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01.前世の記憶とデッドエンド

初投稿になります。よろしくお願いします。不備などあったら申し訳ございません。

 夢を見ていた。

 お揃いの服に身を包んだ同年代の少女たちに囲まれて、きゃっきゃとはしゃいでいる。

 昨日見たドラマのこと、友達のこと、好きな人のこと、最近ハマッてるゲームのこと、『あたし』からすればとてもくだらない話ばかり。

 なのにその空間はひどく居心地がよく、いつまでも彼女たちと一緒にくだらないことで話をしていたかった。

 ここでクレープ食べたら晩御飯食べられなくなっちゃうかもしれない、なんてことを話しながら階段を降りるべく足を踏み出したところで不思議な浮遊感に襲われ、そのまま落ちていった。

 頭を思い切りぶつける感覚があって、それ以降の記憶はない。



 夢が途切れた瞬間、がばっと起き上がった。

 大きくてふかふかの天蓋付きベッドの上、手触りがいい薄い掛け布団を蹴り上げる。慌ててベッドの横で落ちて眠っている美少年を覗き込んだ。


「ユウリ! 今日は何月何日?! あとあんた何歳?!」

「えっ?! は、はい、今日は6月24日、で……僕は19歳です……」

「……そう。わかったわ、ありがとう」


 あたしがユウリと呼んだ美少年は慌てて起き上がり、寝ぼけ眼のままその場で正座をして答えた。

 淡い金色の髪に黄緑色の目。おどおどした雰囲気が子犬っぽくて嗜虐心を煽られる。薄幸そうな美少年。


 正座するユウリを眺めつつ、6月24日と聞いてほっとする。まだ始まってない。

 でもユウリが19歳ってことは今年で間違いがない……。

 ユウリが不思議そうにあたしのことを見上げている。何か言おうとしたところで、あたしの背後でもぞもぞと何かが動いた。


「お嬢~、どうしたんすか? まだ昼前っすよ」


 見るからにチャラ男という感じの男が起き上がる。上半身裸で刺青が見えた。

 根元が黒くて毛先は水色の髪、一部三つ編みにしてる。どういう染め方してんのかしら。猫っぽい雰囲気のイケメンでひたすら軽そうだし馬鹿そう。実際馬鹿なんだけど。

 そうだ。昨日はこいつ、メロのことも呼んだんだった。


「どうせだしもうちょい寝ないっスか? 昨日寝るの遅かったし」

「うっさい。メロ、退いて。出てって。……キキにお風呂の準備させて、できたらすぐ呼ぶように言って」

「??? はーい」


 メロは不思議そうな顔をしたものの、あたしに対しては「はい」が一番無難だと知っているので半裸のまま部屋を出て行ってしまった。

 あたしはベッドに倒れこみ、天井を見上げた。


「……あ、あの、ロゼリア様。僕は……」

「ああ、ユウリも出てってくれる? 用があれば呼ぶわ」

「……は、い」


 ユウリはユウリで不思議そうな顔であたしに言われた通り部屋を出て行った。この子も従順なのよね。


 九条ロゼリア。それがあたしの名前。

 やや大人女子向けのダウンロード専用恋愛ゲーム『レッド・ロマンス~この恋は血の香りがする~(通称レドロマ)』の悪役というか実質ラスボスの悪女。

 この地域一帯を管理している九龍会の元締め・九条ガロの姪っ子。伯父に溺愛され、伯父の権力と金を笠に着て、イケメンを侍らせながら豪遊して、とにかく好き放題している女。……自分のことなんだけど頭痛くなってきた。


 そして、九条ロゼリアである前──つまり、前世は日本の女子高生だったのだ。とは言え、ここは日本でも地球でもない全くの別世界。

 ロゼリアとしての人生の記憶の中に女子高生としての記憶が流れ込んできて、あたしはまだ混乱している。

 何が一番問題かと言うと、ロゼリアはこの後、12月24日に死ぬ。殺される。

 好き放題して色んな人を傷つけた報いとして、このゲームのヒロインである白雪アリスに殺される。

 つまりはこのままだとデッドエンド一直線。


「ヤバい、本当にヤバい……イケメン侍らせて遊んでる場合じゃない……」


 あたしは天井を見上げたまま呆然とした。

 今日が6月24日だから、命日まで半年しかない。

 ヤバイ、死にたくない。


 前世、女子高生だったあたしは階段を転げ落ちて頭を打ってそのまま死んだ。

 友達と新しいクレープ屋に行くってはしゃいでた時だった。苺チョコバナナが食べたかった。ゆっぴーとりょーことみゆきちと四人で色んなクレープをシェアする予定だった。最悪、最悪。クレープもだし、その日の晩御飯はあたしのリクエストで中華焼きそばが出てくるはずだった。最悪、最悪……!

 後悔しかない。ゆっぴーたちにも、家族にも、もう会えない。それすらずっと忘れてた。


 そんなことを考えて泣きそうになっていると、控えめにドアがノックされた。


「お嬢様、キキです。お風呂の準備が整いました……」


 おどおどした声が聞こえてくる。まあ、ロゼリア怖いもんね。

 あたしは頬を両手で軽く叩いてからベッドから下りた。

 今のあたしはロゼリアなんだから、涙なんて簡単に流せない。


「今行くわ」


 部屋を出るとメイドのキキが驚いた顔をしてあたしを見上げた。泣いてたのがバレたのかしら。まあ、それをわざわざ口出すような馬鹿じゃないわね、キキは。

 あたしは知らんぷりして歩き、浴室へ向かう。

 キキがささっと浴室への扉を開けてくれた。


「あ、あの、お嬢様……」

「何?」

「薔薇を、き、切らしておりまして……今日は、ミルクとラベンダーで……」

「そう。いい香りね、ありがとう。ゆっくりしたいからここまででいいわ」


 あたしの言葉にキキがぎょっとしていた。

 ロゼリアは薔薇風呂が大好きで何も言わなければ薔薇風呂を用意するのが当然だった。用意できなかったと言えば、ビンタと罵倒が飛んでくると思ったんだろう。それに用意するなんてそれこそ当たり前の話だから「ありがとう」なんて言うのにも驚いているに違いない。

 ただ、今のあたしはそんな気分になれない。

 ビンタをする元気も、罵倒する元気もない。用意してくれてありがとうの気持ちしかない。

 とにかくお風呂に浸かってゆっくりしたい。今の気分的には薔薇よりもこっちのお風呂の方がいいわ。

 キキが「そ、それでは」と言って下がる。


 あたしはそれを見送ってから、前世よりも数倍広い風呂に入ることにした。

 ミルク色の湯に浮かぶラベンダー。香りがまろやかになっていてとてもいい。

 足を伸ばして大の字になってもまだ余裕のある浴槽。背凭れのところはいい感じに斜めになっていてかなりリラックスができた。


「あー……」


 小さく声を上げる。

 どうしよう、これから。

 このままだと死ぬ。また死んでしまう。というか今度は殺される。


 さっきよりは落ち着いてきたので、目を閉じて考えてみた。

 6月24日、というと、ゲームの本編は始まってない。始まりは10月1日だ。まだ3か月ちょっとある。

 ロゼリアが殺される一番の要因は『千代野ハルヒト』という攻略対象の青年を拾って彼に酷いことをして、それが露見して、芋づる式にこれまでの悪行がバレて、こいつは殺すしかないと思われるから。

 伯父である九条ガロが溺愛していたロゼリアだけど、諸々の悪行がバレて庇いきれなくなり、九龍会と八雲会の関係悪化を招いたことでガロに見捨てられる。ガロという後ろ盾を失ったこともロゼリアが殺される要因の一つ。

 ハルヒトは隣の地区、八雲会の跡取り息子。八雲会と九龍会は付かず離れずの不可侵の関係にある。ただ、ハルヒトは跡取り息子ではあるものの妾の子で、正妻からかなり辛く当たられているのだ。正妻からの虐待紛いの仕打ちに耐えかねて逃げ出すものの運悪くロゼリアに拾われてしまい、同じような目に遭う。ハルヒトの父親がハルヒトを探すために、ヒロイン・アリスの所属している組織『陰陽』に依頼して、ハルヒトと出会い──みたいな流れ。

 ハルヒトのルートだとその後でアリスはハルヒトと共に八雲会に行き、正妻をも殺してハッピーエンド(?)という話だ。

 基本的に『アリスが現状に苦しんでいる攻略対象の男性たちを救い出す』みたいな話。

 そして苦しみの原因は大体ロゼリアって言うね、殺されるための存在よ。まあ、相応のことをしているという設定なんだけど……。

 つよつよヒロインが好きだからロゼリア断罪シーンは「キター!」ってなったわ。実際スカッとしたし、その後に待ってる攻略対象とのシーンもよかったし、アリス視点ではかなりあたし好みのゲームだったのよね、本当に。ダークで程よく血が流れて、恋愛シーンはしっかり甘くて……。


「お嬢~」


 考えがズレていったところで、まるで現実に引き戻すかのようにメロの声が扉越しに聞こえてきた。

 花嵜メロ。ロゼリアのお付きみたいな人間。

 ガロに言われて渋々ロゼリアの傍にいて、小間使いみたいなことをさせられてる。


「お嬢、お背中流しましょうか? ユウリも連れてきたっスよ」

「要らないわ。とにかく一人にして……」


 お湯に浸かったまま言うと、メロはユウリを連れて戻って行った。

 真瀬ユウリ。扱いはメロとほぼ一緒だけど、ユウリはほぼペット扱い。身体はあちこち傷だらけなのよね、ロゼリアっていうかあたしのせいで。ストレス発散のために殴ったり蹴ったりするから。


 考えを戻す。

 ゲームは始まってないのだから、まだどうにかできるはず。

 とにかく、ハルヒトを拾わなければいい。

 仮に出会っても八雲会に戻してしまえばいい。ハルヒトのことは可哀想だけど、多分あたしじゃどうにもできないもの。

 そして、九龍会内でのあたしの地位をもう少し上げなきゃいけない。

 ガロ、もとい伯父様の権力に依存している状況じゃハルヒトのことがなくてもいつどうなってもおかしくはない。そもそもこれまで南区の管理代行を任せられてるのに適当にしかやってなかった上に隠れて私腹を肥やすために悪いことやらかして、好き放題していたからね。当然周りには嫌われるわよね。伯父様のことを慕ってるメンバーが多いから、そういう奴らがロゼリアの立場を苦々しく思って失脚を狙ってるんだわ。アリスがいなくても、そのうち背中から刺されそうよ……。

 すごく混乱していたけど、少し頭がクリアになった。

 とにかく、ハルヒトに関わらなければあたしの寿命は伸びる、はず。


「……いい気持ち……このまま寝ちゃいそうだわ……」


 ここで寝て溺れ死ぬわけにもいかない。本格的に眠気に襲われる前に風呂から上がった。

 風呂から上がってバスローブを羽織ったところでキキがやってきた。


「お嬢様」

「キキ、髪の毛を乾かしてくれる?」

「は、はい」


 キキが濡れた髪をタオルで優しく拭いてからドライヤーを当てる。

 鏡で改めてあたしの、というかロゼリアの顔を見てみる。

 美人なのよね。本当に。かなりきつい顔立ちだけど、芋っぽかった前世の女子高生の時とは大違いだわ。

 赤いストレートの髪に青い目。髪の長さは背中の真ん中あたりくらいまである。


 この世界のベースは日本なんだけどちょっと中華? アジア? な雰囲気がある。そう言えば世界観についてはほとんど説明がなかったわ。

 メインキャラのカラーリングは派手。その他は黒髪だったり茶髪だったりと地味な色合い。だから、ロゼリアはちょっと目立つのよ。


「お嬢様。今日はお出かけのご予定は……」

「ないわ、今のところ。そうそう、キキ」

「は、はい、なんでしょうか?」

「クレープが食べたいから用意させてくれる? できれば苺のとチョコバナナの。なかったら適当でいいわ」

「それならすぐに用意させます。お飲み物はどうされますか?」

「カフェオレ」

「承知しました」


 そう言ってキキはひたすら不思議そうな顔をして下がっていった。

 まあ、いつもはもっと横柄だもんね。

 のろま、ぐず、さっさとしなさい。それくらい五分で用意させなさい、殺すわよ。みたいな。

 これまでのロゼリア、というかあたしは何もかもが気に入らない、許せない、とにかく苛々するという気持ちがずっとあった。けど、今はそれをあまり感じない。前世を思い出して、自分の未来がわかってるからかしら。


 いいわ、とにかくあたしはもう死にたくない。殺されたくもない。

 だからまずやれることをやる。やるしかない。


 余談。

 クレープを頼んだら確かにクレープは苺、チョコバナナで希望したものが出てきた。

 ただ、お皿の上に綺麗に盛り付けられたクレープは、女子高生だったあたしが見たこともないようなデコレーションがされていた。

 あたしが欲しいと思ったのは片手で食べられるようなものだったんけど、まあ、しょうがないわよね。

 すごく美味しかったけど、あのチープな美味しさと友達と一緒に食べる楽しさは二度と味わえないかもしれないと思ったらちょっと泣けてきた。

毎日更新できるように頑張っていく所存です。

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