこっちも今は無視。
「薔薇がお好きだと聞いたのと、私の中のイメージもやはり薔薇なので……」
「そう。薔薇は好きだから嬉しいわ。──キキ、これ花瓶に分けて部屋に飾っておいてくれる?」
「はい、かしこまりました」
キキを呼び寄せて花束を渡す。緊張した面持ちで受け取り、ユキヤに対して礼をしていた。
それを横で見ながら、キキの肩をそっと撫でる。
「ユキヤ。突然だけど紹介させて頂戴。あたしの身の回りのことをやってくれてる小山内キキよ」
「えっ。あ、はい、小山内キキです。よろしくお願いしますっ……!」
この間話題にも出てきたし、どこかのタイミングで紹介したかったのよね。前触れもなく紹介しちゃったからキキが驚きながらも挨拶をしてくれる。よかった、無茶振りだったけどキキがちゃんと受けてくれて……。
ユキヤも突然のことに少し目を丸くしつつ、それでも態度を崩さずに笑みを浮かべた。
「はい、お噂はかねがね……湊ユキヤです。よろしくお願いしますね。……ずっとロゼリア様の傍にいられるのはとても羨ましいです」
そう言ってユキヤは小さく会釈をした。キキが慌ててがばっと頭を下げる。
挨拶が終わると「キキ、ありがと。もういいわよ」と言って開放した。キキはすすすっとあたしたちから離れていく。
さて、と。
これ以上ここにいてもしょうがないし、さっさと行こう。買い物に……!!!
そう思い、墨谷のいる方を振り返った。
「じゃあ、行ってくるわ。最低限の仕事をしたらのんびりしてて頂戴。──折角あたしがいないんだから」
大きめの声で墨谷だけじゃなく、他のメイドや使用人にも聞こえるように言う。すると、どこからともなくクスクスと笑う声が聞こえてきた。あたしがこんなこと言うなんてこれまでなかったものね……あたしの言葉に対して遠慮なく笑える環境は、多分いいと思うのよ……!
墨谷は困った顔をして笑っている。どういう反応をしていいかわからないって感じだわ。
とにかく、あたしは気兼ねをせずに買い物を楽しむって決めてるのよ。
そう決意を新たにし、ユキヤを見上げる。
「ユキヤ、行きましょ」
「はい。──どうぞ」
手を差し出されて内心動揺する。が、まぁいいかと思い、手を重ねた。やっぱりメイドから「きゃぁっ」と声が上がり、ジェイルの妙な視線を感じる。
気にしてたらキリがないから、そのままユキヤと一緒に歩き出し、椿邸を出た。
玄関を抜けたすぐのところに既にユキヤの車が停まっていた。すぐ傍にはノアがいる。
「ノア、久しぶりね」
「お久しぶりです」
「ユキヤのこと、借りるわね」
挨拶には表情を変えずに普通に対応をしていたのに、ユキヤのことを口にした途端ノアの顔がくしゃっとなった。やっぱり今日のデート、よく思ってないんだわ……。
ノアは不満を隠そうとして隠しきれてない表情のまま、こっくりと頷いた。
「──はい」
「はは……。ノアはジェイルたちと行動してくださいね」
「はい、お気をつけて。ユキヤ様」
ノアの様子にユキヤは乾いた笑いを零していた。横をすり抜けて、車へと向かう。
ユキヤが助手席のドアを開けてくれるので遠慮なく乗り込んだ。……いい車乗ってんじゃない。って、あたしは車に詳しい方じゃないけど、これが高価な部類に入るのはわかる。スポーツタイプっぽいから、ユキヤって結構車を走らせるのが好きなのかしら?
助手席のドアをユキヤが閉めて、運転席に乗り込んできた。
「安全運転でよろしく」
「もちろんです。では、出発しますね」
シートルベルトもしたしバッチリ。
はー、買い物! 楽しみ! 何買おうかな!
あたしのウキウキとともに車がゆっくりと走り出す。そのままスムーズに進んでいき、敷地内を出ていくのだった。