77話 いくらでも甘えさせてやるのに
時刻が零時を回ったころ流石に眠気が襲ってきた春人たちは眠ることにする。
「それじゃあ琉莉ちゃんベッド借りるね」
「うん」
美玖が琉莉に断りを入れ部屋へと入っていく。
「春人ー、琉莉が可愛いからって襲っちゃだめだよ」
香奈が揶揄うように、にひにひと歯を見せて笑うが春人は全然笑えない。
「誰が襲うかよ」
「そうだよ香奈さん。もしそんなことしたら兄さんを再起不能まで蹴り飛ばす」
「怖えなおい……襲わねえから間違っても止めろよ?」
琉莉ならやりかねないので春人は冷や汗を垂らし琉莉へ念押しする。
「あはは、そんじゃ二人とも仲良くねー、おやすみー」
最後に笑って手を振ると香奈も部屋へと消えていった。
残された春人たちも春人の部屋へと入っていく。
「んじゃ寝るか。といっても本当にいいのか俺と寝て?」
「なに?それは何かあっても責任取れないぞ、ってこと?」
「ちげえよっ!だから俺と同じベッドで寝るのに抵抗はないのかって言ってんだ!」
琉莉は冗談なのか本気で言っているのか。春人は、くわっと目を見開き声を荒げる。
琉莉だって高校生の女子だ。兄とはいえ男と寝るのには少なからずの抵抗くらいあるだろうという春人の優しさからの言葉だったのだが――。
「抵抗なんてないけど。そもそも昔はよく寝てたんだし」
「昔って小学生とかだろ。そんな頃の話持ってこられてもな」
「いいからもう。私は眠いの。早く寝よ」
春人の心配など意に介さず琉莉は自分からベッドへ入っていく。そんな潔い琉莉に春人の方がたじろいでしまう。
(本当に気にしてないんだな。まあその方がこっちも気にしなくていいけど)
春人は肩透かしを食らった気分でベッドに入っていく。
すると入ると同時に琉莉が後ろから抱き着いてきた。
「……なんだよ」
「ドキドキする?」
「しないが」
「欲情する?」
「しねえよ。なんなんだよ」
「んー、おかしいなあ。高校生になってこんな可愛いくなった妹と同じベッドで寝れば少しは反応するものかと」
「マジでお前どうかしてるぞ」
琉莉が突拍子もなくおかしな行動をするのはよくあることだが今回はまたずば抜けている。
(なに?兄を欲情させたいのかこいつは)
行動の意図がわからず春人は眉間に皴を作る。そんな春人の困惑など知ったことかと琉莉はまたぎゅっと背中にくっ付く。
「お兄美玖さんにくっ付かれたときどうだった?ドキドキした?」
「……言う必要あるか?」
「言わなかったらこのまま放さないけど」
地味な嫌がらせだがそれだからこそ地味に効いてくる。春人はため息をつき琉莉の質問に答える。
「はー、ドキドキしたけどなんだよ」
「ほうほう。美玖さんはドキドキするけど私ではダメなのか」
「なんでそんなにドキドキさせるのに拘ってんだよ」
「お兄ちゃんをドキドキさせれる可愛い妹になりたいなあって」
「………」
肩越しに琉莉の顔を確認する。にこっと絵に描いたような可愛らしい妹といった様子の笑顔を作っている。それが春人には只々不気味だった。
「ほんとにどうした?祭りで悪いもんでも食ったか?」
「やだなあ、お兄ちゃん私そんな変なもの食べてないよ」
「………」
本当に何なのだろうか。なんでいきなりこんな甘々な妹設定に切り替えてきたのか。
これではまるで――。
(俺に甘えたいみたいなんだよなー)
さっきの話ではないが昔、小学生くらいの琉莉はこんな感じだった。兄に甘える絵に描いたような妹。
(でもこんなことする意味が……いや、あるな)
祭りでのナンパ騒動。琉莉を励まそうと「いいんだぞ今日くらい甘えても?」と偉そうに言っていた。琉莉が普段通り憎まれ口を叩くから忘れていたが……。
(なにこいつ?もしかして甘えたくてこんな面倒くさいことしてんの?)
自分が甘えたいという気持ちを知られたくないのか。琉莉はなにかと美玖と比べさせたり普段使わない“お兄ちゃん”なんて呼び方で誤魔化そうとしている。
(拗らせすぎてんだろ、まったく)
春人は内心で面倒くさい妹にため息を吐く。別にこんなことしなくても甘えさせるくらいするのに。
春人は寝返り琉莉に向き合う。
「え、お兄――っ!」
驚く琉莉を余所にその折れそうなほどに小さな身体を春人は抱き寄せた。
「え?え?ちょっと……ほんとに欲情した?」
「しねえよ、ばか」
「じゃあなにさ……」
「ただ何となくこうしたかっただけ」
「え、ん、えー……」
困ったように琉莉は目を白黒とさせる。春人の口から出た言葉とは思えなかった。
「あの……お兄?」
「なんだ?俺もう眠いんだけど」
「え、このまま寝るの?」
「駄目か?」
「ダメってわけではなくて……」
「ならもう寝るぞ」
いつもと違って押せ押せな春人に琉莉は完全に飲まれていた。頭に疑問符を浮かべたまま目を瞑る春人の顔を見上げる。
「う、うん。おやすみお兄」
「ああ、おやすみ」
頭の中は混乱していたが琉莉は安心したのか人知れず頬を緩める。春人の服を手で握り兄の温もりを感じながらゆっくりと夢の世界へと沈んでいった。




