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78話 ほんの少しだけ……約束を破る私を許して

 最近の私はだめだめだ。


 布団を口元まで引き上げ漏れ出そうな声を堪える。

 すると隣で寝ている香奈が身動ぎしたので私は慌てて身体をぴたっと固める。


 身動ぎするも起きるような気配はなかったので心の中で安堵した。

 そして再び自分の不甲斐なさを確認するため今日のことを振り返る。


 あのナンパしてきた人たち多分、というか十中八九私が狙いだったと思う。


 別に自分が特別可愛いからとかそんな自惚れた気持ちはない。でも今までの経験が私にそう思わせる。


 香奈たちに危害が出ないように私が常に前に出てあの人たちと話をしていた。

 怖くないなんてことはなかった。むしろ怖くて怖くて仕方なかった。それでも二人がいたから無理して気丈に振る舞った。


 春人君が駆けつけてくれた時は心の底から安心した。彼はいつも私が困っているときに現れてくれる。まるで物語のヒーローみたいだ。


 布団で隠れた下で私の口元が自然と綻ぶ。


 だから、あの人たちが言った言葉は許せなかった。


 春人君が私たちと釣り合わない?ふざけるな。


 春人君の何を知ってそんなこと口にしているのか。気づけば私は男たちに反論していた。どうしても男に春人君へ謝罪させたかった。


 でもそんなの男が聞くはずもなく逆ギレした男は私に掴みかかってきた。

 人からあれほど暴力的な視線を向けられたことは初めてで私は逃げようともせずただ身構えて立ってることしかできなかった。


 それでもやっぱり最後には春人君が助けてくれる。男の手を掴んだ春人君のことを思い出す。


 春人君も怒ってたのかな?初めて聞く声だった。普段の春人君から聞くことはまずない低くて冷たい声。でも不思議と怖くはなかった。これが私に危害を加えようとした男に対して発せられた声だとわかってたから。


 本当にかっこよかったなあ。あんな声まで出せるなんて……どうしよう、春人君に会いたい。


 さっきまでずっと一緒だったのについつい私はそんなことを考えてしまう。でも仕方ないだろう。それくらい今日の春人君は私にとって魅力的に映ってたのだから。

 だからだろうか。そこから感情のコントロールがバグってしまった。


 う~~~、本当にあれは油断した。でもしょうがないでしょ。あんなかっこいい所見せられた後に私にお礼を言って微笑んでくれたんだよ?そんなの嬉しくて顔も赤くなるって。


 つい顔まで布団を被って身悶えてしまう。そしたらまた香奈が身動ぎし始めたのでぴたっと体の動きを止める。さっきからだるまさんが転んだ状態だ。


 しばらく大人しくしていると香奈の方からまた規則正しい寝息が聞こえてきた。


 ふー、危ない。気を付けないと。


 香奈のお陰で頭が少し冷静になってきた。私は今までのことを踏まえ一度現状を整理しようと思う。と言ってももう結論は出ていた。


 どう考えても春人君に対する気持ちが抑えられなくなっている。


 最初の頃はまだよかった。私の気も知らないで平然としている春人君を嘘を交えて揶揄ったりしていれば何とか心の平然を保てた。


 でも最近はだめだ。どんなに春人君や自分に嘘をついても感情が抑えられない。


 いっそもう……。


「いやいやいや」


 私は頭に浮かんだ方法について必死に頭を振って否定する。それだけはだめだ。そんなことしたら今までの私の努力は何だったのだろうか。約束だって破ってしまう。


「でもヒントくらい……」


 この際少しの手助けは許されるのではないだろうか。思い出してくれない春人君も悪いのだし。


 う~ん、と考えていると隣から声が聞こえてきた。


「も~、美玖うるさ~い」


「えっ、香奈っ?嘘、声に出てた?」


「うん……なんかぶつぶつ聞こえた~」


 目元を擦る香奈はまだ眠いのか言葉が覚束無い。


 え、どこから?どこから声に出てたの……そもそもどこから聞いてたの?


 血の気が引く感覚を覚えながら私は恐る恐る香奈へと聞いてみた。


「あ、のさ……どこから聞いてた?」


「う~ん?何となく声が聞こえただけで内容は知らな~い」


 寝ぼけているのか意識がはっきりとしていない様子だ。これなら多分大丈夫。うん、大丈夫。


「そうか。ごめんね、起こしちゃって。もううるさくしないから」


「う~ん、そうして~」


 香奈はそう言うとすぐに寝息を立て始めた。私は流石にもう考えることにも疲れ天井を見ながら小さく息を吐く。


 香奈を気にしながらじゃ考えもまとまらない。今日は大人しく寝よう。目を瞑ると今日の疲れが波のように押し寄せてくる。無理もない色々とあったのだから。気づけば私の意識は深い夢へと落ちていった。




 朝起きて私と香奈は再び浴衣に着替える。浴衣は一晩で綺麗に乾いてくれたので問題なく着られた。


「もう少しゆっくりしてってもいいのに」


 琉莉ちゃんが心なしか寂しそうに目じりを下げる。本当に可愛く甘えてくれる。


「ごめんね琉莉ちゃん。流石に泊まる準備とかしてなかったから一旦家に帰りたくて」


「そうだよねー。また来るよ琉莉」


 香奈がふくれっ面を作っている琉莉ちゃんに抱き着いている。その膨らんだほっぺに自分の頬をこすり合わせているけど、香奈?琉莉ちゃん流石に迷惑そうだよ?


「琉莉あまり無理言うなよ。急な泊まりだったんだからな」


「……わかってるよ」


 春人君も見送りに来てくれた。寝ぐせかな?頭の後ろの方がぴょこんって立ってる。


 かわいい……。


 ついついそんなことばかり考えてしまう。やはり昨日から変だ、私は。


 折角楽しいお泊りだったのに最後に気持ちが沈んでしまう。でもこんな気持ち皆に悟らせるわけにはいかない。


 私は必死に普段の私を演じ始めた。


「琉莉ちゃんまた来るからね。そんなに落ち込まないで」


 私は琉莉ちゃんに声をかけ微笑んだ。


 普段通りだろう。これが普段の私だ。別に無理をしているわけでもないし思っていることを素直に声に出しているだけだ。


 それなのになぜだろう。こんなに胸が痛いのは……。


「……美玖どうした?」


「え」


 いきなり春人君に心配された。


 どうして?何か私おかしかった?


 少しの動揺を見せて私は春人君の顔を見る。


「どうしたの急に……」


「どうしたって言われると困るんだけど……なんか苦しそうというか我慢しているというか、そんな風に見えたから」


「………」


 それはずるいよ。


 今の私にはその言葉は効きすぎる。だってその心配してくれる気持ちは今の私が一番欲しかった気持ちだ。


「……ありがとう春人君。でも私は大丈夫だよ。琉莉ちゃんと一緒でやっぱり別れが少しはつらいんだよね」


「あー、そういうことか。ならまたいつでも来てくれていいから。琉莉も喜ぶし」


「春人君も?」


 私はまた余計なことを聞いてしまう。ほら、春人君も少し困ってる。

 春人君は少し目を泳がせて頬を掻いている。


「ああ、俺も嬉しいかな」


 その言葉が本心なのかこの場限りのものなのか私にはわからないけど、それでも先ほどまでの胸の痛みが綺麗に消えてなくなった。


 ああ、やっぱりだめだ。感情が抑えられない。――少し、ほんの少しだけ約束を破る私を許して。


「そんじゃあ、ばいばーい二人とも」


「おう、気を付けろよ」


「うん、またね、香奈さん」


 香奈が玄関の扉を開けて外に出て行く。私もそこに続く。


「ありがとね二人とも。楽しかったよ」


「ああ、俺も楽しかった。また遊ぼうな」


「美玖さんまた来て。絶対」


 二人の顔を見ながら私は約束を破るかもしれない言葉を口にする。


「うん、また来るよ。じゃあね、琉莉ちゃん……はる君」


 玄関が閉じる一瞬の間。目を大きく開けて驚くような姿を見せる春人君を私はしっかり見ていた。

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