93話 やるなら徹底的に
放課後、テスト順位が貼りだされる掲示板にはいつも以上の生徒が集まっていた。
「何だ、この数……」
「うわー、これまたすごいね。これも春人たちの勝負の結果見にきてんのかな?」
廊下いっぱいに生徒が溢れているのでぶつからずに掲示板の前に行くのも一苦労だ。
春人たちが掲示板が見えるところまで着くと既に春人の対戦相手が待ち構えていた。
「ふっ、来たのか百瀬」
「そりゃあ来るだろ結果が出るんだから」
北浜は春人を見るなり好戦的な視線を向ける。
「ははっ、悪いな、こんなに生徒がいるんだ。皆の前で恥をかくのが怖くて来ないと思ってたよ」
「そんなん今更だしな。これ以上下がって困る名声なんかも持ち合わせてないし」
「動画で上がった評価は下がるかもな」
「元々評価目的で助けたわけじゃないから関係ねえよ」
春人の言葉に一部の生徒から感嘆の声が上がる。そんな周りの反応も気に入らないのか北浜が歯を軋ませる。
「あまり調子に乗るなよ。その強がりがいつまでも続くと思うな」
「別に強がってるわけでもないんだけどな」
肩を竦める春人を見てさらに北浜の機嫌が悪くなる。その目だけで人が殺せるのではないかと思うほどに血走らせた目を吊り上げ春人を睨んでいた。
(本当に嫌われたもんだな)
ここまであからさまだと人は嫌悪感も感じないのか。はたまた春人が特殊なのか。怒りといった感情はなかった。
(なんかむしろ楽しんでるんだよな少し……自分がよくわからん)
むしろ普段できないような会話ができてそれを楽しんでいる節もある。
北浜が春人への敵対視を強める間もそんな呑気なことを考えていると先生が長尺の用紙をロール状にまとめ持ってくる。
生徒たちの間で少しばかりの緊張が走る。あの紙に今回のテストの順位が記されている。
「いよいよだな」
北浜が不敵に口角を上げる。
「覚悟はできてるか?」
「覚悟とは?」
「みんなの前で恥をかく覚悟だよ」
最早自分の敗北など微塵も考えていないのだろう。春人は肩を竦める。
「まあ、恥をかくかかないに関わらず俺としてはどうだっていいよ」
「ふんっ、強がりもここまで来たら才能だな」
鼻で笑い北浜は掲示板へと視線を向ける。
まさに先生が紙を広げるところだった。
順位は三十位から上に向かってわかるように広げられていった。
順位が上がるにつれて皆の緊張が増していく。
(まあ、どこまで見ても俺の名前が載ってることはないんだけどな)
春人は、ぼーっと広げられる紙を見ていた。
春人自身自己採点はしている。とてもじゃないが一位どころか三十位内に入る点数ではなかった。
(ここは潔く負けを認めるよ)
悔しくないなんてことはない。今までで一番勉強をしたのだ。本当は喉が避けんばかりに叫んでやりたい。
それでもそんなかっこ悪い姿は見せられない。春人を信じてくれている人たちがいるのだ。叫ぶなら嬉しさが溢れたときがいい。
いよいよ紙も端の方が見えてきた。五位、四位と順位が発表されていく。
「結構粘るじゃねえか。案外頑張ったみたいだな」
「まあ、頑張りはしたかな」
北浜はまだ春人の名前が残っていると思っているみたいた。変に期待させてるようで春人は少し罪悪感を感じる。
「ふっ、三位も違うのか。本当に往生際が悪い。でもここまでだな、次に出るのはお前のなま、えぇ?」
「へ?」
春人と北浜が目と口をあんぐりと開けて固まる。他の生徒も同じだ。皆が口を開けたまま呆然と掲示板に張り出された紙を見ている。
だがそれも無理はない。なぜなら――。
二位 北浜清仁
掲示板に堂々と張り出された文字だ。
文字の意味が分かるのに内容が全く入ってこない。
(は?北浜が二位?マジ?)
入学して初めてのことだ。北浜が首位を取り逃した。
(じゃあ一位は誰……)
一位 百瀬琉莉
「は、はああああああぁぁぁああああぁっ!?」
(はああああああああああああぁっ!?)
発表された名前に北浜と春人の驚愕の叫びが重なる。それは伝播し他の生徒達も驚愕の色を顔に濃く映す。どよめきも次第に大きくなる。
「はっ!?ありえん!こんなの何かの間違いだろ!」
北浜は声を張り上げる。目の前の結果が受け入れられないのだろう。
だがそんな北浜の言葉を否定する声が廊下に響く。
「間違いじゃないよ」
混乱が残る生徒たちの間隙を縫って今回学年一位をもぎ取った琉莉が姿を現した。
ゆっくりだがしっかりとした足取りの琉莉の一挙手一投足に皆視線を奪われる。
「ふざ、ふざけんな!おかしいだろこんなの!」
「なにが?」
「お前が一位を取ってることがだよ!今までここに名前もあがらなかった奴がいきなり一位とかありえるか!不正をしたに決まってる!」
呪い殺さんとばかりに鋭い視線を向ける北浜。
北浜の言葉に周りの生徒も少し訝しむような視線を琉莉に向ける。言ってることはわかる。二位や三位の生徒ならともかく琉莉は今まで三十位にも入ってこなかった。疑うなという方が無理がある。
「ふふ」
そんな北浜の言葉を聞いて琉莉が不敵に口許に手を添え笑う。
「何笑ってんだ?」
「んー?あまりにも今の北浜さんの姿が滑稽でつい笑っちゃった」
「は?」
そんな言葉を返されるとは思わなかったのか北浜は唖然として口を開けるが琉莉は構わずいかにも楽しそうに言葉を続ける。
「テストは全部で七教科だよ。それ全てに何か不正したとでも思ってるの?」
「べ、別に不可能ではないだろ」
「不可能だよ。私の点数見てないの?」
琉莉の言葉に北浜は、はっともう一度掲示板に貼られた順位表を見る。琉莉の名前の隣に七百と数字が書かれている。
「七百って……満点……それこそありえ――」
「そんなに否定したいなら何か証拠を見せてよ」
「証拠だと?そんなのあるわけ……」
「証拠がないうちは北浜さんの言葉は全て妄言。敗者の戯言だよ」
「なっ!?」
琉莉の小ばかにするような見下す視線に北浜は一歩後ずさる。
ひるみ始めた北浜を追い詰めるよう琉莉は言葉を続ける。
「流石に許せないんだよね。兄さんをバカにされて。北浜さん言ったよね?兄さんにただ運動神経がいい落ちこぼれって。体育で兄さんに負けて、テストで私に負けたあなたは何だったら勝てるの?」
最早琉莉の独壇場である。
北浜は唇を震わせ力が抜けたように地面へと崩れ落ちる。両膝と両手を廊下の冷たい床に付け首を項垂れる。
そんな北浜に琉莉が蔑むような視線を向ける。
「これで兄さんの勝ちだよ。約束通りもう兄さんに関わらないで」
そこまで言うと琉莉をその身を翻し来た道へと戻っていく。生徒たちは自然と道を開ける。さながらモーセの海割りのような光景だ。
琉莉が去り残されたへたり込む北浜の姿を目の当たりにし徐々に生徒たちの間で動揺が大きくなり最後には爆発した。
「なに今の!?めっちゃかっこよかったんだけど!」
「百瀬琉莉ちゃんだっけ?私なんだか聞いていてスカっとしちゃった!」
「あぁー、俺は今女神を見た気がする」
混乱は収まることを知らずどんどんと大きくなっていく。
「ちょっとちょっと!今の琉莉すごかったね!お兄ちゃんのために一位取っちゃうとかすげー!」
「ちょっと香奈落ち着いて。気持ちはわかるけど落ち着いてって」
こういった周りの雰囲気に流されやすい香奈がものの見事にテンションを上げに上げている。美玖が困り果てているがもう制御できないだろう。
そんな大興奮の生徒たちを春人は見ても一緒に騒ごうという気にはなれなかった。
(なんだこれ……結局全部あいつが持ってったぞ)
あれほど春人と北浜の勝負に興味を持っていた生徒たちが二人を放ったらかしにして今や琉莉の話題でいっぱいだ。
颯爽と現れた女子生徒の勇姿に皆心惹かれている。
(こいつもかわいそうだな)
春人は今も尚地面にへたり込んで動いていない北浜に視線を向ける。
あれだけ息巻いていたのに負けた挙句、琉莉に再起不能になるまでボロクソに言われた。
こんな多くの生徒の前でだ。しばらく立ち直れないだろう。
「おいお前ら!なんだこの騒ぎは!」
騒ぎ過ぎたのか先生が数人駆けてくる。先生が来たことで何人かの生徒が逃げるように散り散りに去っていくが未だに多くの生徒が残っている。これはしばらく収まりそうにない。
「……俺も行くか」
最早存在自体忘れ去らえてそうな春人は生徒の間隙を縫ってこの場を離れた。




