74話 雨で濡れただけでなんでこうも色っぽくなるのか
祭りの余韻を残して春人たちは規則正しく並ぶ街灯の道を歩き帰路についていた。
「楽しかったねー祭り」
「うん、いろいろあったけどね」
香奈の言葉に相槌を打ちながら美玖も楽し気に笑っている。ナンパの件はもう気にした様子もなく香奈と二人で今日の祭りの話に花を咲かせていた。
春人がそんな二人を後ろから眺めていると隣を歩く琉莉に話しかけられる。
「お兄今日は大活躍だったねー」
顔を向けるとにやにや笑みを作る琉莉がそこにいた。
「活躍したかもしれんけどできればあんなこと起きないに越したことないんだよな」
「そうだね。でも少しくらい得意げになってもいいんじゃない?」
「こんなん自慢にもならんって。ただナンパ野郎どもから友達助けただけ。しかもちょっとやりすぎたし」
「別に悪いのは相手だし、あれくらい当然。もっと痛い目見てもいいくらい」
物騒なことを言う琉莉に春人は苦笑する。
「それにしても海でも驚いたけど香奈さん本当によく食べるね」
「ああ、あの小さい体のどこに収まるんだろうな。見てて心配になる」
祭りを楽しんでいる最中香奈は目に入る屋台の料理をほとんど食べて巡った。あっちへこっちへと目を輝かせて駆けまわる香奈は本当に幸せそうな顔をしていた。
「あとさ――」
「琉莉なんか無理してるか?」
何となくだがそう思った。でも春人の考えはあっていたようだ。琉莉は驚いたように春人へその大きな目を向けている。
「……なんでそう思ったの?」
「なんかよくしゃべるからな。らしくないと思った」
「……そう」
先ほどまでは無理して明るく振る舞っていたのか顔を伏せてしまう琉莉。
(たぶん。というか絶対ナンパのこと引きずってんだろうな)
思い当たるのがそれくらいだ。
琉莉は家でこそ生意気で強気な態度ばかりだが一度外に出てしまえば内気な性格が顔を覗かせる。学校でも猫を被って周りの反応を窺っている。そんな琉莉があんな屈強な男たちに詰め寄られて冷静でいられたはずがない。あえて強気な態度でいたが本当は逃げ出したいくらい怖かっただろう。
話を切り出したはいいが春人はなんと声をかけるべきなのか悩む。
大丈夫だったか?なんてそんな薄っぺらい言葉今更言ったところで何の意味もないだろう。
悩みに悩み結局春人はいつものところに行きつく。
俯き加減の琉莉の頭に手を乗せ優しく頭を撫でる。
(なんか最近こんなことばかりしてるな)
「最近頭撫でれば何とかなると思ってない?」
考えていることが見事に被った。やはり安直な考えだったかもしれない。
ジト目で見上げてくる琉莉の視線が痛い。
「悪かったな。こんなことしか思いつかなくて」
「別に悪いなんて言ってない。そもそも期待もしてない」
琉莉が不満げに口を動かすが少しいつもの調子が戻ってきた。
「なるほど頭撫でられるのは嬉しいと」
「はー?誰もそんなこと言ってないでしょ。お兄きもい」
「いいんだぞ今日くらい甘えても?」
春人の言葉に琉莉は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「うわぁー、お兄のきもさもついにここまで来たか。シスコンだね、シスコン。世の妹を代表して言うよ。あんまり妹に構うと嫌われるだけだよ?」
「構って喜ぶ妹だっているだろ」
「それは漫画とかもっと小さいころとかの話。思春期の女の子は洗濯は別々でと言うし、お風呂のお湯は絶対入れ替える」
「それって父親に対してとかでは?」
世の中の父親がそんな扱いを受けているのはよく聞く。正直かわいそうな話である。
「ていうかお前がそんな態度取ったことってないよな?なんだ?思春期まだ来てないの?――グハッ!」
「誰が見た目小学生だから思春期来てないって?」
「誰がそこまで言ったよ……」
琉莉の右ひじが春人のわき腹に深く突き刺さる。春人は鈍い痛みにわき腹を押さえ身体を折る。
「ふんっ、そこで苦しんでるといい。私は美玖さんたちと楽しく話してくる」
そう言うと琉莉は美玖たちの元に駆けていく。美玖の腕に掴まり嬉しそうに笑顔を浮かべている。
そこに先ほどまでの無理をしているような様子はない。
春人は目元を和らげ見守るような視線を琉莉に向ける。
(全く……もう少し加減しろよ。あー、いってぇー)
わき腹を押さえたまま夜空を見上げる。運が悪いことに星どころか月も出ていない。今のすっきりとした春人の気持ちと裏腹に空は分厚い雲が覆っているらしい。
「なんか雨でも降りそうな――」
そんなことを考えていたからだろうか。春人の鼻先に一粒水滴が落ちる。最初はぽたぽたと気にならない程度だったが、一瞬のうちにバケツをひっくり返したような雨へと変わる。
「きゃあっ、ちょっとなに!?」
「あははっすごい雨!」
美玖は濡れないように頭を手で庇うがこの雨では全く意味をなしてない。
子供のようにはしゃぐ香奈に流石に春人も呆れたような目を向ける。
「喜んでる場合か!走るぞ!」
春人たちは家まで急いで駆ける。
ついたころには全身ずぶ濡れになっていた。
「もう、やだぁ……」
「すっごい降ったね。びしょびしょー」
雨に濡れた美玖と香奈が貼りつく浴衣をしきりに気にする。
髪を流れ落ちる雫に身体に貼りついてラインを強調させる浴衣がとんでもなく色っぽい。
春人はでき~る限り、努力をしてあま~り見ないようにする。それでもやはり少し視線に入るのは仕方ない。ちらちらと視線が美玖たちの方に向かうのを必死に戻していると、そんな兄の下心が丸出しの姿を琉莉が酷く冷え切った目で見ていた。
「……違うんだ琉莉」
「話しかけないで変態」
「いや、話聞い――」
「いいからタオル持ってきて」
目も合わせてくれない妹に本気でショックを受けながら春人は脱衣所でタオルを確保し玄関まで戻ると美玖たちに差し出す。
「二人ともこれ使って」
「うん、ありがとう」
「サンキュー春人」
残ったタオルを今度は琉莉へ渡す。
「あの、どうぞ琉莉さん」
「ふんっ」
奪うようにタオルを取ると琉莉は美玖たちへ話しかける。
「美玖さんたちお風呂入ってってよ。そのままじゃ風邪ひいちゃう」
「え、まあでも……」
「いいの?やったー!美玖、一緒に入ろっ」
考える素振りを見せていた美玖を香奈が無理やり入る方向へ持っていく。実際このままでは風邪をひいてしまいそうだ。浴衣も濡れているので着替える必要もあるだろう。
「あとは着替え……香奈さんのは私のでいいとして……」
琉莉が美玖の身体のある部分に視線を向ける。その後自分の同じところを見て肩を落とす。
「私のじゃ入らないから兄さんのを借りるしかないね」
「琉莉ちゃん今どこで判断したの!?」
落胆している琉莉に美玖が非難めいた声を上げる。
「あ、じゃあ、あたしあれ見たい!彼シャツ!」
「っ!香奈さんナイス」
香奈の言葉に琉莉が、はっと反応する。親指を立て香奈ととてもいい、きりっとした顔で向き合う。
「彼シャツって何だっけ?」
美玖は香奈たちの話についていけずに首を傾げる。そんな美玖へ香奈が人差し指を立て説明する。
「彼シャツっていうのはね。彼氏のシャツを彼女が借りて着ることを言うの。大体男の方が身体大きいからシャツぶかぶかになって着てる女の子は可愛く見えるし、それでお互いドキドキしていい感じのシチュエーションを楽しめるんだよ」
「彼氏っ……!?いや、着ないからね!」
「兄さん早急にシャツ用意して」
「ちょっと琉莉ちゃん!?」
慌てふためいている美玖が少し不憫になり春人が助け舟を出す。
「まあ、美玖も嫌がってるし無理には――」
「さっきのこと言うよ?」
「すぐに用意します」
「えっ、春人君!?」
琉莉の一声で春人は態度を改める。差し伸べられた手が握る前に引っ込められ美玖は絶望したように春人を見る。
「ごめんな。俺今琉莉には逆らえないんだ」
「何があったの二人に!?」
相当余裕がないのか珍しく美玖がツッコミ役に回っていて新鮮に映る。
「兄さん早く」
「はい」
春人は自分の部屋へ向かおうと身を翻す。そんな春人に「待って!本当に待って!」と美玖が抵抗するものだから早くお風呂に入らないと風邪をひくことも考え、香奈と琉莉は渋々美玖の彼シャツ姿を諦めた。




