61話 こんなに柔らかいものなの?
休憩した後は各自好きに遊ぶことになった。
香奈は美玖とその辺を散策に、葵は釣りをしてくると道具一式を担いで岩場の方へと歩いて行った。琉莉はもう少し休むということでパラソルの下で座っている。
春人も一緒に休もうと思ったが「お兄がいるとゆっくり休めないからどっか行って」となんとも冷たいことを言われた。
くるみに関しては気づいたらいなくなっていたのでどちらかといえばそっちの方が心配だった。
「一応会長がGPS持たせてるって言ってたけど本当に大丈夫か?」
くるみを探すついでに春人も周辺の散策をする。
砂浜を歩いていると綺麗な色の貝殻がそこらに散らばっていた。鮮やかな色がついて綺麗なものや光に反射して輝くものなど貝によって様々だ。そこに形まで違うので一つとして同じものがない。
「こういうのって空き瓶とかに入れとくと綺麗かな」
春人は一枚貝殻を拾ってみる。渦を巻いているよく見るタイプの貝だ。よく海沿いのお土産屋とかに売っている貝殻のお土産を思い出す。瓶の中に色鮮やかな貝や砂が入ったお土産だ。
思い出すと少し気になってきた。あれを自分で作れないものかと。
「材料には困らないんだよな」
見渡せば貝などそこら中に落ちているし砂だってそうだ。瓶もあとでどこかで調達すればいい。
作成の目処が立つと春人はその場に屈み貝殻を探し出す。
「これは色が綺麗だけど欠けてんな。これはちょっとでかい……」
気づけば貝殻探しに夢中になていた。一心不乱に地面へ視線を向ける。
しばらく屈みっぱなしだったので流石に疲れ春人は立ち上がり背中を伸ばす。
「んーーー……はー。いっぱい落ちてるけどなんかこれってものが見つからないな」
春人は周囲の地面を見渡す。確かに貝はいくらでもある、それでも春人のお眼鏡にかなうものがなかなか見つからない。
「というか……俺結構恥ずかしいことしてんな」
男子高校生が一人で海で綺麗な貝殻を探している。傍から見れば滑稽に映るのではないだろうか。
(今は知り合いしかいないからまだいいけど……いや違うな。知り合いだからこそ恥ずかしいな)
こんなとこ美玖や香奈に見られてみろ。春人はしばらく寝込むかもしれない。
「……一旦もう少し歩いてみるか。なんか他にあるか、も?」
春人はどこに行こうかと遠くに視線を飛ばす。ぐるっと海にまで視線を向けたときだ。海にぷかぷかと浮かぶ何かを見つけた。
「なんだあれ?――ん?……んー?」
目を細め遠くに焦点を合わせようとする。
波に揺られ不規則な動きをしているそれは白っぽく発泡スチロールにも見えるがそれにしては綺麗すぎる気がする。海に漂っているのだからもう少し汚れていそうだ。あと特徴としてはなんか線のようなものが入ってって髪の毛みたいなものが……。
春人ははっと目を見開く。
「え?え……えぇえええっっっ!?」
春人は気づけば全速力で駆けていた。腰まで海に浸かれば全力で泳ぎすぐに浮いているものにたどり着く。
「大丈夫ですかッ!?」
春人は叫ぶように大きな声を出す。抱きかかえたそれは春人が思った通り人だった。あんな風にぷかぷかと浮かんでいるのだから溺れているのだと必死で駆けつけたのだ。
それなのだが――。
「んー?もも君どうしたのぉ?」
溺れていると思い抱きかかえた人からそんな呑気な声が返ってくる。
「へぇ……?あ、れ?くるみ先輩溺れてたんじゃ……」
「溺れてないよぉ。これつけて海の中見てたぁ」
くるみは顔に付けたシュノーケリングのゴーグルを外し見せてくる。
「な……なんだぁ~……」
春人は一気に身体の力が抜ける。
「どうしたのもも君?」
「え?あー……先輩が溺れてると思たんですよ。それで急いできたので……安心したら気が抜けました」
言葉にするとまた力が抜ける。ぐてーっとする春人にくるみが眉尻を下げる。
「それは心配かけたねぇ。ごめんねもも君」
「あー、いえ、先輩が無事ならいいです」
正直もうそこはどうでもよくなっていた。本当に無事ならそれでいい。
(戻る……いや、ちょっと休むか)
浜辺まではそんなに離れてないが気が抜け落ちた春人には今は戻るよりここでぷかぷか浮いて休みたいと思っていた。
(しばらくしてから戻ろう)
春人が両手足を広げて浮こうとするがくるみが春人から離れずそのままくっついている。「ん?先輩どうしましたか?」
「もも君私のせいで疲れさせちゃったぁ。だから私が支えるぅ」
ぎゅうっと正面から抱き着き春人を支えようとする。
「もも君は楽にしててぇ。私が支えてるからぁ」
「いや、支えるって……んん!?」
正直抱き着かれてた方が危ない。できれば離れてほしいと思うが胸に当たるむにゅっと柔らかい感触で春人の思考が停止する。
(え、このなんか柔らかいのって……そりゃそうだよな。だって今水着一枚、布一枚だけなんだからそりゃあほぼダイレクトに伝わてくるよな)
春人は視線を下げそうになるが鋼の意志で天を見上げる。今自分の胸のあたりで何が起きているのか……見てしまったら多分後に戻れない。
「もも君?どうかしたぁ?」
「いえ!お気になさらず!」
天を見たまま春人は早口にまくしたてる。くるみに不思議そうな視線を向けられるがそんな視線気にしている場合ではない。
(やばいやばいっ。頑張れー理性を保てー。つうか女の人ってこんなに柔らかいの?先輩ってどちらかというと慎ましいというか控えめというかそんな感じなのにこんなに柔らかいものなの?いやいやそうじゃなくて……なんていうか……ありがとうございます!)
理性で制御しようとする頭が後半バグりだし本音を漏らしていく。
頭が熱でオーバーヒートでも起こしたように熱い。ぐるぐると思考が目まぐるしく回転する。
「もも君」
「ど、どうしました先輩?」
「鼻血出てるよぉ」
気づけば春人の鼻からつーっと血が垂れてきていた。
「…………すみません」
くるみの指摘で急に頭が冷える。
(マジか……興奮して鼻血出すとか中学生か)
とんでもなくかっこ悪い姿を見せた気分になった。しかもその原因がくるみを性的に見てしまったことなので自分に対してひどく嫌悪感を感じてしまう。
「もも君一旦海あがろうかぁ。鼻血止めないとぉ」
「はい。すみません。本当にすみません」
「んー、そんなに謝らなくていいよぉ。鼻血なんて誰でも出すんだしぃ」
「それでも、すみません」
もう謝ることしかできない。謝ってないと罪悪感で圧し潰されそうだった。
一応浜辺まで付いたがその頃には鼻血も止まっていた。つくづく申し訳がない。
「止まったみたいだねぇ。よかったよぉ」
「あの……すみません心配かけて」
「ううん。そもそも先輩のせいだしねぇ。こっちこそごめんだよぉ。それとありがとぉ」
にへーっと天使のような笑顔を向けてくる。
(うっ……!眩しい、眩しすぎる!)
春人は思わず目を細め逸らす。
こんな純真無垢なくるみに春人は何を考えていたのだと思ってしまうととてもその笑顔を見ることはできなかった。
「そういえばよく気付いたねぇ。私のことぉ」
「え、あーはい、貝探してて……」
「かいぃ?」
春人は、あっと口に手を添える。
(思わず言っちゃったけど……いや、もういいか)
これ以上恥を重ねたところでもう変わらない。
「貝探してたんです。瓶とかにいれたら綺麗かなって」
春人は羞恥で身体が熱くなるのを感じた。
(やっぱり口に出すとキモいな。なんだよ瓶に入れたら綺麗かなって。乙女かよ)
自分で言っといてツッコミまで入れてしまう。
そんな羞恥に焼かれそうな春人にくるみはにこっと笑顔を見せた。
「貝殻集めかぁ。いいねぇ、私もやるぅ」
「え……え?そう、ですか……じゃあ一緒にやります?」
「うん」
特にバカにした様子もなくのりのりのくるみに春人は出鼻を挫かれる。
呆然と立ち竦んでいるとくるみが振り返り春人を呼ぶ。
「もも君行くよぉ」
「は、はい。行きます」
急いでくるみの隣に並ぶ。それだけでくるみは楽し気に笑顔を向けてくる。
(マジで天使だぁ。はぁー……この笑顔一生守りたい)
儚くため息を吐きながら春人は生涯この笑顔を守っていくと心に誓った。
くるみとの貝殻集めを終えパラソルに戻ると春人たち以外全員集まっていた。
「お、帰ってきた。春人たち何してたの?」
「ちょっと貝殻集めてたんだ」
「え、なんでそんな乙女チックなことを?」
これが普通の反応なのだろう。少し前の春人なら恥ずかしくて居たたまれなかったが今は香奈の反応に少し安心する。
「あ、くるみ先輩が集めたかったんですか?」
「ううん、もも君が欲しかったんだよぉ」
「え、なんで?」
一瞬納得した香奈がくるみの言葉に真顔になる。
(そうだよな。普通その反応だよな、わかるぞ)
春人は内心で頷く。男子高校生が貝殻集めなんてちょっと……あれだ。
「瓶に入れたら綺麗かと思ってな。それで集めてたんだ」
「そ、そう……それはまあいいんだけど。なんでそんな誇らしげなの?」
「先輩が楽しんでくれたからな。そう気にするな」
貝殻集め中終始笑顔だったくるみを見て春人はもう満足していた。
一度は自分に似合わないと諦めたがくるみと楽しさを分かち合えた。もう思い残すことがないくらいに楽しんできた。
香奈は何かもの言いたげに口を動かしていたがこれ以上関わるのも危機感を感じ言葉を飲み込む。
「全員集まったな。そろそろ帰り支度を始めないといけないが皆楽しんでもらえただろうか?」
葵が全員を見渡す。葵と視線が合うと皆一様に顔を和らげる。
「はい、本当に楽しかったです」
「だねぇ。会長誘っていただきありがとうございました」
「肉も美味しかったしね。もう大満足です会長!」
「うん、楽しかった。会長ありがとうございます」
「楽しかったよぉ」
全員十分に今回の旅行を楽しめたみたいだ。
皆の言葉を聞き終わると葵は目を瞑り一度頷く。皆が満足してくれたことに安堵する。
「そうかそれはよかった。名残り惜しいが帰らなければいけないからな。片付けを手伝ってもらえるか?」
「もちろんです。手分けしてやりましょう」
春人の言葉に各々片付けを始めるが少しペースが遅い。
片付けが終われば海から帰らなければいけない。楽しかった時間はもう終わってしまうのだと意識すると皆どうしても動きが鈍化してしまう。無意識でも意識的でも身体が重く感じてしまう。表情も少し影が差している。
「また来よう」
ふと葵がそう呟く。そこまで大きな声ではなかったが皆の耳に届くには十分だった。
「また皆でここに来よう。きっと楽しいものになる」
葵が優し気な口調で呟く。皆の気持ちを代弁した言葉は潮風に乗って儚く流れていく。
その言葉を聞き皆表情に笑顔が返り咲く。お互いに顔を見つめ合いながら笑顔は大輪へと変わっていく。
今はこれでいい。楽しい思い出の終わりに悲しさを感じながらも次の思い出への期待に胸を高鳴らせた。




