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98話 文化祭開催

 文化祭当日は地獄のような忙しさだった。


 文化祭の開催がスピーカー越しに宣言されるとほぼ同時に廊下から騒々しく足音が響いてきたと思ったら春人たちのクラスの扉が勢いよく開かれた。


 我先にと押し寄せる客に春人たちは面食らいながらもクラスの出し物、メイドカフェは開店した。


「すみませーん。注文お願いします」


「はーい。少々お待ちください!」


「ケーキのAセットにドリンクはコーヒーですね。かしこまりました」


「ねえ、奥のテーブルの料理まだなの?」


 言葉が飛び交う中春人は教室の奥に設えられた料理用のスペースでホットプレートにパンケーキの生地を流し込んでいた。


「ちょっと忙しすぎでは?」


「すげえよな。本当に桜井さん効果強すぎる」


「さっき廊下見たけどまだまだ全然並んでたぞ」


 ドリンクをコップに注ぐ谷川がそんな情報を知らせてくれると春人は眉根を寄せる。


「うげぇー、じゃあこの状況続くのかよ」


「まあ、飲食店としては嬉しい悲鳴なんだろうけどな」


 心底勘弁してほしいといった様子の春人に小宮が苦笑いを浮かべる。


「でもこれ本当に売り上げ一位狙えるんじゃね?桜井さんが大変そうだけど」


「確かにそうなんだよな」


 春人は厨房からホールの様子を窺う。


 そこにはこれぞメイド服と言える黒の生地に長いスカート、エプロンとクラシカルなメイド服を着た美玖が客を相手に奔走していた。


 注文が面白いように美玖へ集中する。近くに他のメイド姿の生徒がいるのにわざわざ美玖に向かって呼びかける。


 だがそれも仕方ないだろう。ここにいる客の大半が美玖目当ての客だ。折角長い時間を掛けて並んだのなら美玖に接客してもらいたいのはわかる。


 そんな忙しく大変なはずなのに美玖は笑顔を絶やさず一人ひとり丁寧に接客を続けている。その健気な姿がまた客の心を掴み美玖への注文が増えていく。


「どんどん注文してくれて売上上がるのはいいけどこっちもこっちで大変なんだよな」


「ああ、そう考えるとメイドカフェでやってるようなサービスを入れなかったのは正解だったかもな。そんな暇全くない」


 小宮がケーキを盛りつけながらそう口にする。

 メイドカフェをやるにあたりどこまでのサービスを実施するかは事前に話し合わされた。


 メイドカフェと言えば、客をご主人様など呼び、料理にもケッチャプでハートを描くといったサービスが有名だが恥ずかしがる生徒や忙しくなってきたときに対応できなくなる可能性を考え、あくまでメイド服を着た生徒が働くカフェとして今回出店した。


 この判断は正しかった。実際、文化祭が始まって一時間と少しだがもう余裕がなくなってきている。


「くっ、メイドカフェと言えばの部分を除外されて俺は悲しいぞ」


「谷川お前最後まで抵抗してたからな。まあ、発案者だからいろいろ期待するところもあったんだろうけど現状これでよかったよ」


 悔し気に唇を噛む谷川に春人が苦笑する。

 相当な思い入れでもあったのだろう。谷川のメイドカフェに対する熱量は凄まじく皆との話し合いでもかなり頑張って抵抗していた。


「春人君次のパンケーキ焼けてる?」


 厨房でしゃべっていたら美玖が顔を覗かせる。注文の催促に来たようだ。


「ああ、今焼けたよ。小宮が盛り付けして出来上がり」


「盛り付け終わったよ。はい桜井さん」


「うん、ありがとう」


 美玖がにこっと笑顔を向ける。特に会話に入ってこなかった谷川が春人の後ろで「うぐっ」と何やら呻き声を上げて胸を押さえている。


「美玖忙しそうだけど大丈夫か?もしよければ少し休憩するくらい許されると思うけど」


 この教室の中で一番働いているのは美玖だ。これは誰の目から見ても明らかで少し裏で休むくらい誰も咎めないだろう。


 それでも美玖は首を横に振る。


「ううん、ありがとね。でも大丈夫。それにここで私が離れるとみんな困っちゃうし」


 再び笑顔を作り「行ってくるね」と言ってホールに帰ってしまった。

 そんな美玖の後ろ姿を春人は心配そうに眉を顰めながら見送る。


「桜井さん頑張ってるね。本当に少し休んでも誰も何も言わないと思うけど」


「まあ、美玖の性格からして皆働いてるのに自分だけって思うんだろうな。けど……本人が楽しそうでよかったよ」


 笑顔で接客する美玖は疲れはあるだろうが心底楽しんでいるように見える。それだけで春人も今回の文化祭でこの企画をやったのはよかったと思える。


 楽しそうに笑顔を浮かべている美玖に自然と春人の表情も和らぐ。


「俺たちも働くぞ。こんなしゃべってないで」


「そうだな、桜井さんに申し訳ない。ほら谷川お前もしっかりしろ」


「はっ!俺はいったい……」


 身体から魂でも離れていたのか目を覚ましたようにきょろきょろと辺りを見渡す谷川を置いて調理を再開する。


 少し時間が経過すると大分落ち着いてきた。それでもいまだに席は満席である。


「ピークは抜けたか?」


「だな、今はお客さんもケーキ食べて楽しんでるし、しばらく注文もないだろ」


 春人と小宮が一緒に息を吐き壁に背を預ける。


「今のうちに桜井さん休ませたら?まあもうすぐ交代なんだけど」


 春人たちのシフトは前半と後半で綺麗に分けられてる。もうほどなくして交代の時間になる。


「そうだな。あんなに働いてたし少し早めに休んでもらってもいいか」


 春人は一応今の時間帯の従業員の管理を任されている。誰から見ても働きすぎな美玖に休憩の指示を出しても誰も文句は言うまい。

 春人がホールへ出ようとすると教室の扉が開き新しい客の入店を知らせる。


「いらっしゃいませ」


 ちょうど近くにいた美玖が接客に入った。そこはまあよかったのだが――。


「うわぁー」


 春人はあからさまに嫌そうな顔を作る。そんな春人の反応を見た小宮がひょいっとホールを覗いて声を漏らす。


「おー、これまた絵に描いたようにガラの悪い連中だな」


 髪を金髪に染め、ピアスに着崩した制服。不良の見本のような恰好をした二人組だ。


「あの制服って東高だろ?有名だぜ治安悪くて」


 いつの間にか谷川も一緒になってホールの方を気にしていた。


「まあ、見た目だけで判断してもな。とりあえず様子見て――」


 春人が注意深く二人組の様子を観察していたが早速動きがあった。


「ひゅー、君可愛いね。名前何て言うの?」


「え、えーと……名前を教えるのは遠慮してて」


「そんなこと言わずにさ。ていうか仕事いつ終わるの?俺ら初めてこの学校来たから案内してよ。てか連絡先教えて」


 春人が危惧していた通り不良二人組が美玖に絡み始めた。

 春人は嫌悪感を隠しもせず眉間に皴を寄せ二人に鋭い視線を向ける。


「あいつら客か?じゃないなら追い出すぞ」


「ん?追い出すって――うおっ。百瀬顔怖えぞ。谷川に引けを取らないくらい怖えぞ」


「俺は比較対象にすんな。でも本当にすごい顔してんぞ百瀬」


「折角皆で頑張って準備してきたのにあんなのに邪魔されると思うとどうしてもな」


 こういった客の相手もしないといけないのは十分理解していたはずだが、いざ目の当たりにすると感情の方がどうしても前のめりに出てきてしまう。


 だが、春人の葛藤とは別に美玖は二人に笑顔を向け接客を続ける。


「連絡先の交換も遠慮しています。お客様二名様ですね。お席までご案内いたします」


 他の客と変わらない丁寧な接客に春人をはじめ周りの生徒も感嘆する。こんな時でも落ち着いた態度を崩さない美玖に皆が目を奪われていた。


 男たちに背を向け席まで案内しようとすると一人が美玖の肩を掴む。


「いやそういうのいいからさ。俺たちと遊びに行こうよ」


「あの……まだ仕事中なので」


「だから仕事終わるの待つって。待ってあげるから遊んでよ。いいだろ?」


 勝手なもの言いをする男に対しても美玖は態度を変えず先ほどと同じ営業スマイルで対応する。


「お誘いありがとうございます。でもすみません。私も予定があって付き合うわけには――」


「いやなに予定って?そんなに大事なの?どうせ友達と文化祭回るだけだろ?なら俺たちと回ってもよくね?」


「そうそう、つうか俺たちお客さま。お客様にはサービスしないと」


 男の手が美玖の腰辺りに伸びるがその手を美玖が払い除ける。


「っ!止めてください!」


 払い除けられた手を男はひらひらと振りながら、美玖の態度が気に障ったのか目元を鋭くさせる。


「あーいってー、ちょっと何すんの?客に手を上げるとかありえなくね?」


「それはそっちが体に触ろうとしたから」


「はー?体に触るからってなに?てゆうかそんな格好してるからだろ?そっちも触られたって文句言えねえって」


「っ!」


 美玖の顔が怒ったように目尻が少し上がる。皆で頑張って準備してきた出し物をバカにされてもう接客するどころではない。


(あの野郎……)


 それは春人も同じで厨房からホールに足を踏み入れる。

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