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90話 かっこいいお兄ちゃんに全部乗っかっちゃおう

 テスト一日目が終わった。


 春人は答案用紙を提出し自分の席で脱力し息を吐く。


「はぁー……」


 心底疲れたような重いため息だ。

 そんな春人に隣の美玖が気づかないわけがなく話しかける。


「春人君大分疲れてるみたいだけど大丈夫?」


「ん?ああ、普段しない時間まで勉強してたからな疲れはあるかな」


「……テストはどうなの?」


 美玖は恐る恐るといった様子で声をかけてくる。心配しているのだろう。その不安そうな表情からとても感じ取れる。


「いつもよりは手応えいいけどやっぱりそこ止まりなんだよな。とても学年一位取れる点数なのかは疑問だな」


「……諦めてる?」


 春人が他人事のように言うからか美玖が不安げに眉尻を下げる。その反応に春人は苦笑する。


「まさか。諦めてなんかないよ。ただ勉強なんて数日頑張ってどうにかなるもんじゃないからな。北浜がどうするつもりかは知らないけど。ここで負けても同点。たぶん決着がつくまでやるんじゃないか?」


「それって春人君……一位取るまで勝負を受け続けるってこと?」


「まあ、そうなるな」


 春人は肩を竦める。

 気の長い話で嫌になるが仕方ない。もうこうするしか春人が勝つ方法がないのだから。


 春人は荷物をまとめ席を立つ。今は少しでも時間がおしい。


「それじゃ、俺は帰るよ」


 帰って明日のテストの勉強だ。春人が扉に向かって歩き出すと美玖が呼び止める。


「春人君」


 春人が立ち止まり振り返ると美玖は一瞬どうするか迷うように視線を泳がせたがその目を春人へ向けた。


「なにかあったら言ってね。私ができることなら協力するから」


 不安が感じられる少し震えた声に春人は安心させようと表情を和らげ笑顔で返す。


「ああ、ありがとう美玖」


 春人は教室の扉を開け廊下に出た。昇降口に向かって歩みを進めていると――。


「げぇ」


 今一番会いたくない相手に出くわす。


「よう百瀬。テストの調子はどうだ?」


 北浜が廊下の真ん中で春人に見下すような視線を向けてくる。あまりにもタイミングのいい登場だ。もしかしたら待ち構えていたのかもしれない。


「まあ、ぼちぼちだな。そういうお前はどうなんだ?」


「はっ、お前に心配されるほど落ちぶれてないからな。俺はいつも通りどうせ一位を取る。そうなったらまた勝負は仕切り直しだな」


「やっぱりそうなるんだな」


「なんだ?これで終われると思ったのか?」


 北浜の顔が楽し気に歪む。絶対に逃がさないとでも言いたげだが春人としてもそんなつもりは微塵もなかった。


「いや、安心したんだよ。こんな終わり方つまらな過ぎるからな」


「ほんとーにムカつく野郎だな」


 期待していた反応が返ってこなかったことに腹を立てたのか北浜の態度が露骨に悪くなる。


「ちっ!お前が俺に勝つなんて無理なんだ。せいぜい無駄に努力して無様に負けるといい」


 言うだけ言って北浜は踵を返し春人から遠ざかる。


「お兄」


 そんな北浜の背中を平然とした顔で見ていると傍らに琉莉がひょいっと現れる。


「なんだ見てたのか?」


「見てたよ」


「どうだった?なんか強キャラ感出てなかった?」


「強キャラというより向こうが噛ませ犬感出過ぎててお兄が引き立ってなかった」


「噛ませ犬ってひでえなお前」


「お兄こそなんかいい感じの雰囲気出てきたからってふざけてたでしょ?」


「別にふざけてたとかじゃないんだけど。あいつどうも漫画とかで敵と会話する際のテンプレ並べてくるからついそっち方面に口が動くんだよな」


「それはお兄の頭がいつもそんなことばかり考えてるからでは?漫画と現実の区別もつかなくなったらいよいよその中二病予備軍もスタメン入りになるね」


「俺が中二病ならお前もだかんな?知ってんぞ。俺と香奈がたまに変なテンションになると仲間に入りたそうにうずうずしてんの」


「あれは惹かれるよねー。香奈さんもその辺の素質あるよね」


「無意識だろうけどな。テンションが上がった際の副産物だろ」


「強力なバフに付随するデメリットみたいだね」


「いや、そんなゲームみたいに言われても――あと」


 春人は琉莉の例えに苦笑する。個人的には嫌いではなかった。

 それでも他に言いたいことがある。


「お前なんか近くね?」


 右下に見える琉莉の後頭部を見下ろしながら春人は問う。


「これくらい近くだと今みたいな会話しても皆にバレない」


「バレないけどめっちゃ見られてんだけど。すごい目立ってんぞ」


 春人と琉莉は今肩を寄せ合うと言ったレベルじゃなく身体を密着させていた。正確に言うと琉莉が春人の腰に抱き着いていた。


 正直歩きにくいしこんなに目立ちたくない。

 周りの生徒もなんか訝し気に春人たちに視線を向けている。


「なに?何のつもりだよ」


「いやだなあ兄さん。これくらい普通だよ」


 いきなり声のボリュームを上げ周りの生徒にも聞こえるようにする。


「私たちいつもこんな感じでしょ?」


 何やら兄弟仲をアピールするような言動に春人はいよいよ苦虫を噛み締めたような表情を作る。


「いやマジどうした……」


 妹の変わりように春人は困惑する。一体なんだと言うのか。


「頭打ったか?今すぐ病院行こう。な?」


 どこか悪いんだろうと春人は琉莉の顔を割とガチで心配して見る。


「打っとらんわ。なに?妹が折角お兄ちゃんラブな態度取ってんのにその反応」


「その態度だからこの反応なんだよ。マジで何なんだよ。気味が悪くて鳥肌立ってきたぞ」


 春人は鳥肌を抑えようと腕を擦る。そんな春人の反応に琉莉は何か言いたげに顔を顰めそうになるが皆の手前眉毛が少しピクピク動くくらいに抑える。


「私気づいたんだよ」


「ああ、なんだよ」


「今のお兄は学校でも有名なヒーローじゃん?」


「やめろそのヒーローっての。マジで最近聞きすぎて軽くトラウマなんだよ」


「お兄今ヒーローじゃん?」


「だからやめろっての。わざと繰り返してんじゃねえ」


「そんなお兄に可愛い妹がいれば私ちやほやされると思わない?」


「……は?」


 この妹は何を言っているんだと春人は真顔になる。


「今までは自分からお兄のこと兄って言いふらさなかったけどさ。私のイメージのマイナスになるし」


「誰が汚点だって?」


「でも今はさ、どちらかと言うとプラスに働くと思うんだよね」


「おい聞けよ」


「そこでここがアピールポイントになるわけだよ。お兄に可愛い妹がいてしかも仲がいいなんて絶対皆ちやほやしてくれるよ?クラスのカースト上位どころか学年上位だよ。もう本当に学校生活イージーモードだね」


 この妹は学校の生活をいかに楽におくるかに心血を注いでいる。学校で猫を被っているのもそうだ。


 そこに降って湧いたように春人のナンパ撃退動画が出回った。この最高においしい素材を使わない手はない。


 琉莉は考えた。一番おいしく頂くにはどうすればいいのか。その考えの結果が、かっこいいお兄ちゃんに全部乗っかっちゃおう、だ。


「毎回毎回することなすこと俺の想像の斜め上を行くなお前」


「お兄がおバカなんだよ。これくらい知恵を巡らせないと学校で生き残れないよ?」


「ここまでしないと生き残れないなら今頃この学校の生徒は琉莉しかいないだろうな」


「ほー、それはそれで気が楽かも」


「いいのかよ。じゃなくて離れろよ早く」


 春人が琉莉を押しのけるように力を入れると思いのほか簡単に琉莉は離れた。


「まあ最初の内はこんなもんかな。あんまりしつこいと悪目立ちしそうだし」


「今も十分悪目立ちしてんだけどな」


「それじゃあ兄さん、私はこれで」


 猫を被った態度に戻ると琉莉は春人を置いて先に帰ってしまった。

 その姿を見送りながら春人はため息をつく。


(また面倒なことを……最初の内はってことはこれ続くんだよな)


 こんな調子で琉莉に構われたら春人の精神がもたない。


「はぁー……」


 春人はもう一度ため息を吐き歩み出す。とりあえず早いとこ落ち着いたところで一人になりたい気分だった。

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