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81話 桜井美玖の葛藤

 昼休みに入って私は今、人目のない廊下の突き当りのそのまた奥の開いたスペースに身体を縮こませて収まっていた。


「……春人君の顔が見れない」


 由々しき事態だ。こんなこと今までなかった。それでも原因はわかっている。


「なんであんなこと言っちゃったんだろう……黙ってればよかったのに」


 私はお泊り会での出来事を思い出す。帰り際、春人君に言った言葉を。


「はる君って……約束破っちゃった以上になんか恥ずかしい。昔は普通に呼んでたはずなのに」


 私は罪悪感より羞恥心でどうにかなってしまいそうだった。子供の頃に呼んでたあだ名が口に出すとここまで恥ずかしいとは……。


「朝までは落ち着いてたんだけどなー。いざ顔を見ると……」


 私は両手に抱えた膝の上に顔を埋める。


 それに、それにだ。


 教室での春人君を取り巻く環境の変化にも私は少し焦りを覚えていた。

 一躍時の人だ。私が話しかける隙がないほどに。


 まあ、でも仕方ないよね。あの動画の春人君はまさに正義の味方だ。皆が憧れるのもわかる。


 わかるけども……。


「……明らかにいるよね。春人君に気がありそうな子」


 朝の会話の中、抜け駆けがどうのと聞こえていた。それはつまりそういうことだろう。


 考えると少し、むっとしてしまう。これはやきもちなのだろうか。自分ではよくわからない。

 こうなるともう約束がどうとか言ってる場合ではないんじゃないだろうか。


 私は心の中で葛藤する。全てを打ち明けてしまうか、このまま春人君を信じて待つか。


「……やっぱりだめ……信じないと。じゃないと私が納得できない」


 自分から言えばそんなの楽に決まってる。でもそれじゃあ意味がない。春人君に絶対に思い出してもらわないと。


 そうなると残る問題、他の子たちが春人君にちょっかいを出す可能性が残る。


 流石にここで春人君を取られたくない。


「……自分でも思うけどほんとに面倒くさいなあ、私」


 こんなのさっさと告っちゃえばいいと思うけどそういう問題ではない。私たちにだっていろいろあるのだ。


「とりあえず春人君と話そう。今のままじゃだめだ」


 私は立ち上がり一応周りに人がいないことを確認して廊下に出た。


 いったい会って何を話せばいいのか。


 廊下を歩きながら春人君との会話の内容をずっと考えていた。

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