73話 そりゃあナンパくらいされるよな
「兄さん、私はたこ焼きがいい」
お腹が空いてきたので腹ごしらえにしようと言ったら唐突に琉莉が春人に向かって口を開く。
「おう、好きなもん食えよ」
「うん、だからたこ焼きがいい」
琉莉が春人の目をじーっと見ながら言ってくる。何が言いたいのか春人には何となくわかった。
「買ってこいってか」
「うん」
悪びれる様子もなく頷く琉莉。春人は眉を顰める。
「なんで俺が」
「ご飯買いに行くならついででいいかなって」
「お前も一緒にこればいいだろ」
「私ちょっと足が疲れた」
言うと琉莉が足を気にするように目を向ける。見ると鼻緒が当たってる部分が少し赤い。慣れない下駄に足を酷使しすぎたのかもしれない。
それに気づくと春人は少し驚いたように心配した表情を作る。
「大丈夫か?ちょっと赤いけど」
「休めば平気。だから兄さんお願い」
今回は流石に拒否したりはしなかった。足が疲れたというのも本当だろう。
「他に何かいるか?ついでに買ってくるけど」
「え、いいの?じゃああたしは焼きそばとフランクフルトと唐揚げと――」
「香奈のはとりあえず焼きそばな。美玖はどうする?」
「それなら私も行くよ。一人じゃ大変でしょ?」
「あー……いや、琉莉といてやってくれ。こいつ一人にするとなんか心配だし」
「どういう意味兄さん?」
「別に深い意味とかはねえよ。普通に心配なだけ」
なにか不満を示すような顔を琉莉が作るが春人はやんわり納得させる。
「そう?そういうなら待ってるよ。あ、私はりんご飴がいいかな」
「ああ、了解。頼むわ」
春人は屋台を回って皆から頼まれた品を買い集める。
「結構時間かかったな」
列に並んだり屋台を探したりで思った以上に時間がかかった。春人は急いで皆の元に戻る。
「ん?」
遠目に三人の姿を見つけたが何か様子がおかしい。人混みをかき分けて開け始めると三人の姿がはっきり見えそれと一緒に美玖たちに話しかける三人の男の姿も見えた。
(あー……しまったな……)
春人は理解する。間違いなくナンパだ。
(そりゃあそうだよな。美玖たちだけにしたらこうなるか……)
皆と離れたのは失敗だったと春人は後悔する。美玖の容姿を考えたらこんな人が溢れる場所、ナンパ目的にきている輩が放っておくわけがない。
傍目からも美玖たちが困っているのがわかる。意識的に三人のところだけ人が避けている。自分たちが巻き込まれないようにと防衛しているのだろう。
そこに春人は文句を言うつもりはない。誰でも自分の身の安全が一番だ。それでも少々腹が立つのは仕方ないだろう。困っている三人に見て見ぬふりして傍観している者たちに。
「はぁー……」
春人は短く息を吐くと歩き出して三人に近づく。
「ねえ、いいじゃん?女の子三人だけで夜の祭りとか危ないからさー。俺たちと一緒にいようぜ」
「ですから他に友達と来てるので大丈夫です!」
「君たちみたいな可愛い子置いてっちゃう友達なんて放っておいて遊ぼうよ」
男たちは下卑な視線を美玖たちに向ける。身体を上から下まで舐め回すように視線を這わせる。
そんな卑しい目に美玖は嫌悪感で身体が震えるも気丈に振る舞う。舐められては相手の思うつぼだと。
「だからあたしたちにそんな気ないから時間の無駄だって!」
「そんなこと言わずにさ~。ほらそっちの中学生?君もお兄さんたちと遊びたいよね?」
「は?」
男たちの一人が琉莉を中学生と勘違いして話しかける。真顔でほぼ素の反応を返す琉莉に男は少し困惑し目を丸くする。
「ほらいいだろ?悪いようにはしないからさ」
「ちょっと、ほんといい加減に――」
「あーすみません。俺の連れがどうかしましたか?」
美玖に言い寄る男の間に割って入り春人は男たちを見据える。
顔に笑顔を張り付けてあくまで穏便に済まそうと春人は考えているが内心は荒れに荒れていた。意識的に落ち着いていると言い聞かせないと今にも目の前の男たちにこの怒りをぶちまけそうだ。
「あぁ?なにお前?」
男は急に出てきた春人に見るからに不愉快そうにガンを飛ばしてくる。
「ですからこの子たちの連れですが。何か用ですか?」
「さっき言ってた友達ってまさかこいつのこと?いやいやこんなつまらなそうな男と君たち全然釣り合わないって」
春人の正面に立った男がバカにするように笑うと後ろの男たちも悪意に満ちた笑みを作り笑い出す。
(ふっ、まあ、そう思うわな)
春人は内心、男の言葉に同意していた。確かに自分の冴えない見た目に彼女たちは華やか過ぎる。でもそれを彼らに言われる筋合いはない。春人はできるだけ穏便に済ませようと考えていたのも忘れ目の前の不届き者どもをどう対処するか考え始めた。
そして男の言葉を聞いてた美玖たちの表情も少し厳しくなる。友人、家族をバカにされ先ほどよりも強い不快感をあらわにした。
そんな時だった。透き通っていながらも力強い声が周囲に響く。
「訂正してください」
その言葉に春人は目の前にいる男たちへの警戒も忘れ、つい振り返る。
美玖の力強い瞳にはありありと怒りが色濃く映り男を射貫く。
「彼をバカにしたこと訂正してください」
呆気にとられた春人はこんな状況なのに美玖から視線が放せずにいた。
本当は怖いのだろう。
怯えるように顔を強張らせてはいるが普段の優し気な美玖とは違い、強い意志を宿した瞳からは彼女の凛々しさと美しさが強い光にでもなったかのように力強く輝いて見える。
春人だけでなく香奈や琉莉、周りで美玖たちの様子を窺っていた者まで、誰もがそんな美玖に目を奪われていた。
そして自分の身を顧みず春人のために、ここまで怒ってくれる美玖に心を揺さぶられた。
(あー、かっけえな)
そんな美玖の心を目の当たりにして春人は見惚れながら、本心からそう思った。これほどまでに人をかっこいいと思ったことはなかった。もちろん見た目とかではない、心の在り方がかっこいいと感じた。
「――ッ!」
呆気に取られていた男の一人が我に返り美玖へ詰め寄ろうとする。一瞬とはいえ女子の美玖に気圧されていたことに苛立ちを感じたのか、その目に強い怒りを宿していた。
「おい、こっちが優しくしてるからって調子に乗ってんなよ。なあっ!」
男の手が伸び美玖を掴みにかかる。
美玖もビクッと身構えるが男の手が届くことはなかった。
「触んな」
酷く冷え切った低い声と同時に男の腕が春人に掴まれる。
美玖に危害を加えられそうになりついに春人も抑え込んでいた怒りが溢れてきてしまった。
普段の春人との変わりように男どころか美玖たちも困惑を色濃く顔に表す。
「は?おい放せ、よ……」
男が力任せに春人の腕を振りほどこうとするがビクともしない腕に目を丸くする。
「くっ!おいガキっ!」
頭に血が上り始めた男が腕を振り上げる。
一瞬にして周囲が騒めく。誰もが春人が殴られるであろう未来を予想していただろうがそんなことにはならなかった。
殴り掛かってきた腕を取り春人は背負い投げの要領で男を投げ飛ばすと、砂利が敷き詰められた地面に男は短く呻き声を漏らして叩きつけられる。
「うぐ――ッ!」
春人はほとんど無意識に身体が動いていた。
「あ、やべ」
投げ飛ばした春人の口からやってしまったと声が漏れる。
頭に来てたとはいえここまでやるつもりはなかった。ほんの条件反射だ。まあ、殴りかかってきたのだからこれくらいしょうがない。
「お、お、おい大丈夫かよ!」
残りの男たちが投げ飛ばされた男に慌てて駆け寄る。だが男からの返事はない。完全に伸びてしまったらしい。仲間の悲惨な姿を目の当たりにし残りの男たちが春人を睨む。
(このままどっか行ってくれたら楽だったんだけどな)
どうやら引く気はないらしい。春人も覚悟を決め美玖たちを守るように再び前へと出るがここで遠くから声が聞こえてきた。
「こっち!こっちです警備員さん!」
誰かが警備員を呼んでくれたようで祭りのざわめきに混ざって駆ける足音が近づいてくる。
これに男たちも気づいたのか焦ったように顔色を変え始める。
「は?まじかよ、クソが!」
「おい!逃げるぞそっち持て!」
男たちは気絶した男の肩に手を回すと祭り客を跳ね除けながら逃げていく。
それを見届け春人はほっと胸を撫でおろす。
(穏便……とはいかなかったけどまあ、上々だろ)
こちらに被害は何も出ていない。それを踏まえればこの結果は悪くはなかった。
「春人すげー!春人!」
春人が成り行きに自分なりに納得していると香奈が騒ぎ始める。
「すごいね!ばーんって人が飛んでった!」
「なんか語彙力低下してない?」
テンションが上がった香奈からマシンガンのように言葉が飛んでくるので春人は苦笑する。
「兄さんお疲れ様」
「いや、お疲れって……大丈夫だったか?」
「うん、兄さんが守ってくれたから。流石兄さん。さすおに」
「あーわかった。いつも通りで何よりだ」
怖い思いをしたはずだがいつも通りの琉莉の様子にほっとする。
「春人君、その……ありがとね」
最後に美玖が春人に労いの言葉をかけてくれる。そんな美玖に春人もお礼を返す。
「こちらこそ、ありがとな。俺のために怒ってくれて」
「そんな……確かに春人君がバカにされて頭に来たけど私が個人的に許せなかったってだけで……」
「それでも、怒ってくれてありがとう」
理由がどうあれ春人の感謝している気持ちに変わりはない。美玖の気持ちが嬉しく春人は勝手に顔が緩み、優し気な笑顔を作る。
「あの、えーと……」
そんな春人の顔を真正面から見ていた美玖は急に落ち着きなく視線を彷徨わせながら前髪をいじりだす。
その反応に目ざとく気付いた香奈が、にやーっとした笑みを作り美玖を揶揄う。
「あ~、美玖照れてる~」
「て、照れてないから!何言ってんの!?」
「え~照れてるよ。ねえ琉莉」
「うん。美玖さん顔真っ赤っか」
「~~~ッ!」
琉莉にも指摘され美玖は慌てて顔を隠すがもう遅い。春人もばっちり見てしまっていた。
(珍しいな、ここまで美玖が照れるのって)
今までも照れてるかなっと思われる場面はいくらかあった。でもここまで大っぴらに春人の前で照れてる姿を見せるのは珍しい。
いつもは揶揄い、春人を照れさせるのは美玖の役目だったのでこんな反応をされては春人も対応に困る。
どうしたものかと頭を掻く。
すると耐えかねた美玖の方から声が上がる。
「ほら!ご飯!ご飯でしょ!春人君、買ってきたの食べよっ!」
「え……ああ、そうだ、なっ!?」
突然春人は驚いたように声を上げる。
手に持っていた屋台の食べ物たちに目をやるがその手にそんなものは無い。
「しまった……さっきの騒動でその辺に投げ捨てたかも」
無意識とはいえ両手を自由にしようと手に持っていたものを全て放した。春人は目を見開き地面に視線を巡らせる。
「ん?それなら大丈夫だよ。全部あたしが受け止めたから」
目を皿のようにしている春人へ香奈が両手の食べ物を見せるように掲げる。
「は?いつの間に?」
「春人が美玖を守ったとき?ダメだよ食べ物粗末にしちゃ」
食べ物に対する執念か。あの一瞬でいったいどんな風にしてすべての食べ物を無事救出したのか。春人たちは只々目と口を開けて呆然と香奈を見ていた。
それでも何はともあれ食べ物は無事だ。
「えーと、まあ、ありがとう香奈」
「うんうん、感謝するといいよ」
「香奈さんすごい。私全然気づかなかった」
「うん私も」
皆一様に感心した言葉をこぼす。
香奈のファインプレーで春人たちはやっと落ち着いて食事にありつけた。




