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97話 百瀬琉莉ファンクラブ

 昼食の時間となり春人は購買に向かっていた。


「うわぁー……」


 購買が見えてくるなり春人は嫌そうに顔を顰める。

 購買に群がる人、人、人の群れが嫌でもそうさせた。


「相変わらずすごいなここの購買は」


 呆然と購買に群がる人間に視線を向ける。


 値段の割に量が多い総菜パンを多くそろえている購買は学生には強い味方だった。自然と昼食時になると生徒が押し寄せてくる。


「おばちゃん!この焼きそばパン一つとカツサンド一つ!」


「おい誰だ!今押した奴!」


「お前割り込んでくんなよな!」


「は!?最初からいただろっ!やんのかコラ!」


 怒声が飛び交う購買はまさに戦場だ。春人は今死地へ赴こうとしている。


「これだからやなんだよ購買で買うのは」


 春人は今日弁当を持って来ていない。単純に親が作る時間がなかった。そこに関しては別に文句はない。毎日作ってくれているだけありがたいのだから一日忘れたくらいでどうとは言わない。


 ただ、これだけはどうにも慣れなかった。

 春人が死地へ飛び込む決心がつかず呆然と突っ立っていると後方から声をかけられる。


「お兄何してるの?」


 肩越しに振り向けば眠たげに眉尻の下がった琉莉が立っていた。


「そうか、お前も購買になるんだったな」


「うん、お弁当ないし」


 春人が弁当がないなら琉莉もないのは当然で必然的にここに来る。


「あそこに入るの?」


「やだよ。私まだ死にたくないし」


「だよなー。もう少しはけたら入るか」


「そんな悠長なこと言ってていいの?人気商品無くなるよ」


「それなんだよな。残るのって大体ジャムパンばかりなんだよ。ご飯としてはどうも抵抗がある」


「お兄甘いの好きなのにジャムパンは食べないよね」


「あれば食べるけど今回は昼食だし」


「でもチョココロネとかメロンパンならお昼ご飯でも食べるよね?」


「食うな」


「何が違うの……」


「何て言うか……家でもすぐ食えるし別に進んでジャムパン選ばなくてもよくね?的な」


「何その自論――ん?」


 購買が空いてくるまで兄妹適当な話をしていると琉莉に話しかける生徒がいた。


「琉莉様。こちら伺っていた品です」


「ごめんね。これパンのお金」


「いえ、わたくしがあなたに尽くしたく行ったことですので」


「ダメだよそんなの。助かったのは私なんだからちゃんと受け取って」


「ああ……なんてお優しいのでしょう、琉莉様」


 恍惚とした表情を浮かべる生徒は恭しく琉莉となぜか春人にも頭を下げ去っていく。


「それで、お兄のジャムパンに対する考えだけど――」


「いやいや待て待て、こんな状況で話し進めんな――なに今の?」


 何事もなかったかのように話し出す琉莉に春人が困惑しながらも慌てて口を挟む。


「何って見ての通りだよ」


「見て何がわかんだよ。琉莉様とか言ってたぞ、さっきの人」


「慕ってくれてるんだね。ありがたいよ」


「いやそういうのいいから早く教えろよ」


 無駄に話を引き伸ばそうとする琉莉にイライラしながら春人は話を促す。

 そんな春人の様子を見て楽しんでいるのか琉莉は少し口角を上げる。


「ふっふっふっ、気になる?気になっちゃう?どうしようかなー?」


「はー、ほんとめんどくせーな。なに。お前あの生徒の弱みでも握ってんの?」


「うわぁー、結局そういう発想に行きつくお兄、本当に心が捻くれてんね」


「お前だって似たようなもんだろうが。最初の頃俺と美玖が仲いいこと疑って――ってそうじゃねえよ。なんなんだよさっきのは」


「ふふ、なんだかんだ私の話に付き合ってくれるとこは好きだよお兄」


「うるせえよ!いいから早く教えろよ!」


 一向に話が進まない。春人もいい加減真相を知りたい。


「仕方ないなー。――えいっ」


「はい?」


 面倒くさそうに唇を尖らすといきなり琉莉が春人の胸元へ抱き着いてきた。一体なんなのかと春人も疑問に思っていたとき、変化は突然訪れた。


「はあうっ!」


 いきなり周囲の生徒の数人が奇妙な声を上げその場に崩れ落ちる。


「え」


 突然引き起った怪奇現象並みの不可解な現状に春人は理解できず崩れ落ちた生徒たちを見渡す。


「え?なに?本当なんなの……」


「なんかね。私結構な人望があったみたいなの」


「人望……はぁ……」


 一体何の話かと春人は口を開けた間抜け面を晒しながら琉莉の話を聞く。


「それがこの前の北浜さんとの勝負で爆発したみたいでね。私、ファンクラブができました」


 抱き着いたまま顔だけ春人に向けて、むふっとドヤ顔を作る。


「はぁー……、ファンクラブ……学校にファンクラブって本当に実在するんだな」


「ねぇー私もびっくりだよ。まさか自分のファンクラブができるなんてね」


「それで?これの意味は?」


 春人は琉莉が自分に抱き着いている状況について問う。


「ん?ファンサービス?」


「なぜ疑問形」


「多分喜ぶのかなって思って。ほら、私ってお兄ちゃん思いの妹として通ってるし」


「それとこれがなんの関係が」


「わかってないなー。お兄ちょっと周りに意識集中してみ」


「周りって……」


 春人たちの周りといえば先ほど急に倒れた生徒が数人……と他にも何やら恍惚の顔の生徒もいた。


「ああ、琉莉様がお兄様と戯れてらっしゃる」


「何て美しい光景なんでしょう」


「尊い……尊すぎる」


 危ない集団にいつの間にか囲まれていることに気づいた春人の顔がこれでもかと頬を引きつって見せる。


「なに……こいつら」


「だから私のファンクラブの人たち。さっきパン買って来てくれた人もそうだよ。いいって言ったのに私にあんな野獣共の巣に向かわせるわけにはいかないって。善意で買って来てくれた」


「善意……まあ、善意なのだろうけど……え、もっとまともそうな人いないの?」


「失礼だな私のファンに」


「こんなんどっかの宗教の教祖様並みに崇められてんぞ」


「私から溢れるカリスマ性がなせる業だね」


 上機嫌な琉莉にこれ以上言っても意味はないだろう。むしろ気分を良くする一方だ。春人はいまだに引きつる頬を懸命に動かし口を開く。


「これ大丈夫なんだよね?なんか所々で俺のことお兄様とか呼んでる声も聞こえるけど」


「まあ、大丈夫でしょ。お兄に嫉妬してお兄ちゃんの座を奪おうとか考える変な人がいなければ」


「めっっっちゃいそうなんだけど!そういう変な人!本当に大丈夫なんだろうな、このファンクラブ!?」


「夜道くらいは気を付けた方がいいかもねー」


 楽しそうにニヤニヤ顔を向けてくる琉莉。ファンクラブができた現状をも自分が楽しむおもちゃにしようとしている。琉莉の学校生活を楽に過ごすという目的は着実に進んでいた。


「それじゃあ兄さん私は行くね」


 最後に身体を離し猫を被り直した琉莉が教室へ帰っていく。その後ろを数人の生徒が琉莉からは他人に見えるかくらいの距離を保ち後に続くように歩く、あれが琉莉のファンクラブの生徒なのか。


 春人は何ともいえない現実離れした現状を受け入れられないまま購買へと向かう。


 購買には残り僅かのジャムパンしか残っていなかった。

 今はこのジャムパンだけが春人を現実の住人なのだと証明してくれるみたいだ。


 春人はジャムパンを取るとお金を支払い教室へと向かう。

 その間も琉莉のファンクラブの生徒のことを思い出す。恍惚とした表情で琉莉を崇める姿を……。


「うちの高校ろくな奴いねえな……」

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