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95話 お礼はハーゲンダッツがいい

 家に帰った春人が最初に見たのはソファで寝転がりゲームをする妹の姿だった。


「ん?あー、お兄おかえりー」


「……ただいま」


 普段通りのぐうたらな妹の姿だ。学校での姿は見る影もない。


 だがこの妹には聞きたいことがいろいろあった。春人は制服を着替えるのも後回しにし琉莉に声をかける。


「お前学校でのあの立ち回り……あれなんだよ?」


 春人は放課後の学校で起きた突発的なイベントについて問う。


「ふふん。どうだった?めっちゃ強キャラ感出てなかった?」


「……は?いや、まあ、出てたけど……」


 自分の聞き方が間違ってたかと春人は首をひねる。春人と琉莉で会話のテンションに差ができている。


「いやー一度やってみたかったんだよね。お兄がこの前北浜さんとやってたから私もつい」


「いやいやいや、ついじゃねえよ。よかったのかよ、あんな他に人がたくさんいるところで」


「北浜さんの性格あってのことだったけどね。あそこまで性格ひねくれてたら私が多少派手に振る舞っても普通に見えるし」


「見えるか?」


「実際皆そんなに気にしてなかったんじゃない?」


「気にしてないどころかお前のことを崇めてる奴らまでいたぞ」


「でしょ~」


 春人の報告に気分を良くしたのか琉莉は足をパタパタと上機嫌に動かす。またパンツが見え隠れしてるけど今は春人もつっこむ気になれない。


「それにね、今回その部分は些細なことなの、重要なのは私がなんであそこで一位を取ったのか」


「そうそれも。お前中学の時でさえ気分が乗ったときしかちゃんとテスト受けなかったくせに。一位取ったり最下位付近取ったり……何度か俺が先生に相談されてたからな」


 琉莉はこんな性格だが無駄に頭がいい。こんな性格だからといった方がいいかもしれないが……。中学のときも取ろうと思えば毎回上位の成績を取れていたのだが本人のやる気の問題でとんでもなく成績に波があった。


「私だって先生に言われた次のテストはちゃんと受けたよ」


「それが続けばよかったんだけどな。じゃなくて。なんでちゃんとテスト受けたんだよ?」


「そんなのお兄のために決まってるでしょ」


「は?マジで言ってんの?」


「失敬だな。人が折角学年一位なんて到底無理なお兄のために頑張ってあげたのに」


「いやまあ、その気持ちは嬉しいけどさ……」


 いつもの琉莉らしくない言動に春人は困惑する。春人のために自分から動こうなんて人間ではないのだから。


「実際私もちょっとムカついてたからね。人の兄捕まえて好き放題言いおってあの噛ませ犬野郎」


 琉莉が歯をぎりぎりと立てて姿が見えない誰かに威嚇するように天井を睨む。


「お前本当に俺のために……」


 春人は目頭が熱くなった。普段から日常的に憎まれ口を叩き自分のことを本当に兄と思ているのか怪しかったがそんなこともうどうだってよかった。


 自分のために頑張ってくれた琉莉に春人は愛おしさが込み上がってくる。


「まっ、と言ってもお兄の方ただのついでなんだけどね」


「はい?」


「この前さ、お兄と廊下で話したとき言ったじゃん?今のお兄の知名度なら可愛い妹である私もちやほやされるって」


「言ってたけど、それがどうした」


「可愛いだけじゃなく兄思いの妹って設定つけたら更にちやほやされると思わない?」


「ごめん。もうなんかついていけん」


 春人は目元に手を添え軽く混乱してきた頭を一度落ち着かせる。


(こいつ何言ってんの?常盤とは別方向に意味が分からんのだが)


 さっきまで会話していた梨乃亜と比べても遜色がないほど意味不だ。


「はー?お兄バカなの?いやバカなのは知ってるけど」


「うるせえよ。つうか何?そんなことのためにテストで一位取って北浜泣かせたの?」


「別に泣かせてないでしょ。プライドへし折ったくらい」


「いや十分だから」


「兄の為にテストで一位になる健気な妹。そんなんもう皆放っておかないでしょ」


「お前の学校生活を楽に送るための熱意には本当に頭が下がるよ」


「あとお兄気づいてた?あの場一年生以外の生徒もいたの」


「ああ、気づいてたけど。それが?」


「私の勇姿は学校中に知れ渡る」


「……北浜との勝負全部利用したと」


 あの時、北浜との勝負を知っていた上級生も興味本位で結果を見に来ていた。そうなると当然琉莉の北浜に対する啖呵やその理由も聞いていただろう。あの時の場の盛り上がり具合を考えるととても一年生だけで収まる話にはならないだろう。


「学年のカースト上位と言ったけどあれは嘘だ。私が狙ってるのは学校全体のカースト上位だよ!」


「これはまた大きく出たな」


「夢は大きくだよお兄。小さい夢なんてつまらないよ」


「俺はほどほどな夢も好きだけどなー」


 考えることも疲れてきた春人は、ぼーっと天井を見上げる。天井のシミの数を数えながら脳を休める。


「と言うかお兄。私まだお礼言われてない」


「は?」


「お兄ちゃん大好きな妹がお兄ちゃんのために頑張ってテストで一位を取ったんだからお礼ぐらいあってもいいと思う」


「そこには一応感謝はしてんだけどな……あとから全部聞いちゃうとどうも素直に礼を言う気分になれん」


「うわー、なんて心の狭いお兄なのか。その辺も全て受け止めるのが兄の役目でしょ」


「なんで散々利用された俺が責められなかんのだ」


「その辺はもう兄なんだから諦めなよ」


「その兄だから我慢しろっていうの俺昔から嫌いなんだよな」


 もう話が逸れに逸れていつもの兄妹での会話になってきている。


「つうかお前今後学校ではどんな感じでいくの?」


「どんなとは?」


「今のお前と全然違うだろさっき皆の前に立ってた時のお前」


 北浜の前に立ちはだかった琉莉は本当にその場を支配していた。さながら魔王だ。いつものアンニュイな雰囲気とはかけ離れてる。


「わかってないね~お兄は」


 ふふん、となぜか得意げにドヤ顔を作り春人を苛立たせる。


「ギャップだよ。ギャップ萌え。普段はやる気なさそうな雰囲気なのにやるときはやるみたいな。めちゃかっけえ!」


 琉莉が目を輝かせて語りだしたので春人は黙って見守っていた。


「ほらアニメとか漫画でも人気が出るポジションじゃん。絶対ウケるよ」


「……お前、前俺に漫画と現実の区別しろとか偉そうなこと言ってなかったか?」


「そんなの知らん!私が楽しければそれでいい!」


「本当に勝手すぎるだろ」


「ならお兄にも聞くけど。普段眼鏡かけてる子が次の日いきなり外して学校に来たとします。ちょっとドキッとしない?」


「顔による」


 ぼふっ――。


 琉莉が手近にあったクッションを春人の顔面目掛けて投げつける。


「質問を変えます」


「たぶん俺そんな悪くないと思うんだけど」


「うるさい面食いクソ男。普段眼鏡をかけない美玖さんが勉強の時だけさり気なく眼鏡をかけたとします。ドキッとするでしょ」


「するな」


「ほんとわかりやすいな、この男」


 じーっと蔑むような目を向けてくる琉莉。流石に春人もその視線は心にくるからやめてほしい。


「これでわかったと思うけどギャップ萌えいけると思うんだよね」


「まあ、お前がいいなら何でもいいんだけど。あともう一つ気になることがある」


「なんだい?」


「兄思いの妹設定って具体的に学校で何する気だ」


 春人としてはこれが一番気になっていた。この前いきなりべったりくっ付いてきたのだ。あの調子で来られても春人は対応に困る。


「うーん、あんまり考えてなかったなー」


「あんだけ言っといて」


「そもそもそんなに関わること自体ないんだし別にいいでしょ。皆がそういう認識でいてくれれば」


 皆がどう考えているかが重要だと言う。春人としてもそれはそれで助かるのでよかった。

 とりあえず聞くことは聞けたので春人は自室へ帰ろうとする。


「あ、お兄お兄」


「なんだ?」


「お礼はハーゲンダッツがいい」


(……たく、こいつは……)


 本当に図々しい奴だと思ったが春人のために頑張ってくれたのも一応事実だ。

 春人は渋々といった様子で返答する。


「わかったよ」


「ひひひ、流石お兄だね」


 春人は嬉しそうに笑う琉莉を見て嫌々だった部分が薄れていくのを感じた。つくづく妹に甘いと実感する。


(まあ、こんな日があってもいいだろ)


 兄なのだから妹のこれくらいのわがままは聞いてやろうと思う。


「あ、期間限定の高いのがいい」


(……前言撤回だ。やっぱりこいつは甘やかしちゃいかんな)

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