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85話 後輩思いの先輩たち

「やあ、久しぶりだな春人」


「会長、お久しぶりです」


 放課後となって春人が廊下を歩いていると偶然、葵と出くわした。

 葵は挨拶と一緒に顔を和らげる。


「海以来だな。元気そうで何よりだ」


「はい、海の時はありがとうございました。ほんとに楽しかったです」


「私もだよ。あんなに楽しめたのは君たちのおかげだろう。こちらこそ礼を言うよ」


 葵は笑みを作ると春人へ感謝を口にする。


「ところで春人、君はこのあと予定でもあるのか?」


「え、いえ特には」


「ならどうだ、少し生徒会室で話さないか?」


 葵の唐突の申し出に春人は面食らう。一体どうしたというのか。


「えーと……俺は構いませんが」


「そうか、なら早速向かうとしよう」


 理由も言わずに葵は廊下を歩きだしてしまったので春人もそれに続く。


 たまにすれ違う生徒から奇妙な目を向けられる。

 生徒会長と春人が並んで歩いていれば無理もないが。


「いいんですか仕事とかは?」


「今日は二学期初日だから休みだよ。まあ、くるみはいるがな」


「やっぱり仕事だったんじゃ」


「ただ集まっていただけさ。簡単に書類の整理をして帰るつもりだったからな。君がいたのはちょうどよかった」


「……まさかその書類整理を手伝わせるつもりじゃ」


「あはは、そんなことはしないよ。ちょうどよかったというのは単純に話し相手がいてよかったということだ」


「話し相手?くるみ先輩がいるのでは?」


「多いに越したことはないだろう。さあ、着いたぞ」


 話している内に生徒会室の前に到着した。葵は扉を開け春人を招き入れる。


「さあ、入ってくれ」


「それでは……お邪魔します」


 生徒会室は以前と変わりなかった。書類なども綺麗に整理されており清潔感が溢れている。


「んー?やあぁ、もも君」


「先輩お久しぶりです」


「うん、久しぶりぃ」


 部屋に入ってすぐくるみに見つかった。まあそこまで広い部屋でもないので入ればすぐわかるのだが。


「どうしたのぉ、今日はぁ?」


「会長にお呼ばれされてきました」


「そうかぁ、それならほらぁ、どうぞどうぞぉ」


 くるみは自分が座っていたソファの隣を叩いて春人を誘う。


「あはは……ならお構いなく」


 春人が腰を下ろすとくるみは嬉しそうにその愛くるしい顔を笑顔にする。


(この人、人懐っこいというか……本当に可愛らしいな)


 そんなことを考えていると葵が紅茶が入ったティーカップを机に置いていく。


「すまんな、こんなものしかなく」


「いやいや、そんな本当にお構いなく」


 春人としてはここまで歓迎されると余計に緊張してしまう。


 いただきますと声に出してからカップを手に取る。紅茶のいい香りが鼻孔をくすぐる。


「あれ?これって海の」


「よくわかったな。海に行ったときに淹れたのと同じものだ」


「道理でいい香りだと思いました」


 春人は紅茶を一口飲む。紅茶の香りが口の中にも広がり心が落ち着く。


「ふー……」


 つい小さく息が漏れる。


「おいしぃ?もも君」


「ええ、美味しいですよ」


「そうかぁ、よかったぁ」


 たったそれだけの感想でくるみはまたとびっきりの笑顔を見せてくれる。


(本当に……本当に落ち着く。ずっと見てたい)


 春人がくるみの笑顔に癒されていると紅茶を飲んでいた葵が話を振ってくる。


「ところで少し話題になってるな。春人に香奈たちも」


 葵は春人に視線を向ける。何が言いたいかは春人にもわかった。


「あー……あの動画ですか。そうですね。教室に入ったらいきなり質問攻めでしたよ」


「そいつは災難だったな。まあ、皆の気持ちもわかるが。あの動画の君は物語の主人公みたいだったぞ」


「主人公……やめてくださいよ。なんか背中がむずむずします」


「揶揄っているとかではないぞ。心からの感想だ。まあ、私の観点での話だから他はどう思っているかまではわからんからな。――何か困ったことはないか?」


 先ほどまでの明るい口調から少し真剣なものに変わる。本当にちょっとした変化だったが春人は敏く気付く。


(ああ、なるほど……話っていうからなんだと思たけど。心配してくれてたのか)


 動画が拡散したことで春人は今日一躍時の人の扱いだった。実際気疲れで一人、人通りのないとこで心を休めていた。ここまで騒ぎとなれば葵も春人の精神面を心配するだろう。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。琉莉や皆がいましたから」


 少し前のことを思い出しながら春人はそう返答する。葵も春人の顔が少し柔らかくなったのを見て何かを察したらしい。


「そうか、君はいい仲間に恵まれているな」


「はは、そうですね。俺には勿体ないです」


 笑顔を見せる春人を横からくるみが覗き見る。


「もも君嬉しそぉ」


「そ、そうですか?」


「うん、よかったね、もも君」


 くるみに微笑まれ春人は恥ずかしく視線を外し頬を掻く。本心から言っているのと言葉がストレートでどうしても照れてしまう。


 紅茶を一口飲み一旦落ち着く。


「それと……また一つ今日聞いた話があるのだが、なにか勝負事をするみたいじゃないか」


「……本当によく知ってますね」


「生徒会長だからな。こういった噂はすぐに耳に入る」


 葵は笑いながら肩を竦める。本当に学校中の噂や出来事を全て把握しているのではなかろうか。


「聞けば君とその北浜という生徒は因縁があるそうだな」


「因縁というほどでもないですけど。まあ、昔少しだけ」


「うむ、別に根掘り葉掘り聞きだそうと言うつもりはない。ただ君はこの勝負どう戦っていくのか気になってな」


「会長が何を期待されているかわかりませんが、俺はこの勝負あまり興味がないので」


 春人が肩を竦めると葵が驚いたように目を丸くする。


「興味がない……というのは勝敗自体にこだわりがないということか?」


「そういうことですね」


「ふむ……詳しく聞かないとは言ったがその理由くらいは聞いてもいいか?」


「大した理由じゃないですよ。勝っても負けても俺にはあまり関係ないと言うだけです。どっちに転んでも北浜が俺に突っかかってくることはなくなると思いますし」


 勝てばもちろん約束通り北浜は春人に絡むのを止めるだろう。だがそれは春人が負けても結局同じだ。春人に勝ったという結果さえあれば北浜は満足なのだから。


 だから春人は今回の勝負にそこまで真剣に取り組む気はなかった。


 春人の言葉を聞き葵は一度息を吐く。


「そうか。それは残念だな」


「え」


 思いがけない葵の言葉に春人はきょとんと口を開ける。


「あの……何がですか?」


「なに、気にする必要はない。ただの私の感想だ。君はいろいろと面白いことをしでかしてくれるからな今回も少し期待していたんだよ」


「はー……期待。なんかすみません」


「だから気にするな。期待など他人に対する勝手な押し付けだ。自分が勝手に思っていた結果を相手が出さなかった。ただのエゴだよ」


「なるほど……」


 春人は話の内容が少し理解できず首を傾げると葵がおかしそうに頬を緩ませる。


「これは君の問題なのだ。君が納得いくやり方で結果を出せばいい。だがそれを含めて周りの人間は勝手なんだよ。私のようにな」


「会長のように?」


「ああ、私個人としては君には勝ってほしいと思っている」


「またどうして……」


「自然な思いだと思うけどな。立場上どちらかの生徒の肩を持つのはよろしくないがそれは会長としての私がだ。友人としての私は君に勝ってもらいたいよ」


 春人はどうしたものかと頭を掻いていると隣からも声が聞こえてきた。


「うん、私も、もも君に勝ってほしぃ」


「先輩まで」


 いつものようにのほほんとしたくるみだが、少しばかり声に力が入っている。


 春人はいよいよ困り果てて頬を引きつる。まさか北浜との勝負でここまで自分に期待してくれようとは。

 そう考えていると身近にいる友達や妹の顔が思い浮かんだ。


(皆もこう思ってんのかな?)


 実際に何か言われてはない。だけど葵やくるみの気持ちを考えると皆も同じなのかと考えてしまう。


 こんな勝負、誰も興味がないと思っていた。春人と北浜の問題なのだから他の人間は無関係だ。

 でもそう思っていたのは春人だけなのだろうか。


 春人の中で勝負への意気込みが変わり始める。負けてもいいという考えが薄れていってしまった。


 ティーカップをソーサーに置き春人は口を開く。


「まあ、やる前から負けようと思うとかちょっとカッコ悪いですし、やれるだけやってみます」


 春人は憑き物がとれたように清々しい顔を向ける。それを見て葵は「そうか」と口許に笑顔を浮かべながら瞳を閉じる。


「もも君、頑張ってねぇ」


「はい」


 くるみからも激励の言葉をもらい春人は昼の時とは打って変わって勝負に前向きになっていた。

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