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9話 女子に身体を触るように言われて照れない男子はいない

 美玖と向かい合いボールを投げてもらう。ふわっと浮かんで弧を描いて落ちてくるボールを春人は頭上に構えた両手で迎えて上へと押し飛ばす。しばらく練習を続けてボールの扱いにも慣れてきていた。


「百瀬君上手だね。バレーやったことあるの?」


「いや、初めてやるぞ。コツを掴んでから結構うまくなったとは思うけど」


「私なんか苦手かも。どうしても手で少しキャッチしちゃうんだよねー」


 美玖は「う~ん」と唸りながら手に持ったボールをくるくると見る。


「何て言えばいいのかな……少しキャッチするっていうのをもう少し素早くやるって言うのか?手首でこう……返すみたいな」


 ジェスチャーを交えて説明を始める。春人も初心者なので感覚で抽象的な説明になってしまう。


「んー、やっぱり難しい」


 春人を真似て手を頭上で上げたりしていたがやはり思うようにはいかない。すると美玖は春人へと小走りに近づき両手を差し出す。


「百瀬君ちょっと私の手で実際にやる様に動かしてみて」


「え?手をって、手を掴んで?」


「うん、その方がわかりやすいかなって」


 差し出された手を凝視する。はたしてこの手は取っていいものなのか。美玖の方から言っているので問題はないとは思うがやはり気にしてしまう。


「百瀬君?」


「あ、ああ、すまん……じゃあ持つぞ」


 美玖が春人を頼って言い出してくれたので無下にもできず、さり気なく掌をズボンで拭ってから美玖の手を取る。


「それじゃあ、このまま手を上に――っ」


 春人は息を呑む。美玖の手を上に上げさせたことで春人との距離が拳一つ分くらいまで近くなる。ここまで美玖に近づいたのは初めてで嫌でも意識してしまう。


(や、ちょっ、とこれは……すー)


 一度息を大きく吸って冷静になる。


(落ち着け落ち着け、深呼吸だ。これくらいの距離で動揺してるなんてむしろ意識しすぎて笑われるんじゃないか?その証拠に――)


 春人は美玖を見下ろすがこれといって反応はない。これで下手に動揺しているところを見せてはいらぬ恥をかくかもしれない。


 春人が無駄に頭を回していると美玖が口を開く。


「百瀬君?どうしたの?」


「い、いや、何でもないぞ」


 美玖よりも春人の方が背が高いので自然と美玖が見上げる形になる。上目遣いに見つめられ春人は心臓が跳ねるのを感じた。


(くっそ、どもったーかっこ悪……つうか見上げられるのってやばいな破壊力)


 このまま美玖を見ることもできず視線を彷徨わせると一番合わせたくないやつと目が合った。


「………」


 琉莉は谷川とトスの練習をしながら器用にこちらの様子を窺っていた。そして目が合ったとき春人は見逃さなかった。琉莉の口角が一瞬つり上がったのを。


(あのクソガキ絶対笑ってやがんな)


 春人の動揺しているところも琉莉にはお見通しだろう。春人のことを飽きるほど馬鹿にして大笑いする琉莉の姿を勝手に想像し腹を立てていた。多分大方間違ってもいないだろう。


「百瀬くーん、おーい」


 あざ笑う妹のことを考えていると再び美玖から声を掛けられる。いい加減不振がっているのか、じとーっと目を向けてくる。


「どうしたのさっきから、ずっとこの態勢のままだけど」


「その……悪い。ちょっとな」


 春人は誤魔化す様に苦笑を浮かべるが美玖がそれで納得することはなく――。


「なんか誤魔化してるね?何を誤魔化したのかな?」


「別に……誤魔化してないが」


「嘘、顔赤いよ?」


「え!?」


 思わず声を上げてしまうが美玖が、にやーと悪戯に微笑む。


「嘘だよ、別に赤くないよ」


「う、そ、だと?」


「うん、嘘」


 顔は赤くなかったようだがそれでも動揺は美玖にバレてしまった。いつものように美玖の嘘に振り回され春人は頬を引きつる。


「照れてるのかな百瀬君は?女の子とこんなに近づいたら照れちゃうよね」


「別に照れてなんかは……」


「そうなの?私は結構恥ずかしいけどな」


 顔を伏せているためよく見えないが美玖の顔は少し赤み掛かっている気がする。あの桜井美玖が本当に恥ずかしがっているのかと春人は思わず美玖の顔を確かめるようにじっと見つめてしまう。


 すると、美玖が伏せていた顔を春人へ向けた。そうすると必然的に春人と美玖は至近距離でお互いを見つめることになり美玖の瞳に春人は吸い寄せられる。


「っ!?」


 呼吸も忘れ美玖の瞳に夢中になってしまっていた。


「ねえ?本当に照れてないの?」


 そんな状況で美玖が同じ質問を飛ばしてくる。こんなの誤魔化すことができるはずもなく――。


「……照れてるよ、俺だって」


 恥ずかしいが素直に認める。春人だけなら意地でも認めなかったかもしれないが美玖が恥ずかしいと言うのだからそこまで意地を張る必要もないだろう。

 そんな春人の反応ににこにこと嬉しそうに美玖が笑う。


「そうかそうかー私とこんなに近づいちゃって照れちゃったかー」


「そりゃあな、流石にこの距離だと照れもするぞ、桜井も照れてるみたいだし」


「え?私照れてはないよ?」


「はいぃぃぃ?」


 春人は予想外の言葉に目を見開く。


「は?いや、だってさっき自分で言ってたろ」


「私は恥ずかしいって言ったんだよ?照れてるとは言ってない」


「……何が違うの?」


 一体何が違うのかわからず春人はぽかんと口を開けるが、この反応も含めて美玖の思惑通りなのか満足気に頬を緩める。


「だって、こんな状況誰だって恥ずかしいでしょ?でも百瀬君は私個人に対して照れてくれた。これは大きく違うわけです」


「ん?まあ、そうだけど、それは言葉の綾っていうかな」


 言ってることは何となくわかるが大分無理がある気がする。こんなのはもう解釈の違いだ。


「いいの、私はね、私に照れてくれたって知れて嬉しかったよ」


「っ!?」


 優しく微笑むように美玖は春人を見つめる。

 さっきまでの悪戯を思いついたような笑みではない、心からの純粋な笑顔に春人の目は釘づけにされる。


「それって……俺だから嬉しいってこと?」


「そう、百瀬君だから嬉しいの」


(……いや、もう……どうすればいいんだよこれぇぇっ!)


 完全に許容範囲越えの状況に春人の頭はパンクしていた。先ほどよりも熱くなる身体が嫌でも感じられるが抑えようにも次から次へと熱くなる。


(だって、ダメでしょこんなの……動揺すんなって方が無理!)


 キャパオーバーで目を回しだした春人。普段から美玖には振り回されているが今回は系統が違う。美玖に対して耐性があると言っても限度はある。


 そんな春人の内心を見透かしてか美玖は微笑みを浮かべて囁く。


「百瀬君そんなに難しく考えないで――冗談だから」


「……は?はぁ?はぁぁぁぁっ!?」


 一瞬言葉の意味が分からず硬直するがすぐに理解し目を大きくい見開き叫ぶ。

 美玖の言葉で頭が一気に冷えたが再度熱がこみ上げてきた。


「冗談って!?……え?桜井……どこからが冗談なんだ?」


「んー?どこからだろうねー?」


 ふふふ、と楽しそうに笑う美玖は悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを作っていた。春人も美玖のその笑顔を見てしまうと怒りの感情も削がれてしまう。


(ほんっとうに……クソ、可愛いと思うと怒るに怒れん)


 自分の単純さに嫌気が差す。春人は精神的は疲労を感じ小さくため息をつく。


「ところで百瀬君、いつまでこの態勢でいるの?」


「え?」


 美玖の指摘で思い出す。今春人たちはかなり近い位置で向かい合っている状態だ。しかも美玖の手を春人が掴み上げている絵面はかなーり際どい。下手したら春人が美玖に乱暴しているようにも見えてしまう。


 春人は急いで美玖の手を放した。


「すまん。その、手大丈夫か?」


「ふふふ、大丈夫だよ、別に強く握られてたわけじゃないし、百瀬君優しく握ってくれたから」


 いちいち言動が可愛く思えるのはわざとやっているからだろうか。それとも天然からなのか、春人では判断が付かない。


「それじゃあ練習再開しようか」


 美玖は回れ右して小走りに最初の位置まで帰っていく。


「え?でも桜井トスできないだ――」


「それ!」


 美玖は少し浮かせたボールをそれは綺麗に頭上でトスを上げた。綺麗な弧を描くボールは春人の方へ落ちていきノーバンで春人の手に収まる。


「は?できてるじゃん」


「私実は中学の授業でバレーやったことあるんだよねー」


「…………そっちも嘘かよっ!」

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