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96話 文化祭は甘い味

 今日の朝のホームルームは一時間目の授業の時間も使い長時間行われる。


 というのももうすぐ文化祭が開催される。そのためのクラスの出し物を今日決める必要があり今回はその話し合いだ。


「はい皆ー。どんどん意見出してねー」


 香奈が黒板の前でチョークを持ちながら声を上げる。生徒会の役員ということで今回まとめ役を買って出た。

 そんな香奈の言葉を皮切りに教室は急に騒がしくなる。


「はーい、私チョコバナナの屋台やりたい」


「俺はバンドとかしてえなー」


「たこ焼きとか定番でよくね?」


 いろいろと好き勝手に皆話しているが香奈が一つ一つ黒板にメモしていく。


「俺、あれがいいな……メイドカフェ」


「谷川、お前……絶対不純な動機だろ」


「し、失礼だな百瀬!これも文化祭と言えば定番だろうが!」


「まあ、確かに良く聞くけどな」


「ならお前はなんかねえのかよ」


 文句ばかり言う春人に谷川が眉尻を上げ意見を言うように促す。


「なんかねー……クレープやベビーカステラ……あっ、あと最近だと韓国ワッフルとかもいいかもな」


「なんでそんな甘いものに偏ってんの?」


 小宮が苦笑気味につっこんでくるのでクラス内でもくすくすと笑う声が聞こえてくる。


「ふふふ、春人君、甘いもの好きだもんね」


「俺が好きってのもあるけど文化祭の出し物としても結構ありだと思うんだけどな」


「まあ、生もの使うわけにはいかないからクレープはジャムとか冷凍のクリームになるかな?韓国ワッフルはちょっとあたしわかんないけど」


 香奈が春人の意見に補足する。衛生管理の面でいろいろと制約があるらしい。


 この数分でも大分意見が出そろった。


「他に無かったらここから決めるけどどうする?」


 香奈が教室を見渡しながら言うと一人の生徒が声を上げた。


「あのさ折角だからうちのクラスの長所を活かさない?」


「長所?」


「桜井さんがいるんだしそこで他のクラスに差がつく出し物にできないかな」


「美玖が?それって美玖を見世物にするってこと?」


「見世物って言い方はちょっと私も抵抗があるけど大まかにいえばそんな感じ」


「ん~~~……」


 香奈は考えるように腕を組むと美玖をチラッと窺うように見る。


 美玖の学校での知名度を考えると悪い案ではない。確実に効果が出るであろう方法だ。

 ただこうもあからさまな美玖を都合よく使うのに香奈は抵抗があるらしい。


 考え込んでいる香奈に美玖が声をかける。


「私は別に大丈夫だよ?まあ、内容にもよるけど」


「本当に?」


「うん、折角だし楽しみたいもんね」


 美玖の言葉に教室のあちこちで、わっと声が上がる。流石は美玖といったところか。盛り上がっているところに水を差したりはしない。


「となると……この中だとメイドカフェとか?」


「うっしっ!」


 香奈が何気なく口にした言葉に谷川が大げさに反応する。女子たちの冷めた視線が一気に谷川に集中する。


「まあこの中ではだけど。美玖を活かす出し物で他に意見ある?」


「桜井さんを活かすって……見た目的な部分だよね。ファッションショーとか?」


「演劇とかもいいんじゃないか?ヒロイン役で出てもらって」


 再び教室中が騒がしくなる。そんな光景を美玖は困ったように笑いながら見ていた。


「よかったのか?なんか美玖が変に目立つような出し物になりそうだけど」


「そこに関してはあまり気にしてないかな。目立つのは慣れてるし」


「まあ、そうか。でも変に目立ってもやだよな。変な客とか来そうだし」


「変な?」


 美玖は小首をかしげ言ってる意味がわからないといった反応を返す。


「ほら、美玖を目当てで……いや、そもそもそれが目的で今意見出してんだけどさ。なんていうか……変に美玖にちょっかい出しそうな客とか来そうだなって」


 春人は美玖が危ない目に合わないかと危惧していた。


 普段は美玖と接触する機会はないが文化祭といった特別な状況を利用して近づいてくる輩もいるだろう。そして当日はこの学校は一般公開もされる。どんな人間が学校に入ってくるかわからないのだ。


 春人の心配する言葉に美玖は少し目を丸くするとその顔に微笑を浮かべる。


「心配してくれるんだ」


「当たり前だろ。どんな連中が来るかわからんのだから」


 春人の心配とは裏腹に少し楽しそうにしている美玖に春人は不服そうに眉根を寄せる。


「でも春人君がいるから大丈夫だね」


「は?なんでだよ?」


「また助けてくれるでしょ?」


 春人は「うっ」と口許を歪める。


「だって皆も知ってるヒーローだもんね」


「やめろそれっ。本当にもうその言葉聞き飽きた」


 春人のナンパ撃退動画が拡散されて以来、事あるごとに学校ではこの内容でいじられる。あまりにも皆がいじってくるものだから“ヒーロー”という言葉に過敏に反応してしまいテレビとかで聞いても鳥肌が立ちそうになる。


 春人は寒気を感じる身体を擦り嫌悪感を露にしていると美玖がそれを見て笑っている。


「ちょっとそこの二人。話し合ってんのにイチャつかない」


「イチャついてねえ。俺は今揶揄われてたんだよ」


「そういうプレイでしょ?」


「やめろ!プレイとか人聞きの悪い!」


 香奈の言葉に教室内でまたおかしそうに笑い声が生まれる。


「それはそうと。美玖、一応美玖が主役?な出し物になるしこの中からやりたいものある?」


 美玖ありきの出し物なので美玖に最終決定を任せたいのか香奈が黒板へと視線を促すように指先を動かす。


 黒板にはメイドカフェ、ファッションショー、演劇の三つに赤色で線が引かれている。


「この中でか……演劇はちょっと自信ないかな」


「演技の練習とかセリフも覚えないといけないしね。ちょっとハードル高いかな」


「ファッションショーって服とかどうするの?」


「うーん……被服部に頼んで服貸してもらうかかな?あ、でも被服部も多分展示とかだろうから貸してもらえないかも」


「そうなるとメイドカフェ?」


 美玖が消去法で最終的に残ったメイドカフェを口にする。

 すると再び谷川が過剰に反応するので周りの生徒が少し迷惑そうに視線を向けている。


「まあ、妥当っちゃ妥当かー。谷川の案って言うのが気に食わんけど」


「おい!どういう意味だ!」


 香奈が不服そうに黒板のメイドカフェの文字を睨んでいると谷川が声を荒げ文句を口にする。


「皆もメイドカフェでいいかな?」


 香奈が教室内の生徒に確認するように視線を巡らせる。


「いいと思うよ。私もメイド服着てみたいし」


「なんか文化祭の出し物って感じでいいね」


「桜井のメイド服……やべえ、楽しみ過ぎる」


 好感な反応ばかりで特に反対の言葉もなかった。一部だらしなく顔を緩ませる生徒もいるが春人たちのクラスの出し物が決まった。


「んじゃ、メイドカフェで決まりで。被ったらまた相談とかになるけどそこは生徒会の力でこっそりとね」


 堂々と職権乱用するような発言をかます香奈へ皆笑ってしまう。

 春人も苦笑いを浮かべていると美玖がこちらに視線を向ける。


「文化祭楽しみだね」


「そうだな。高校生最初の文化祭だしな。どんな感じなのかちょっとわくわくする」


 実際高校と言えば文化祭は盛り上がるイメージがあった。高校一年最初の文化祭はそれだけで春人や他の生徒たちに多くの期待を抱かせる。

 そんな少し少年のような顔を覗かせる春人に美玖は少し視線を彷徨わせる。


「……春人君も私のメイド服見たいとか思う?」


「んっ!?……なんだよいきなり」


 突拍子もない美玖の言葉に春人は咽そうになるのを堪える。


「皆言ってるし春人君もかなって」


 教室はもうメイドカフェの話題で相当盛り上がっている。中には誰のメイド服姿が見たいと、もう周囲を気にせず話している生徒も多くその中でもやはり美玖の名前は多く上がっている。


 美玖がじーっとこちらの言葉を待つように春人の目を真っ直ぐ見る。

 誤魔化しなどは許されない空気に春人は頬を引きつる。


「まあ、なんだ……見たいっちゃ見たいかな」


「そんなに興味はない感じ?」


「いやそういうわけじゃ……」


 先ほどと同じで春人の目を見ているが何やら不満げな不安そうな少し眉尻が下がっている。

 春人は難し気に顔を顰めると再び口を開く。


「俺も楽しみなんだけやっぱり素直に喜べないというか……」


「どういうこと?」


「……あまりジロジロ見られるのがやだ」


 美玖は驚いたように目をみはる。


(何言ってんだ俺……別に見られてどうとか俺に関係ないのに)


 春人は自分が発した言葉に困惑していた。美玖が心配という気持ちは間違いなくあるのだがそれ以上に他人に見られたくないという気持ちが大きい。


(ふっ、マジで何様だよ俺は)


 内心乾いた笑みを浮かべる。ただの友達が美玖のことを独占でもしようというのかと。


「ならやっぱりやめる」


「ああ、そのほうが……へ?」


 突然そんなことを言い出した美玖に春人は鳩が豆鉄砲を食ったかのように口を開ける。


「やめるってメイドカフェ?」


「うん。春人君が嫌なら私もいやだし」


「いや、ちょっと待ってっ」


 流石にここまで決めといて今更止めるはいろいろとまずいだろう。クラスの生徒はもうメイドカフェをやることで盛り上がっているのだから。ここで水を差すわけにはいかない。


「俺も美玖のメイド服は見たいよ。だから止めるって言われたらそっちはそっちで困るというか。だから本当はやってほしいというか」


 何恥ずかしいことを言っているのだろうと春人は身体が熱くなるが今はそんなこと気にしている場合ではない。

 美玖のやる気を取り戻してもらうためにもこの場で春人がかく恥など大した問題ではない。


「だからさ――」


「ぷふっ」


 必死に美玖の機嫌を取ろうと言葉を並べていると可愛らしく小さく噴き出した美玖に春人の言葉が止まる。


「は?え、美玖?」


「うん、ごめんね。ちょっと揶揄っちゃった。春人君がおかしなこと言うから」


「っ!お、お前な……」


 身体が沸騰したみたいに一気に熱くなる。恥ずかしさが臨界点を突破しそうだ。


「そうかそうか。春人君もやっぱりメイド服見たいんだね」


「うっさい。もう答えん」


 拗ねるようにそっぽを向いてしまう春人に美玖は微笑むような笑顔を作る。


「でも嬉しかったよ。ちゃんと私のメイド服を見たいって言ってくれて」


「別に俺は……」


「他の人に見られないってのは無理だけど――」


 美玖は椅子から腰を上げ春人の耳元に口を近づける。


「メイド服は最初に春人君に見せてあげるね」


「――ッ!」


 甘い声音に脳天から雷に打たれたような衝撃を覚える。そのままぎょっと美玖の顔を見たまましばらく固まってしまう。

 楽し気に笑顔を浮かべる美玖は揶揄っているのか本心なのかがわからない。


「ふふふ、楽しみだね文化祭」


 最後にとびっきりの笑顔を向けられ春人は熱く赤くなってきた顔を見られまいと美玖とは反対の窓へと顔を向けた。

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