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75話 台風とかって少しわくわくしない?

 春人はぱっぱとシャワーだけ済ませて風呂を出る。


(流石に湯船に浸かるのは気が引けるな)


 先ほどまで美玖と香奈が入っていた風呂だ。いやでもいろいろと考えてしまう。

 リビングに行くと全員揃っていた。流石に雨もまだ降っており帰ってなかったらしい。


「あ、春人君、服ありがとね」


「……ああ、気にしなくていいぞ」


 美玖は春人の服に身を包んでいる。それだけで何とも言えない優越感が心を満たす。普通の服でこれなんだから彼シャツとか本当にさせなくてよかった。


「春人君やっぱり男の子だね。服大きい」


「そりゃあ体形なんか全然違うからな。美玖は細いし」


「えーそうかなー?嬉しいけど」


 にこにこと笑顔を振りまく美玖はとてもご機嫌に見える。その様子に春人は少し不思議に思うが深くは考えず話を変える。


「雨まだ止みそうにないか?」


「うん、むしろなんか強くなってるよ」


 春人は窓際に近づきカーテンの隙間から外を覗き見る。

 まるで台風のような荒れ方だ。横向きに雨が降っており木々が風に吹かれ荒ぶっている。


「すげえな」


「ねぇー、でもなんかこういうのわくわくしない?」


 香奈が、にいっと歯を見せながら楽し気に笑っている。こんな状況なのに楽しめるのは一種の才能かもしれない。


「確かにな。非日常感があって少しわかる」


「流石春人。美玖に聞いてもただ怖いって言うから」


「怖いでしょ?何が起きるかわからないし」


「そのスリルがいいんじゃん」


 美玖と香奈が議論を始めたので春人はキッチンに行き麦茶をコップに注ぐ。すると琉莉がとことこと小走りに近づいてきた。


「ん?どうした?」


「お兄に聞きたくて――どう?美玖さんに自分の服着せた感想は」


 なんとも憎たらしい小悪魔めいた笑みを作る琉莉。春人は眉を顰め面倒くさそうに口を開く。


「別になんもねえよ。服貸しただけだし」


「美玖さんが自分の服着てんだよ?あの柔肌に直にお兄の服が触れてるんだよ?それはもう裸の美玖さんをお兄が抱きしめてるのと同じでは?」


「同じのわけねえだろ!何言い出してんだよ!」


「ならどう思ってんのさ」


「だからどうも――」


「うそ。絶対そんなことない。もしそうならお兄は男としてどうかしてる」


「そこまで言うか……」


 でも実際、美玖を見たときに意識はしてしまったので琉莉の考えはあっている。ただそれを素直に認めるのは癪だ。


「アホなこと言ってないで行くぞ」


「なんだ?逃げるのかお兄」


「逃げるとかじゃねえよ。ただ面倒なだけ」


「自分の服着た美玖さんをいやらしく観察しに行くのか?」


「いやお前言い方」


「自分の服に袖を通した魅惑的な美玖さんの隙だらけな恰好を見て欲情しに行くのか?」


「なんで余計に卑猥な言い方にするんだよ!」


 止まらない琉莉の卑陋な思考に春人は頭が痛くなる。


「あああぁーっ!」


 琉莉との下品な猥談に白熱しているとリビングにいる香奈が急に騒ぎ始めた。


「え、何だよ香奈」


「これ!これっ!」


「は?これってなんだ、よ……」


 春人は香奈に突き出されたスマホの画面を見て固まる。その画面にはメッセージアプリのトークグループがあり、動画が一つ添付されている。


「これさっきの祭りのだよな?」


 動画は春人がナンパ男たちに割って入って撃退するまでの一部始終が録画されていた。


「わあー、私の方もすごい来てる。皆心配してくれてたみたい」


 美玖もスマホの画面を見せてくれる。そこには『大丈夫?』や『怪我とかしなかった?』など美玖の安否を心配する文章がずらーーーーーっと、本当に大量のメッセージが来ていた。流石学校の人気者である。


「私も来てる。あの祭り学校の生徒結構いたみたい」


「あーーーまあ、そうか。学校の近所なんだからそりゃあいるよな」


 春人の家から学校までは徒歩圏内だ。その春人の家から近いところでやっている祭りなのだから学校の生徒だって中にはいただろう。


「……俺のスマホなんも来ないんだが」


 美玖たちにこれほど反応があるなら自分にも何かと思ったが画面は真っ暗だ。


「兄さん友達少ないから」


「うるせえよ」


「あ、でも春人の名前はこっちで出てるよ。すごいやらかっこいいって。春人一夜にして有名人だね」


 揶揄うようににやにやした笑みを向けてくる香奈。実際揶揄っているのだろう。とても悪い笑みをしている。


「まあ、でも仕方ないよね。実際かっこよかったし。春人何か格闘技やってるの?」


「昔柔道とかはやってたな。ほんと昔だけど」


「それでかー。あたし人が飛ぶとこ初めて見たよ」


「ほんとは投げ飛ばすというか叩きつける感じなんだけどな。咄嗟だったからつい投げちゃったけど」


 へーっと感心するように目と口を開ける香奈。


「にしても……よく撮れてんな。誰だよ撮ったやつ」


「さぁー?回ってきた動画だから誰が撮ったかはわからないって」


「回ってって……え?そんなに広まってんの?」


「どうだろう……美玖の方にも来てる?」


「うん、来てるね」


「私もだよ」


 香奈だけでなく美玖と琉莉の方にも動画は届いているらしい。これはかなり広まってるとみてもいいだろう。


「まじか……」


「兄さん困る?」


「そりゃあ困るだろ」


「なんで?」


「なんで?……確かになんでだ?」


 顔バレするという危険性はあるが別に出回ったところでそんなに気にしない。むしろ――。


「俺はともかく美玖たちはいいのか?こんなのもう学校のほとんどの生徒が知ってんじゃないか」


「まあ、私も別に。そもそも学校中にほとんどもう知られてるし」


「あたしそもそも気にしないし」


「美玖さんに隠れてほとんど見えないから別にいい」


 大物過ぎるだろうと春人は渇いた笑みを作りながら感心する。皆が気にしないならいいかと春人も考えることを止める。


「皆がいいならまあいいか」


「心配してくれたの?」


「そりゃあ心配するだろ。男の俺はともかく美玖たちは女子だし、そういうの気にするだろ」


 どこの誰が見ているかわからないなんて考えただけでも不気味だ。春人でもそうなのだから美玖たちがどう思っているのかは気になった。


 そんな春人の言葉を聞いて美玖はきょとんと目を丸くしているがすぐに嬉しそうに顔を綻ばす。


「……そうか。心配してくれたんだ。ありがとね春人君。でも私は大丈夫だよ」


「そ、そうか……」


 あまりに真っ直ぐ感謝を伝えてくるので春人は思わず頬を掻きながら顔を逸らす。

 そんなわかりやすい反応をするものだからすぐに香奈たちの標的となった。


「あ~春人照れてる~」


「兄さん、美玖さんに感謝されて照れるのはわかるけどもっと隠して。気持ち悪い」


「え~、いいじゃん可愛いじゃん」


 香奈と琉莉で盛り上がり始める。春人の反応がキモいか可愛いかの論争なので春人としては聞くに堪えない。


 だからといって美玖の方を見れば笑顔を向けられるので視線が泳ぎまくっている。誤魔化すように適当に話を振る。


「そ、それにしてもまだ雨止まないのかな?」


「さっきと変わらないね。どうしようか……」


 外ではいまだに雨が地面を叩く音と木々を揺らす風の音が鳴り響いている。流石にこれ以上降るようなら何か考えなくてはいけないだろう。


「あ」


 春人が考えを巡らせ始めたとき美玖が驚いたような困ったような声を漏らす。


「どうした?」


「電車、止まったって」


「えー……」


 春人は真顔で口を開ける。美玖と香奈の帰る手段が無くなってしまった。


「親に迎えに来てもらうか?」


「うーん、それでもいいけどこんな雨の中車でも危ないし」


「確かにな」


 春人たちがそんな話を始めているとそばにいた香奈たちも当然聞こえ話に入ってくる。


「え?電車とまっちゃったの?あちゃー、どうしようか」


「もう少し待って雨が弱くなってきたら親に迎えに来てもらうってのが一番かな」


「そうだね。弱くなってくれればいいけど」


 美玖はカーテンで閉ざされた窓の方に視線を向ける。外は見えはしないが聞こえてくる音である程度は予想がつく。


「別に帰らなくてもいいんじゃない?」


「え?」


 困り果てている美玖と香奈に琉莉がいつもの調子で声をかける。


「別に無理して帰らなくても泊ってけばいいんだよ」


「いやお前そんな簡単に」


「簡単でしょ。それとも兄さんはこんな台風みたいな外に美玖さんたちを解き放つの?」


「そんなことは言ってないが」


 流石にそんな薄情なまねできるはずがない。春人が懸念しているのは別だ。


「美玖たちはいいのか?俺たちの家泊まるのは?」


 春人も男だ。多少なりとも男の家に泊まるというのは女子としては抵抗があるだろう。

 だがそんな春人の懸念は不要だったらしい。


「え、いいの泊って。迷惑じゃない?」


「やったー!お泊り!夜まで遊ぶぞー!」


 特に気にした様子もなく香奈などわくわくと絵に描いたようにはしゃぎだす。


(え、なに?そんな気にしないもんなの?俺が気にし過ぎか)


 二人の様子に拍子抜けした春人は肩の力を抜く。


 夏の定番イベント夏祭りを終えたと思えば新たなイベント、お泊り会が開催された。

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