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70話 夏休みのファミレスは学生の溜まり場

 空調の効いたファミレスで春人は必死な形相で紙にペンを走らす谷川の姿を頬杖をついて見ていた。


「なー、俺なんで呼ばれたの?」


「俺の補習の課題手伝ってもらうためだけど?」


「なー、俺なんで呼ばれたの?」


「難聴なのか!」


 やる気の欠片もない春人の顔を谷川は目を血走らせて睨みつける。

 そしたらちょうど呼んでいた店員がやってきた。


「お待たせしました。ご注文をぉおっ!?」


 店員の男性が谷川の顔を見て震えあがる。


「あ、すみませ~ん。フライドポテト一つお願いしま~す」


 春人の横に座る茶髪の髪をワックスで固めた男子が店員に注文を頼む。


「は、はいぃっ!」


 店員は注文を聞くと逃げるように厨房の方へ走って行ってしまった。


「ふっははは、谷川の顔怖いからあの店員怖がっちゃってたぞ」


「うるせぇー好きでこんな顔してんじゃねえよ。つうか小宮食ってないで手を動かせ」


「一応これお前の課題なんだけどな」


 小宮と呼ばれた男子は呆れたように谷川を見るとやれやれと机の紙に視線を落とす。


「小宮もよくやるな。こんなの放っておいていいんだぞ」


「別に暇だしな。お盆で部活も休みだし。こんなことでもないとわざわざ外にもいかんし」


 谷川の課題を手伝わされているにもかかわらず文句も言わない小宮。春人は感心したように小宮の顔を見る。


 小宮真司。春人たちと同じ学校でクラスメイトの男子高校生だ。春人と関わりのある数少ない男子の一人でこうして谷川の課題の手伝いをしていることからも人付き合いの良さが見受けられる。長身で清潔感のある見た目から女子人気もまあまあある。


 小宮は苦笑を浮かべながら春人へ視線を向ける。


「まあ、谷川の課題だし、百瀬は無理にやる必要もないぞ?」


「……お前がやってんのに俺だけやらなかったらすげえやなやつみたいじゃんか。手伝うよ」


 しぶしぶ谷川から課題の用紙を受け取りペンを握る。


「百瀬も案外甘いよな」


「お前もだろ。そんなんだからこいつがつけあがるんだよ」


「なんだよ?いいじゃねえかよ手伝ってくれても。こっちは夏休み返上で勉強してんだから」


「それもお前の自業自得だけどな」


 谷川は勉強会の成果も虚しくテストで赤点を取り夏休みに補習を受けていた。補習自体はお盆前で終わったようだが代わりにたくさんの課題が出たらしい。

 その課題の処理のために春人たちは今日駆り出されていた。


「俺も暇じゃないんだけどな」


「なんか用事あったのか?」


「いや、ないけど」


「暇なんじゃねえか」


 軽口を叩きながらペンを動かす。テスト勉強とかではないので普通にしゃべりながら作業が進む。


「夏休み皆はどっか行った?」


「補習漬けだよわかるだろ」


「谷川はそうか。百瀬は?」


「俺は……あー、海やプールとかは行ったかな」


「夏休み満喫してんなー。俺は部活で今んとこ夏っぽいことしてないな」


 小宮が羨ましそうに苦笑する。夏休みに遊びに行けないくらい部活が入っているなんてやっぱり運動部は忙しいのだろう。


「部活大変なのか?」


「ん?大変っちゃ大変だけど好きでやってるから別にって感じ」


 不満とかはないと小宮は返す。


「それならいいじゃねえか。俺なんか高校最初の夏休みが半分以上補習で終わっちまったよ」


「谷川のは百瀬の言う通り自業自得だからなあ」


「それでも文句くらい言いたくなるだろ。あーっ、俺も海やプール行きたかったぞっ……つうかさ百瀬?」


「なんだ?」


「海とか誰と行ったんだよ?」


 春人は課題に走らせていたペンを止める。その表情が無意識に強張る。


「……妹とかな」


 海やプールに行ったメンバーを知ったら絶対に面倒なことになる。春人は嘘ではない範囲で答える。


「妹って……ああ、そういえば百瀬妹いたもんな。一度教室で騒いでたな谷川が」


「ああ、それそれ。こいつのせいでマジでひどい目にあった」


「くっ、悪かったよあん時は。そうかー家族で海かー。俺の親もう海とか連れてってくれねえからなー」


「家族……」


 春人はつい言葉に出てしまったが途中で言い淀む。それが逆に不自然で谷川に疑問を持たれる。


「なんだ?家族で行ったんじゃないのか?」


「えーとな……家族とかではなく」


 頬を引きつり始める春人に谷川は怪訝な顔を向ける。

 そんな春人に小宮が思い付きで言葉をかける。


「あ、もしかして桜井さん?」


「んっ!」


 驚き唾が喉につっかえる。春人のそんな反応を見て二人の考えは確信に変わる。


「マジかよお前!なんで俺も呼ばねえんだよ!?」


「なんで呼ばないけねえんだ。会長もいたんだぞ」


「かいちょーぉおおおっ!?」


(あ。しまった)


 つい口が滑り春人は口を開け固まる。


 そしてこの言葉に小宮も目を大きく開け驚きを示す。


「会長?生徒会長?百瀬って会長と仲良かったっけ?」


「ちょっと生徒会の仕事手伝うことがあってな……それで」


「へー、すげえな会長と海って」


「俺も自分でそう思うよ」


 春人は曖昧に笑って見せる。この場で言うべきではなかったかもしれない。学校でもとんでもない人気に支持を持つ葵と海に遊びに行ったなど要らぬ誤解を生みかねない。


「となると、百瀬に百瀬妹、桜井さんに会長……他にもいたの?」


「あとー……生徒会の人が……数人いたな」


「へー、本当にすごいメンバーで行ったんだな」


「あはは……そだね」


 小宮はただの好奇心で聞いているのだろうが春人はもう何も聞かないでほしかった。


「そんなことより谷川の課題だ。早くやらないと終わらんぞ」


「課題なんてどうでもいいッ!」


 話を切り上げ課題へ意識を向かわせようとしたが目を見開く谷川に邪魔される。


「お前……さっきあんなに課題手伝えとか言ってたのに」


「課題なんていつでもできるだろッ!どうだったんだ!?どうだったんだ海は!?」


 机に乗り出し春人へ詰め寄る谷川。なにをこんなに必死になっているのか。呆然とその顔を凝視する。


「はー、どうだったって……別に普通だよ」


「普通なわけあるかそんなメンバーで海に行って!」


(それはまあ、確かにな)


 確かに普通の旅行ではなかった。いろいろとあった。ほんといろいろと。


 春人がまだ記憶に新しい海での出来事を思い出していると谷川が両肩を掴んでくる。


「百瀬!いい加減お前ばかりいい思いするのはずるいんだよ!」


「っんだよいい思いって?」


「桜井と仲いい時点でずるいんだよ!」


 妬みつらみを混ぜに混ぜた淀んだ目が春人を射貫く。人間はこれほど淀んだ目が作れるのか。少し谷川が哀れに見えてきた。


「ああ、でも百瀬って入学してからずっと桜井さんと仲いいよな。羨ましがってた奴結構いたぞ」


「そこはまあ、何となく察してたわ」


 学校一可愛い女の子と噂させる美玖と仲良くしてればそれはもう男子としては面白くないだろう。それくらいの妬みくらいは潔く受け入れるつもりだ。


「なんか百瀬を陥れようと色々と画策してたな」


「なんだそれ!?それは知らんぞ!?」


 衝撃の事実だ。まさかそこまで恨みを買っていたとは春人は驚愕する。


「何だっけかな……机の中水浸しにしようとか、そもそも机隠そうとか」


「結構ハードないじめじゃないかそれ!?」


 自分の身に起きていたかもしれない事象に春人は悪寒を覚える。


「はっ、そういえば歴史の教科書の聖徳太子に落書きされてることがあった」


「あ、それ俺だ」


「てめえかよ!?」


 思い当たる節があり春人が恐々としていると谷川が自白する。


「は?なに?お前もそのいろいろ企んでたやつらの一人か?」


「一人というか……百瀬春人を陥れる会の会長が俺だしな」


「なんだその物騒な会!?」


 とんでもない組織が結成されていた。春人の知らないところで密かに暗躍していたらしい。


「なんてもん作ってんだよお前!」


「俺だって一人じゃこんなん作るつもりはなかった。多くの同士がいたからこそここまで大きくなったんだ」


「は?大きくって……いったい何人くらいいるんだ?」


「五十くらい?」


「結構いんなぁー!一クラス以上じゃねえか!」


 これほど多くの生徒に恨みを買っていたとは……さすがに春人も落ち込む。


「つうかお前、友人陥れるための会作るとかどんな神経してんだよ」


「友人だろうと自分だけいい思いしてる奴なんて許せんだろうが」


「……付き合い方考えるは」


 なぜ本人を前にしてここまで堂々とした態度でいられるのか。谷川の精神を疑う。


「まあでも今んとこ実害ないんだろ?」


「教科書に落書きくらいだな……たぶん」


 もしかしたら他にも何かあるのかもしれない。春人が気づいてないだけで。


「ていうかあれか、前に俺のこと教室で囲ったやつら全員会員か?」


「あー、そうだぞ」


 悪びれた様子もなく言い張る谷川。教室にもだいぶ会員がいるらしい。


(そうかそうかなるほどな……顔覚えたかんな)


 あの時の連中の顔を思い浮かべながら夏休みが終わった後どう仕返ししてやろうかと画策する。


「あはは、大変だな百瀬も」


「笑い事じゃねえぞ。今後俺は誰に対しても学校で疑い続けることになるんだぞ……お前は違うよな?」


 春人が半眼になって疑いの視線を向けると小宮はおかしそうに口を大きく開けて笑う。


「あはは、安心しろ、俺はそんなんに入ってないから」


「本当か?」


「疑うなー」


「さっき友人だと思ってた奴に裏切られたばかりだからな」


「といってもこればかりは信じてもらうしかないな」


「んー……まあ、そうなんだが……うん、信じるわ」


「おう、サンキュー」


 爽やかな笑顔を作る小宮。

 勘でしかないが小宮はたぶん大丈夫だろう。そんな気がする。


「おおよかったな小宮信じてもらえて」


「うっせえよお前は。とんでもない軍団作りやがって。夏休み終わったらどんな面して学校行けばいいんだ」


「そんな過激なことする集まりでもないから大丈夫だって」


「机の中水浸しにするのと机隠すのが過激じゃないと?」


「実際まだやってないしな」


 まだってことはこれからやるつもりはあるということでは?このふざけた集まり放っておくと危険なのではないだろうか。


「でも谷川が会長なんだろ?ならそんな手荒なことにならんて」


「なんでそう言い切れるんだよ?」


「教科書落書きして終わるような小心者がそんな大それた行動できるとは思わんだろ」


「……確かに」


 谷川の小物具合はよく知っている。そんな谷川がまとめる組織なんて……そんな怖くないかもしれない。


「なんか少し気が楽になってきた」


「だろ?」


 小宮が自信に満ちた顔で笑うとちょうど店員がやってきた。春人の頼んだパフェがテーブルに置かれる。


「こんな男だらけのむさ苦しい中パフェってお前変わってんな」


「別にパフェくらいいいだろ好きに食わせろ」


「でも俺も百瀬がパフェ頼んだ時はちょっと意外だったなあ」


「甘いもんは好きだからな。普段も普通に食うぞ?」


「へー、じゃあさこのジャンボパフェとか食べきれる?」


 小宮がメニュー表の一角を指さす。ビールなどを注ぐ大き目のジョッキにアイスや生クリーム、フルーツなどがこれでもかと盛られている。大きくて迫力がある見た目は写真映えしそうで女子に人気がありそうだ。


「ああ、これなら前食ったぞ」


「マジでかっ」


「おう、と言っても俺一人じゃなく妹もいたけどな」


「それでもこの量二人で……胸やけしそう」


「甘いもんならいくらでも食えるからな俺」


「そのパフェ食べた後でも?」


「?ああ、まあ食えると思うけど」


 小宮がおかしなことを聞いてくるので春人は不思議そうに首を傾げる。


「ならこれ頼んでみていい?ちょっと見てみたいんだよねえ。あっ、もちろん俺も食うからさ」


「別にいいけど……そんなに食いたくなったのか?」


「ちょっと興味が湧いてさ。それに男だけでこんなパフェ食ってるのも笑える」


「笑えるって……いや、まあそうだけどな」


 男三人がジャンボパフェに食らいついてるところを想像して春人は笑ってしまう。


「んじゃ頼むわ。どうせここは谷川の奢りだしな」


「なに!?聞いてねえぞ!」


「課題手伝ってやってんだからこれくらいいいだろ?それに百瀬に迷惑かけたんだからそれくらいの寛容がないとモテねえぞ?」


「え、モテない、マジで?」


 モテないという部分に谷川は過剰に反応を示す。それを見て手ごたえを感じた小宮が口角を上げ笑う。


「ああ、やっぱり女子も心に余裕がある奴の方が好きだろうしな」


「そ、そうか、確かにな。うん、そうだよな。なら仕方ないここは俺の奢りだ!好きなだけ頼め!」


 谷川が大仰に手を振り上げメニュー表を春人たちに差し出す。


 そんな小宮に丸め込まれた哀れな谷川に同情――なんて気持ちは全くなく春人はメニュー表に視線を落とす。


「え、マジで?じゃあこの黒毛和牛ステーキとライスのセット」


「俺は期間限定特大ハンバーグかな。あ、あとポテト追加で」


「ちょっ、君たち少しは遠慮してもいいんだよ?」


「ここで男気みせる谷川ってモテそうだよな」


「よーしゃっ頼め野郎ども!」


 小宮のダメ押しで谷川は再度雄叫びを上げる。扱いやすくて助かる。


「んじゃ遠慮なく」


「サンキュー、ごちでーす」


 なんの躊躇いもなく春人たちは店員に注文した。


 会計時、表示された値段を見て谷川は顔面蒼白にしていたが春人たちはその分ちゃんと課題の方は手伝った。

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