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6話 この妹だけは甘やかしてはいけない

「はあ、はあ、はあ……」


「はあ、はあ、ごほっ、げほごほっ……!」


 息も絶え絶えとなった春人と琉莉がリビングのカーペットの上に仰向けになって寝転がていた。


「まさか、はあ、ここまで、はあ、しても吐かないなんて、はあ、お兄が言ってることは、はあ、本当なのか……」


「だから、はあ、最初から、はあ、そう言ってる、はあ……」


 結局琉莉からラブレターを全て回収するのに三十分近い時間リビング内を走り回っていた。起き上がるのも辛い状態なのでこのままの体制で話は進む。


「そうなるとわかんないなー。なんでお兄なんかに美玖さんが」


「なんかとか言うな。別に俺だけってわけでもないし、クラスのやつらともよく話してるぞ」


「うーん、美玖さん誰にでも優しいって聞くしその延長線上でお兄に優しくしている可能性もあるにはあるけどさ」


 両手両足を広げて大の字になった琉莉がため息とともに声を吐き出す。


「なーんか納得いかないなー」


「納得してなくてももうこれ以上言うことは――」


 話している途中に肝心なことを言い忘れていたことに気づく。だがそれは――。


(言っていいのか?なんか俺にだけ嘘をつくなんて)


 言いようによっては美玖にとって悪いイメージを広めることになる。まあ、春人が言ったところで大した信憑性も拡散力もないのだが……。

 だが、春人の小さな変化に目ざとく琉莉は気づく。


「ん?今なんか言いかけなかった?」


「いや、なんも」


「いや、言いかけたよね?何隠してる?」


「隠してねえって――おいっ、こっち来んな!」


 地べたを這いずりながら琉莉は春人の身体へとまとわりつく。


「この期に及んで無駄な抵抗とかすんなし。ほら、さっさと吐け」


 先ほどの攻防で春人の気力は底をついていた。もういろいろと考えるのも面倒になっており身内ならと春人は美玖について口を割る。


「別にたいしたことじゃあねえよ。ただ、たまに……たまにでもないけど、嘘を付くんだよ」


「うそー?」


「おお、うそー。多分揶揄ってるだけだと思うんだけどな」


 そこまで言うと春人は完全に身体の力を抜いてカーペットに溶けるように息を吐く。下手したらこのまま寝てしまうのではないかと思える心地いい疲労感が身体を包んでいた。


「え?それってお兄にだけなの?他の人には?」


「んー?あーどうだろう?でもそれなら他に話聞きそうだけどな」


「そうだよね。学校一可愛い女の子が虚言癖なんていいネタだもんね」


「……一応お前のこと信用して教えたんだからな?変なことするなよ?」


「わかってるし。そこまでクズに落ちた覚えはないよ」


 いや、もう相当落ちるとこまで落ちてると思ったが言ったら面倒なことになるのが目に見えているので思うだけに留めた。


「面白そうだね」


「は?」


「だってそうでしょ?学校一可愛い女の子には誰にも言えない秘密がある。面白い展開でしょ?」


「いや、面白いって……えー」


 気持ちはわからんでもないがそれよりも妙に琉莉が興奮していることが気になる。


「お前こういうのに興味持つ人間だったか?どっちかというと自分以外どうでもいいって人間だろ?」


「否定はしないけど言われるとムカつく、ねっ」


「うっぷ!」


 琉莉は振り上げた右手を春人のみぞうちに思いっきり振り下ろした。琉莉自体筋力はザコザコだが流石は急所、普通に痛い。


「やっぱりお兄にだけってところは気になるよね。なんでこのお兄に美玖さんが嘘をつく必要があるのか。――私気になります!」


「………」


「なんか言ってくれないお兄?」


 妹の中途半端な物まねは置いといて、春人もそこは気になっていた。なぜ桜井美玖は春人に嘘をつくのか。その謎は是非解き明かしたい。


「と言うけどどうすんの?なんで嘘をつくのか聞く?」


「お兄……それを本気で言ってんならお兄はもう救いようのないバカってことだね」


「いちいち言い方がきついんだよお前は!そんなことわかっとるわ」


「ならそんな無駄な案出さないでよ。ただでさえお兄の相手は疲れるのに」


「その言葉そっくりそのまま返してやるよ」


 盛大にため息までして煽ってくる妹に春人の肩眉がピクピクと痙攣する。


「ま、何もしないけどね」


「は?」


 春人の上から立ち上がると琉莉は机に置いてあったコーラをがぶ飲みする。


「ぷはー!この一杯のために生きてんなぁっ!」


「いや、そういうのいいから。何もしないってなんだよ」


「何もしないは何もしないだよ。面倒くさいし」


「………」


 春人は言葉を失う。


 今までの話のくだりは何だったのか。琉莉の自由気ままな言動に付き合わされた春人の身にもなってほしい。


「人の心に土足で踏み込むような真似私にはできませんねー」


 琉莉はソファに寝転ぶとポテチを食べ始める。春人が帰ってきたときと同じ光景だ。


「人のラブレター勝手に音読し始めたやつの言葉とは思えんな」


「妹のわがままを許してあげるのは兄にしかできない崇高なものなんだよ?」


「……チッ」


「おい今舌打ちしたな。文句があるなら言ってみろ、ほら」


「チッ」


「あの……舌打ちだけされるとちょっと怖いので止めてもらえません」


 珍しく下手に出てきた妹に「はあ……」とため息をついてとりあえず許してやろうかと思う。この程度で許してしまうあたり妹に甘いと自覚はしている。


 鞄を手に取り自室へ戻ろうと立ち上がる時ふと思い出す。


「そういえば学校で俺から奪い取ったジュース代返せ」


 美玖と話していた時に持ってかれたジュースのことを思い出し春人は琉莉の方を見る。


「私今金欠なんで奢ってお兄ちゃん」


 可愛らしくウインクを飛ばす妹に春人は冷めきった目を向ける。やはりこの妹は甘やかしてはいけないと思い知らされた。

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