8話 男女混合のペア決めほど難しいものはない
始業のチャイムが鳴ると体育教師からの指示のもと準備体操を終える。
「それじゃあ今日からはバレーの授業だ、各自ペアを作ってトスの練習を始めるように」
授業内容を簡単に説明され春人は動き出す。
(ペアか……まあ、谷川誘えばいいか)
ペアと聞いて真っ先に浮かんだ名前が谷川だ。なんだかんだでクラスでも一番よく話すのでこういうときは大抵組む人が決まっている。春人は谷川を見つけると右手を上げ声を掛けようとしたところで教師の声が響く。
「あー、それと、今日のペアは男女で組んでくれ、たまにはいいだろ?」
ただの思い付きなのか、突然追加された項目に春人は行き場のなくなった右手を下ろす。
他の生徒も「なんで?」と口に出したり顔に出ているものもいるが教師からそれ以上の説明はなかった。
いきなり上がったペア決めの難易度に春人は腕を組み頭を悩ませる。
(マジかよ……何?どういう意図で男女のペアにしたんだこの人……)
この体育の教師田中はたまに突拍子もないことを授業中に言い出すことがあった。中でも印象に残っているのが――「ただサッカーやってもつまらないよな……そうだ!四チーム作っていっぺんに試合をやろう!待ち時間もなくてたくさん試合ができるぞ!」本人は良かれと思い言い出したのかもしれないが、四チームの人間が入り混じったサッカーはとてもじゃないがサッカーとして成立していなかった。ボールを持てば必ず他のチーム最低三人がどこに行ってもついて回る。初心者ばかりの体育の授業でこのルールでのサッカーはボールの維持も難しく結局どのチームもゴールが入れられず終わった。
悩まし気に眉間に皴を寄せていると春人は声を掛けられる。
「百瀬君、百瀬君」
聞き慣れた声に確認するまでもなく春人はその声の持ち主がすぐにわかった。
「桜井……どうした?」
にこにこ笑顔を作る美玖がそこにはいた。どうした、とは言ったがこの状況で話しかけられてわからない程春人も空気が読めないわけもなく――。
「一緒にペア組もうよ。まだ決まってないでしょ?」
「ああ……決まってないけど……いいのか?」
「私が誘ってるのにダメなんてことないって」
あはは、と笑い声をあげる美玖。美玖と組むのは全然構わないのだが他のことが気にもなり――春人は周囲へ視線を向ける。
「マジかよ百瀬、羨まし」
「桜井と組めるとか運良すぎだろあいつ」
いろんなところから見られているのがわかる。流石は学校一可愛い女の子と噂されるだけはある。美玖とペアを組んだ時点で春人はこの授業において間違いなく勝ち組になっていた。
(ふっ、なかなかいい気分だなこれ)
春人は内心で歪んだ嘲笑を浮かべ、何ともいえない高揚感が身体を支配する。周りから飛んでくる嫉妬の視線が今は心地よい。
そんな春人へ谷川が近寄ってくる。
「百瀬ぁっ!お前、お前というやつはっ!なんでいつもいつもぉぉっ!」
うるさいやつがやってきた。春人は顔を顰め谷川を見る。折角のいい気分が台無しである。
「谷川どうした?お前も早くペア決めろよ」
「なんだよその余裕は!強者故の余裕ってかこのやろうっ!」
喚き散らす谷川の声に片耳を塞いで顔を顰めているとまた違う生徒が近づいてくる。
「谷川さん一人なら私とペア作らない?」
狂乱していた谷川がピタッと時間が止まったように固まった。
「も、もも、百瀬さん!?え?俺とペア?いいの?」
現実が受け入れられないのか谷川は激しく動揺しながら琉莉へと聞き返す。
「ふふふ、うん、いいよ一緒にやろう」
微笑む琉莉の顔に谷川の中で何かが弾け飛んだ。
「よっぉぉぉぉぉぉしゃぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」
両手でガッツポーズを作り天井へ向かって吠える。何事かと周りの生徒が谷川を見るがそんなこと気にも留めない。よっぽど嬉しいんだろう。その目には涙まで浮かんでいた。
(よかったな谷川……でもな、お前が思ってるほどこいつはいい子じゃないんだわ)
春人は琉莉を見ると向こうもこちらに気づいた。
――にやり。
春人にだけ見える角度で琉莉は悪魔の笑みを作る。
(こいつ……俺と桜井の近くを確保するために谷川利用しやがったな)
あんまりな悪魔の所業に顔を顰めつつ、そうとは知らずに喜びを身体全体で表現している谷川に憐憫の眼差しを向ける。
「どうしたの谷川君は?」
「あー……気にしないでやってくれ、ああいう年頃なんだよ」
美玖の問いかけを春人は穏やかな心で返す。せめて今だけは彼に幸せな時間を送ってほしい。
「そうなの?まあ、いっか」
特に気にすることもなく美玖は春人へ向き合う。
「なら百瀬君、練習始めようか」
「ああ、そうだな」
琉莉についてはあとで説教するとして今は授業に気持ちを切り替える。