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72話 お兄ちゃんのかっこいいとこ見たいなぁ

 お祭り特有のがやがやとした騒がしいにぎやかさが耳に届く。醤油の焦げる匂いや綿菓子や焼き菓子の甘い香りが漂ってきて、五感で祭りに来たのだと実感する。


「まーつりだ、まーつりー、なーにしようかなー」


 香奈が鼻歌交じりに先頭を歩く。うきうきとしたその様子から楽しさがとても伝ってくる。


「そんなに祭り好きだったのか?」


「え、好きだよ。射的とか輪投げも好きだしでもやっぱり食べ物だよねー。なんで屋台の食べ物ってあんなに美味しいんだろうね」


「頼むから一人で屋台の料理食べつくさないでくれよ」


「流石に全部は無理でしょ。でも一、二件くらいならなんとか……」


 なにやら香奈が本気で悩み始めた。本気で屋台一つくらいは全部食べてしまいそうで怖い。


「琉莉ちゃんは何かやりたいものある?」


「私たこ焼き食べたい」


 後ろの方で聞こえる会話は平和だ。

 そうこうして屋台が並ぶ道を歩いていると香奈の足が止まる。


「あ、射的!あたしあれやってくる!」


「おい……行っちゃった……」


 香奈は呼び止める隙もなく走って行ってしまった。こんな調子だとどこかで絶対離れそうだ。


「あれ?香奈は?」


「射的見つけて走ってった」


「え、追いかけないと迷子になるかもよ?」


「だな。少し急ごうか」


 浴衣の二人に合わせ春人は速度を少しだけ上げる。するとすぐに射撃の屋台を見つけ香奈もそこにいた。


「いたいた。お前ひとりで走ってくと迷子になるぞ」


「いやー、ごめんね。ついテンション上がっちゃって」


 香奈は後頭部を掻きながら、あははと笑う。

 少し遅れて美玖たちも合流する。浴衣が動きにくいのか少し息が上がっている。


「もう香奈ってば、一人で走ってくと迷子になるよ」


「それさっき春人にも言われた」


 美玖が香奈を窘めていると琉莉が春人に近寄ってきた。


「香奈さん射的やるの?」


「まあここまで来たならやるだろうな」


「お兄は?」


「ん?」


「お兄はやらないのって」


「俺は……別に」


「お兄昔よくやってなかった?」


「やってたけどこの年になってはそんなにやりたいとは――」


「私ぃ、お兄ちゃんのかっこいいとこ見たいなぁ」


 琉莉は両手を口元に置き、こてっと小首をかしげる。急にそんな可愛らしい反応をするものだから春人は口いっぱいに梅干しを突っ込んだような渋い顔を作る。


「……何その反応?」


「気が狂った妹を見たときの反応」


 琉莉は右手を思いっきり春人のみぞおちに叩き込むが危ういところで春人の手が間に入る。


「おいよせ、あぶねえだろ」


「誰の気が狂ったって?」


「普段が普段だからこんな反応も仕方ないと思うけど?」


「私いつもお兄ちゃんにこんな感じでしょ?」


「そのお兄ちゃん止めてくれ。マジで寒気が」


「ほんと失礼だなこのお兄」


 春人は腕を手で擦り合わせる。気づけば鳥肌が腕に浮かんでいる。


「そんで?なんだよ今回は」


「あれ」


 琉莉は射的の屋台を指さす。正確には屋台の中にある景品を。


「あのきつねのぬいぐるみ欲しい」


 琉莉が指差す先にちょこんと座った体勢のきつねのぬいぐるみが鎮座していた。


「え?どうした?なんで急にそんな女の子みたいなこと言い出した?」


「私は女の子だけど」


「でも中身おっさんだろ?」


「また殴られたいのかな?」


 琉莉のこめかみ付近がぴくぴくと痙攣し始めた。本気で怒り始めたかもしれない。


「あれ私が好きなゲームのキャラなの」


「あーーーすっげえ納得」


「そういうことで……お願いお兄ちゃん」


 にこっと太陽のような笑顔を春人に向けてくる。学校の男子が見たらその可愛さに卒倒しそうだ。裏がわかっている春人にはただの悪魔の微笑にしか見えないが。


「はー、しゃあねえな」


「流石お兄。なんだかんだ私の言うこと聞いてくれるとこ好きだよ」


「へいへい」


 春人はすでに射的を始めていた香奈に並ぶように立つ。


「あれ?春人もやるの?」


「琉莉にせがまれてな。仕方なく」


「本当にお兄ちゃんだよね春人って」


 香奈はおかしそうに笑うと射的用の銃でコルクを飛ばす。コルクは見事に的を外していった。


「うあぁーーー、当たらん!」


「そりゃあそんな適当に撃ってれば当たらんだろ」


「あたし的にはちゃんと狙ってるつもりなんだけど」


 香奈が唇を少し尖らせて不服そうな顔を作る。だが銃の持ち方も体勢も滅茶苦茶だった香奈は春人にはそう映っていた。


「狙ってたんだな。それは悪かった。――すみません、一回お願いします」


 春人は屋台のおっちゃんに代金を支払い、銃と玉となるコルクを受け取る。コルクは五つ。なんとかこれだけで撃ち落としたい。


 銃の先端にコルクを詰め春人はぬいぐるみに狙いを定め引き金を引く。だがコルクはぬいぐるみの右側へと逸れてしまった。


「あー外れたね」


「まあ、最初はな」


 香奈の言葉に春人は淡々と答える。最初から当たるとは思っていなかった。一発目は銃の癖の確認だ。銃も全く同じものなどない。一つ一つ銃口が右に逸れてたりと銃によって癖がある。


 だからそれさえ理解すれば――。


 パンッ――。


 乾いた音が鳴り春人が撃ったコルクがぬいぐるみに当たる。


「当たった!」


「おし、これくらいだな」


 二発目でぬいぐるみへコルクを当てることができたのでこっからは微調整だ。幸いぬいぐるみも多少揺れた。絶対取れないような景品ではないらしい。


 頭が大きいぬいぐるみの頭部を狙い春人は引き金を引く。見事に命中したぬいぐるみは先ほどよりも前後に大きく揺れそのまま台から落ちていく。


「おー!兄ちゃんうまいな!ほれ景品だ!」


 屋台のおっちゃんが景品を取られたにもかかわらず機嫌よく春人の腕を褒める。

 受け取る際「どうも」と軽く頭を下げぬいぐるみを琉莉へ渡す。


「ほらよ」


「うん、ありがとう兄さん」


 ぬいぐるみを受け取ると琉莉はまじまじとその顔を見つめぎゅっと抱き寄せる。その年相応に見える反応に春人は思わず苦笑する。


(まあ、喜んでるならいいか)


 そんな反応一つで先ほどまでの妹の愚行も今はもうどうでもよくなっていた。


「ねえねえ春人ー」


 琉莉の反応に満足していると香奈がやや甘えるような猫なで声で話しかけてくる。


「……なんだよ」


「あたしもーなんかほしいなー」


「……そこのキャラメルでいいか?」


「なんでそんな適当な対応なの!?」


「いらないのか?」


「いるけど!」


 呆れるようにため息をつき春人は宣言通りキャラメルが入った箱を落とす。


「ほらよ」


「いえーい、ありがとー春人」


 こうなっては一人放っておくわけにもいかない。


「美玖もなんかいるか?」


 一人景品をプレゼントしていない女子へ声をかける。


「え、いいの?」


「他の二人に取ってやったのに美玖だけ取らないってのもな。取れそうなやつなら取るぞ?」


 春人の言葉を聞いて美玖は屋台の方へ視線を向ける。少しの間目を彷徨わせ視線が一点に止まる。


「あれとかって取れる?」


 美玖は四つ葉のクローバーをかたどったキーホルダーを指さす。


「あー……小さいから当てるの難しそうだけど当たれば落ちそうだな」


 春人は銃を構える。狙いを定め呼吸を止めて、引き金に力を入れる。

 コルクがキーホルダーに当たって高い音を立てるとそのまま台の下へと落ちていった。


「本当にうまいな兄ちゃん!ほら、もってけ泥棒!」


 先ほど同様上機嫌なおっちゃんから景品を受け取り美玖へ渡す。


「はい美玖」


「わぁー、ありがとっ。すごいね春人君」


「昔よくやってたからな。慣れだよ」


 なんてことはないと春人は言う。実際昔はよく祭りで景品を取り漁っていた。あまりに取りすぎて一時期出禁扱いになるほどには春人は射的がうまい。


 そんな春人の意外な特技を知り美玖は感心したように目を丸くする。


「春人君って身体使う遊びうまいよね。運動神経いいし」


「これって運動神経関係あるのか?」


「うーん……ないかも」


 えへへと少しはにかむように笑う美玖。その照れを隠す反応が可愛く春人はついドキッとしてしまう。


(不意打ちのその笑顔はせこいぞ)


 悟られないよう平静を保ちながら春人は誤魔化すように口を開く。


「次行くか。なんか腹減ってきたし」


「あ、あたしもお腹空いた。焼きそば食べたい!」


 言うと香奈は人混みに向かって駆けていく。


「あっ、ちょっと香奈迷子になるって!」


 先ほどの注意をもう忘れたのか、そんな困った香奈を追って美玖も駆け出す。


「俺たちも行くか」


 春人は隣に並ぶ琉莉へと話しかける。だが琉莉はそんな春人に、にまーっと横目を向ける。


「お兄今照れてたよね?」


「……何のことだ?」


「美玖さんに笑顔向けられて照れてたよね」


「さあ、気のせいじゃないか?」


「美玖さんの照れを隠すような笑顔にドキッとしたよね?」


「しつけえなっ」


 なぜかぐいぐいくる琉莉はとても楽しそうにニヤニヤしている。見ているととても腹が立ってくる。


「なんなんだよ妙に絡んでくるな」


「お兄の反応が面白くてつい」


「ついじゃねえよ。アホなことやってないで行くぞ」


 春人は琉莉との会話を切り上げ歩き出す。その後ろを琉莉がとことことついてくる。

 終始なぜかにやにやと笑みを浮かべていたがあえてつっこむこともせず無視を貫いた。

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