66話 距離感がわからない男女みたいな反応は何?
近場にあったベンチに琉莉を寝かせ春人は一息つく。
「ふー、とりあえず意識もしっかりしてるみたいで安心したぞ」
「お兄……ありがとう」
覇気のない弱々しい声が琉莉から返ってくる。溺れかけたことは体力的にも精神的にも大分消耗させたようだ。ベンチの上で、ぐてーっと横たわっている。
「なんならもう帰って休んだ方が……」
「そこまでじゃないからいい。少し休めばすぐ動けるから」
現状を見ててもとてもそうは見えないが本人が言うのでしばらく様子を見ることにする。
「なんにしろ無事ならいいや。まじで焦ったぞ。急にお前消えるから」
「あんな大きな波作るプールが悪い。人を溺れさせにきてる」
「確かにあれはびっくりしたな。俺は楽しかったけど」
「人が溺れている横で楽しんでたとか。なんて酷いお兄なんだ」
「おいおいちゃんと助けてやったろ。それに楽しんでたけどお前が溺れてるなんて知らなかったからな。知ってたら楽しめるわけないだろ」
「うっ……うんそうだね。ごめん……」
眉尻を下げ、しゅんっと大人しくなる。やはりまだ本調子ではないのか憎まれ口も吐かない琉莉にこちらの調子も狂う。
春人は頭を掻き何かを見るというわけでもなく周囲を見渡していた。
そんな困った様子の春人を琉莉は下から見上げる。
(くーっ、不覚!まさか溺れるなんて。お兄どころか美玖さんにまで心配かけるなんて……ほんっとーにあの波マジで許さんぞ)
最早消えてなくなっている波に恨みったらしく吐き捨てる。
(あーもぉーどうしよう。美玖さんの反応も全然変わらないしもう私の勘違いなのかな……)
反応という点では先ほどとびっきりの反応を示してくれたが溺れていた琉莉が知るはずもない。
一度考えてしまえば徐々に塗りつぶされていく。ただの琉莉の思い込みだったと勘違いなのだと。
(……うん、もうやめよ。折角楽しんでるのを私が邪魔しちゃ悪いし)
琉莉の中で考えがまとまったタイミングで美玖が春人たちの元に駆け寄ってきた。
「ごめん遅くなって。はい琉莉ちゃんこれ飲んで元気出して」
「ありがとう美玖さん」
美玖は琉莉にスポーツドリンクを渡すと今度は春人へ身体を向ける。
「えーと……春人君も、これ」
「ああ……ありがとう」
春人も美玖から飲み物を受け取る。傍から見てもぎこちないやり取りが交わされる。お互い視線も合わせずに会話もない。そしてこんなのを近くにいる琉莉が見逃すはずもない。
(え、なに?なんでそんなお互いの距離感がわからない初々しい男女みたいな反応してんの?)
琉莉は目を丸くし呆然と二人の様子を観察する。
「あのね。本当にさっきのは気にしなくていいんだよ。ちょっとした事故だし」
「そうだけど……それでも思いっきり抱き着いたのはまずいだろ」
「――ッ!?」
琉莉は驚愕のあまり飲んでいたスポドリを盛大にこぼすがそんなこと気にしてられない。
(抱きついたぁっ!?お兄が!?美玖さんにぃー!?)
いったい何が起きているのかと困惑する琉莉を余所に話が進む。
「別に抱きつかれたのはいいというか……本当に気にしてないんだよ?」
「ん、まあ、そう言ってもらえるのはありがたいけど多少は気にしてほしいというか……」
「?どうして?」
「……美玖は女の子だし……その辺はちゃんと気にしてもらわないと俺も困るというか」
照れくさいことを言っていることに恥ずかしくなり春人は口元を隠しながら視線を逸らす。
そんな春人の反応に美玖は目を丸くするがすぐに嬉しそうに頬を緩め口を開く。
「心配しなくても春人君以外にこんなこと言わないよ?」
「んなぁ!」
「ひひ、どきどきした?」
悪戯が成功して喜ぶ子供のように美玖が無邪気な笑顔を振りまく。そんな美玖に春人は半眼でため息をつく。
「お前なぁ……こんな時にまで揶揄うなよ」
「揶揄うなんて。これは本心だよ?」
「だからそういうのだよ」
心から楽しそうにしている美玖に春人もやぶさかではないといった様子でこの状況を楽しんでる。
(私が溺れている間になにがあったぁッ!?)
今日一番の驚きに琉莉は内心で絶叫する。
(なに!?なんなの!?めっっっちゃっ楽しそうに!この短時間でなにがあったの!?)
ぼーっとしていた頭が活性していく。二人の態度の変わりように琉莉の中で再び好奇心という火が燃え上がる。
(これはやっぱり美玖さんは……くそっ!情報!とりあえず情報!)
考えを巡らせるにも情報が足りなすぎる。
琉莉はちょっと耳に聞こえて気になった体で口を開く。
「さっきからなに話してるの?」
さりげなく。至ってさりげなく。
すると春人と美玖がわかりやすく二人揃って肩を跳ねる。息もぴったりでなんとも仲のよろしいことで。
「いや、別に大したことではないぞ」
(抱きついたことが大したことないと抜かすか己は)
誤魔化すようにそっぽを向いてしまった春人に代わり美玖へと視線を向ける。
「うん、大したことではないけどやっぱり言うのは恥ずかしいから……ごめんね」
(なんですその意味深な言葉は!でも可愛いから許せてしまうぅ……!)
両手を合わせて、こてっと首を折る美玖に琉莉の感情が荒ぶる。どうしても知りたいという気持ちが可愛いで塗りつぶされていく。
「あー、琉莉さっきも聞いたけど体調悪いならやっぱり今日は――」
「治った」
「は?」
「治った。次行こう」
呆気に取られている春人を余所に琉莉は立ち上がる。
こんなところで休んでいる場合じゃない。琉莉には確かめなければならない重要な使命があるのだから。
「琉莉ちゃん本当に平気?」
「うん、もう何ともないよ」
先ほどとは打って変わってしっかりとした受け応えに美玖も少し目をぱちくりと瞬かせる。本当にもう何ともないようだ。それどころか何か活力で漲っている様子だ。
「それじゃあ次はどこに行こうか」




