71話 夏といえばお祭りだよね
「お兄って今日の夜暇だよね?」
リビングでテレビを見ていると唐突に後ろから琉莉に話しかけられた。
「夜?暇だけどなんだよ」
「暇ならいいんだよ。暇なら。ひひ」
琉莉は春人の返事を聞くと楽し気に歯を見せて笑う。何かを企んでいるような笑みに春人は怪訝な表情を作る。
「おいなんだその反応は。お前何する気だ」
「え、何もー」
わざとらしく口笛なんか吹いている。絶対何かある反応だ。
「今度は何する気だよ」
「だから何もしないって」
「俺がその言葉を信じると思ってんの?」
「妹の言葉を信じてくれないなんてわたしゃ悲しいよ。よよよ」
目元に指を添え泣くような仕草をする琉莉。それに春人は冷めた視線を送っていた。
「……おい。泣いてる妹に向ける目か?」
「ほんとに泣いてれば違っただろうな。泣いてる振りなら正しい反応だろ」
「兄ならその辺も踏まえて優しく妹に声をかけるものじゃない?」
「計算された演技になんで優しくしなかんのだ」
「それが兄としての宿命だからだよ。兄なら広い心で全てを受け止めないと」
「受け止められる側から言われるとなー、意地でも行け止めたくねー」
ひねくれた態度を返す春人に琉莉が口を歪める。
「うわぁー、そんな子供みたいにわがまま言ってると妹からも見捨てれるよ」
「わがまま言ってんのはお前だしもう誰かに見捨てられてるみたいな言い方すんな」
「……気づいてないってのは幸せだよね」
意味深に顔を逸らす琉莉の横顔は何か憐れんだ同情するような感情を滲ませる。
「え、なにその反応?え?俺誰かに見捨てられたりしてんの?」
「まあ、それはどうでもいいんだけどさ」
「いやよくねえ――ってどこ行くんだ?」
「部屋に戻るんだよ。あ。覗いたりしないでよ」
「覗かねえよ。じゃなくてお前さっきの話――」
春人の言葉を聞かず琉莉はリビングの扉から出て行った。
「……は?まじで何だったんだあいつ」
本気で言ってたのか冗談だったのかわからない言葉を残していった琉莉のせいで春人はもやもやとした気持ちのままリビングに残される。折角見ていたテレビの内容もその後は全く入ってこなかった。
それから数時間が経ち外も茜色に染まってきたころ家のインターホンが来客を知らせる。
「ん?こんな時間に誰だ?」
リビングの扉を開け廊下を歩く。玄関も扉を開けると――。
「あ、春人君こんばんはー」
「え……」
目の前に現れた美玖の姿に春人は驚愕し目を見開く。だがそれも仕方がない。こんな時間に美玖が訪ねてくるなんて想像もしなかったし今の美玖は普段と装いも違っていた。
美玖は黒い浴衣をその身にまとい笑顔を向けている。浴衣には花火の刺繍が施されていてそれがまた華やかで美玖の雰囲気ととても似合っている。
「やー春人ー、元気だったー?」
美玖に気を取られて気づくのが遅れたが後ろから香奈も顔を出す。美玖と同様浴衣を着ていた。明るい黄色の浴衣が元気印の彼女によく合っていた。
「あー……ん?どうしたんだ今日は?」
「あれ?琉莉ちゃんから聞いてない?」
「え?」
聞いてない。琉莉からなんて何も聞いてない。困惑していると後ろから声が聞こえてきた。
「美玖さん、香奈さんいらっしゃい。暑いからとりあえず上がって」
振り向くとそこには浴衣を着た琉莉の姿があった。もうここまで来たら春人でも予想がつく。
「夏祭りか……」
春人は低く呟く。現状を踏まえるとこれしか思いつかなかった。その証拠に今日は春人の家の近所で祭りが開催されている。他にもうないだろう。
「琉莉聞いてないんだが?」
「言ったよ。夜暇?って」
「それは聞いた。夏祭りの件は聞いてねえぞ」
「それくらい察してよ」
無茶なことを言う。この妹は兄をエスパーか何かと勘違いしているのではないか。
「ほら兄さんも早く準備して」
「やっぱり俺も行くんだな」
「行きたくないならいいけど」
「そんなことは言っていない」
春人は急いで自分の部屋に駆けていく。
「美玖さんたちはリビングで待ってて」
「うん、じゃあお邪魔します」
「お邪魔しまーす」
琉莉は美玖たちをリビングまで案内しキッチンへ向かう。コップに麦茶を注ぎ二人の机の前に置く。
「ありがとね琉莉ちゃん」
「ありがとー」
お礼を言うと二人ともコップに口を付けてこくこくと半分ほど飲み干していく。やはり外は夕方といっても暑かったのだろう。喉が渇いてたみたいだ。
「琉莉、春人に言ってなかったんだね」
「びっくりさせようと思って。予定だけ聞いといた」
「あはは、びっくりはしてたよねー。でもあたしたちの浴衣見て感想一つもなかったのは減点だね」
香奈は難し気に眉を顰める。それを見て美玖は苦笑する。
「まあ、そんな余裕なかったみたいだしね。今日家の人はいないの?」
「お父さんは出張でお母さんはそれについてった」
「え、じゃあ今日琉莉ちゃん達しかいないの?」
「うん、たまにこういうことあるし慣れてる」
どうってことないと言う琉莉。実際に春人たちが中学三年生に上がったころから度々あることだ。いい加減慣れている。
「へー家に親がいないとかうちじゃ絶対にありえないけどね。ということは……夜遅くまでゲームやり放題じゃん。いいなー」
「ふふふ、確かにそうだけどそれは兄さんくらいかな。私はちゃんと寝るよ」
「偉いね琉莉ちゃんは」
美玖に褒められ琉莉は満悦に目を細める。本当は夜遅くまでゲームをやっているのは琉莉の方だがそんなこと琉莉が言うわけもなく春人の株が知らないうちに下げられる。
「じゃあ今日のご飯ってどうするの?」
「祭りでたくさん食べる。それでお腹いっぱいにする」
「あはは、なるほどね」
むふっと胸を張り得意げに語る琉莉に美玖は苦笑する。
雑談しているとリビングの扉が開き春人が顔を出す。
「準備できたぞ」
「おーし、じゃあお祭りいっくぞー!」
香奈のテンションが一段階上がる。いったい祭りが終わるまでにどれほどテンションが上がるのか。
もう薄暗くなり始めた夜の世界に春人たちは繰り出した。




