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10.来客

 ほんの数分でジェイルが戻ってきて、ちょっと困った顔であたしを見てきた。

 あたしは飲みかけのカップを口から離して、ジェイルを見つめ返す。


「……お嬢様にお客様がいらしています」

「今日はそんな予定なかったでしょう? 誰?」

「ユキヤです」

「……え?」


 流石に動揺して持っていたカップを取り落としそうになってしまった。

 なんでユキヤがわざわざ会いに来るわけ?

 アキヲに計画中止を申し渡して、ユキヤにとっては好都合というか悩みのタネが一応消えたわけだし、あたしと会う必要なんてないはずよ。大体、ユキヤはあたしのこと嫌ってるから余計にわけがわからない……。


「な、なんで? ユキヤはあたしに用事なんてないでしょ」

「花嵜が応対してますが、用件を明確に言おうとしないらしく……お嬢様に会って直接伝えたい、とだけ」


 少し考え込む。

 ユキヤってゲームをやっている限りはとにかく礼儀正しく穏やかで優しいキャラだった。見た目や物腰から腹黒キャラっぽいってゲーム発売前は盛り上がってたけど腹黒さはなく、紳士的なキャラで、腹黒を求めていた人たちがさーっと引いていったのが懐かしい……。あたしはそこ含めて好きだしハマったんだけどね。

 そんなキャラ、もといユキヤがアポも入れずに尋ねてくるのがまず疑問。

 よほどの事情があるってことなのかしら……?


「……。ねえ、ユキヤの様子はどうだった?」

「花嵜が言うにはやけに深刻そうだと」

「……。……わかったわ。ユキヤと話をしたいから、応接室に通して」


 少し悩んで、結局会うことにした。やっぱり気になる。

 大体ここはあたしの家なんだから変なことは流石にしないでしょう。


 ジェイルはいつも通り「承知しました」と言ってから部屋を出ていった。

 あたしはカップを置き、それまで執務机の上に広げていた資料を片付けてキキを呼ぶ。

 ……今日は外出も誰かに会う用事もなかったから髪と服装がね……。キキは既に誰かから来客だと告げられていたからか、大慌てで準備をしてくれた。


 ユキヤをあんまり待たせるわけにもいかなかったから、短時間でできるところまで準備をしてもらい(髪を軽く梳かして着替えをしただけ)、応接室に向かった。

 メロが応接室の前にいて、その後ろにユウリがいた。二人はあたしに頭を下げて、メロが扉に手をかける。


「メロ、あんたも同席して」

「へっ? あ、はい、りょーかいっス」

「ユウリは戻っていいわよ」

「は、はい。わかりました」


 メロはとにかく傍に置いとく。ユウリはあんまり巻き込みたくないからできる限り遠ざける。

 という方針よ、一応。

 メロが扉をノックしてから開けたので、内心少しだけ緊張しながら中に入った。


 落ち着いた作りの応接室。

 ソファに座っていただろうユキヤが立っていて、あたしを見るや否や深々と頭を下げた。ジェイルが話し相手をしていたみたいで窓際にジェイルが控えていた。メロはあたしの斜め後ろくらいに静かに立つ。

 ……?

 知らない子がいるわ。ユキヤと一緒に頭を下げている。


「ロゼリア様、突然の訪問をお許しください」

「問題ないわ。悪かったわね、待たせて」

「いえ、とんでもございません」


 問題云々よりもなんで突然来たのか、それさえ教えてくれればそれでいいんだけど……まあ、ユキヤが話し出すわよね。

 あたしがソファに座ったところで、キキじゃないメイドがお茶を運んできた。ユキヤの前には既にお茶が用意されているけれど、手を付けた様子はない。


「ああ、座って頂戴」

「はい、失礼します」

「……その子は?」


 ソファに座るユキヤの斜め後ろで控えている子を見た。

 ……え。何この子、めちゃくちゃ美少年なんだけど。あ、お、男の子よね。背が低めで左目が隠れてて、どこか物憂げな雰囲気。全体的に色素薄めで、こう、薄幸の美少年って感じ。ユウリと同系統だけど、ユウリは子犬系で、この子は子猫っぽいわ。

 こ、こんな子、ゲームにはいなかった……! あたし自身の記憶にもない……!


「私の付き人です。名前は灰田ノアと言います」

「……へ、へぇ」


 ノア。灰田ノア。

 あー! ユキヤの付き人! なるほど!

 立ち絵はなかったし、ユキヤルートでしか出てこなかったからすっかり忘れてた。そうだ、ユキヤの付き人って子がいて、それが『灰田ノア』だった。ユキヤルートでも「ノア、お願いしますね」みたいにテキストで名前しか出てこなかったから完全にネームド・モブキャラって認識だったわ!

 うわ、こんな美少年だったなんて……! なんで立ち絵くらい用意してくれなかったのよ……!


 で、ノアはあたしに対して頭を下げるだけで声を発さなかった。

 ……。

 …………。

 ま、まずい。ノアって子を見てると、あたしの駄目な性癖? 趣味? がめちゃくちゃ擽られる。あんまり視界に入れちゃ駄目だわ、これは。


 あたしはノアから視線をユキヤに戻した。ティーカップを手に取りながら口を開く。


「で? あたしに用事って?」


 ユキヤはずっと落ち着かない様子だったけど、あたしに促されて決意をしたって顔をして、あたしの顔をまっすぐ見つめてきた。

 ああ、顔がいい……。流石推し……。

 なんて、いつまでも言ってる場合じゃないのよ。あたしの生死がかかってるんだから……!


「ロゼリア様、地区代表の息子である私がこんなことを言うのは……逆に不信感をもたらすかもしれませんが、どうかお聞きください」

「ええ、いいわよ」

「……私の父親、湊アキヲはロゼリア様から計画中止を言い渡されたにも関わらず、まだ計画実行を諦めていません。水面下で計画を進めようと画策しています。それをお伝えに参りました」


 やっぱり──!

 そうじゃないかと思っ……あら? でもなんでそんなことをユキヤが知っているのかしら。ユキヤは計画には全く関わっていなくて、ほとんど何も知らない状態だったはずじゃ……?

 本人が言うように、これには不信感を持つわね。情報というよりもユキヤの行動に。

 あたしはすぐに反応するのを抑えて、努めて冷静ぶって見せ……じいっとユキヤを見つめた。


「……ねえ、ユキヤ」

「はい」

「あたしの記憶では……アキヲは今回あんたを全く関わらせてないし、計画の存在すら知らせてないはずよ。なのに、なんであんたはそんなことを知ってるの? 今あんた自身が言ったようにすぐには信じられないわ。あんたも、あんたの持ってきた情報も」


 嘘よ、ユキヤのことは信じてるわ。ゲームで見てきた『湊ユキヤ』は誠実な人間だった……!

 けど、今は簡単には信じられない。

 だって、あたしがユキヤからの信用を得られてないから。ユキヤがあたしにこんな情報を持ってくる理由がわからない。

 

 ユキヤはあたしの言葉に怯む様子は見せない。一度目を伏せ、ゆっくりと息を吐き出した。

 それから、改めてって感じであたしを見つめてくる。


「仰る通りです。これまで蚊帳の外だった私が急にこんなことを言い出しても信じて頂けないのは理解しています。情報の出所もですが、私がどうやって情報を入手したのか……信じて頂けない理由が様々あるのが現実です」

「ええ、そうよ。あとは、あんたの口からは言い難いんでしょうけど、どうして急に『あたし』にそんなことを言う気になったのか、って点もね」


 ユキヤが目を見開く。まさかあたし自身がこんなことを言うなんて思っても見なかったって顔。

 正直、情報の出所よりも何よりも、あたしが気にかかるのはそこだわ。

 ユキヤはそもそも計画に加担するようなタイプじゃない。

 だから、悪の権化と言えなくもないあたしにこんなことを教えるなんて……要は信用するなんて考えられないのよ。って、自分で考えてて悲しくなってきたけど。


「ユキヤ、教えて頂戴。何故、急にそんなことを教える気になったの? よりにもよってあたしに」


 問いかけにユキヤが躊躇う。

 あ、どう言い繕っても以前までのあたしが駄目って話になるから言いづらいのね。

 うーん……なんて誘導すれば……。


「……あたしはあんたの疑いの目を向けられる行動は数えきれないほどにしてきたけど、あんたの信用を得るような言動した覚えはないから不思議なのよね」

「それは、誤解を恐れずに言えば……先日お会いした際、ロゼリア様がこれまでとは違うと感じ取ったからです」

「へぇ?」


 あたしは驚いてしまった。

 意外なところから「これまでとは違う」って評価が来たわ。ジェイルにそう思ってもらえるのが一番良かったんだけど(あたしが今一番頼りにしたい人間という意味で)、ユキヤがそう感じるなんて……本当に意外だったわ。

 ユキヤは続ける。


「父に何の前触れもなく突然計画中止を申し渡したこと、これまで南地区にいらっしゃる時には連れ歩かないジェイルと花嵜さんを連れていたこと……

 特に前者については、ロゼリア様であれば色々準備をしてから中止を申し渡すところだと思うのですが……その様子は見受けられませんでした。その後に関しても父に計画について連絡を取っている事実も素振りもありません。

 ロゼリア様は、父と進めていた計画が危険だと判断し、この件から一切手を引くという決断自体は、今後覆らないものと感じました。それが、ロゼリア様が変わったと感じ取った理由です」


 ふむふむ。ユキヤ、よく見てるわね。

 気になる言い方もあったけど、こればっかりはしょうがないわ。

 あたしが何をしてでもアキヲとの計画から手を引く、という点だけは信じてくれたみたい。ユキヤにとっては、まずそこが大事なわけだし……一旦は、あたしが南地区に余計なことをしなくなればいい、と思ってるのね。


「……個人的に決定打だったのはジェイルと花嵜さんの反応です。普段お近くにいる二人がロゼリア様の言動にあれほど驚くのですから、何かしら心境に変化があったのは想像に難くありません。……私などでは、どういった心境の変化があったのかは想像すらできませんが……」


 まさか前世の記憶を思い出して、ここがゲームの世界でありこのままだとあたしが死ぬって運命を知ってしまったから、なんて発想にはならないわよね。

 ていうか、ジェイルもメロもリトマス紙みたいな使われ方してんじゃない! しれっとしててって言ったのに! アキヲと話した時はいなかったのに、ユキヤの観察力も侮れないわ。

 ……。

 ま、まぁ、ジェイルを炭鉱のカナリア扱いしてるあたしが言っていいセリフじゃないけど!


 けど、ユキヤの行動の意味は分かった。

 南地区を犯罪の街にしたくないユキヤにしてみれば、やっぱりあたしの変化は悪いものじゃないんだわ。そこはよかった。正解かどうかはわからないけど、現時点では不正解でもなさそう。

 そこまで考えてふと気付く。


「あんたの考えはわかったわ。ところで、今日ここに来てることをアキヲは知ってるの?」

「いいえ、知らせずに来ています。私が先ほどの情報を知っているということは父は認識してないはずです」

「……なるほどね」


 そこであたしは一旦お茶を飲む。

 信用しないという手はない。ジェイルの報告からもあったようにアキヲの身辺を探るのが難しくなっているなら、元々アキヲの傍にいた人間を引き入れるのが一番手っ取り早いし確実。

 そういう意味では棚ぼた展開なのよね。

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