57話 羞恥身悶えて
「とんでもない醜態を晒してしまった」
春人はふかふかなベッドに身体を横たえる。沈む身体をベッドが包んでくれるような感覚に心地よさを感じるが今はそんなこと気にしていられない。
「調子に乗りすぎたーーー、バカだろう俺ーーー」
ババ抜きの後半は香奈のノリの良さについ春人もテンションが上がってしまった。今思い出しても恥ずかしい。
そして極め付けは香奈との喧嘩だ。その喧嘩の幼稚さといったら……。
「うー……恥ずかしすぎて死ぬ」
春人は枕に顔を埋めこもった呻き声を吐き出す。
しばらく己の醜態を思い出し身悶えていた。
「恥ずかしい……本当に恥ずかしい……」
香奈はベッドの掛布団にミノムシのように包まりながら羞恥心で身悶えていた。
「あれはもう香奈の自業自得だし、これに懲りたらあまり調子に乗るのは止めときなよ」
「あたしがいつも調子に乗ってるみたいに」
「そうでしょ?」
「そうだけども!」
一応自覚はあったのか香奈は美玖にキレ気味に言い返してくる。
「香奈さんはまだいいよ。私なんて兄さんのせいでもらい事故みたいなもんだよ」
琉莉が死んだ魚のような目で窓辺に置かれた椅子に座り外を眺めている。
高校生の肉親がババ抜きごときで醜い争いをしているところを友人と先輩に見られたのだ。琉莉の気持ちはマリアナ海溝以上に深く沈んでいた。
「もう、香奈のせいで琉莉ちゃんまで落ち込んでるじゃん」
「え、あれあたしのせいなの?」
「もとあと言えば香奈が意地になって負けを認めなかったからでしょ。本当に子供なんだから」
美玖が呆れたようにため息をつく。その態度にむっときたのか香奈は頬を膨らましベッドの上で暴れ出した。
「なにさなにさ!春人だってのりのりだったじゃん!ていうか最後の方春人が挑発してきたんだし!」
手足をバタバタとさせ埃が舞う。美玖は手で払い退けるように手を動かす。
「ちょっと、埃舞ってるからやめて」
埃が舞うのが嫌だったので美玖が少し口調を強める。それがまた香奈を刺激する。
「ふんっ、ここにあたしの味方なんていないんだ……」
しゅんっと急に静かになる香奈。拗ねてしまったのか顔を枕に埋めている。
そんな香奈に美玖はまたため息をつく。
「もー、別に敵味方とかじゃないでしょ」
「………」
美玖の言葉に反応を示さずずっと黙ったままだ。
美玖は、もうっと吐き出すように言うと香奈の隣に腰を下ろす。
「ごめんね香奈言い過ぎたよ」
美玖は香奈の頭を優しく撫でる。そうすると少し香奈が身動ぎする。
「私は香奈の味方だよ。でもあれは香奈も悪いよ。香奈が素直になってれば春人君もあんなにムキにならなかっただろうし」
「……そんなのわかってる」
枕に顔を押し付けているせいで香奈の口からくぐもった声が漏れる。本心ではわかっているのだろう。ただ素直になれないだけで。
そんな香奈の態度に美玖はおかしそうに苦笑する。すると香奈はほんの少し顔を動かし横目に美玖を見る。
「なに笑ってんのさ」
「んー?香奈可愛いなって」
「こんな素直じゃないあたし可愛くない」
「素直じゃないとこが可愛いんだけどなー」
そう言うと香奈はまた顔を枕に埋める。今回は拗ねたというより照れたのだろう。それがわかると美玖は香奈のわき腹に手を添える。
「え?なに――っ!ちょっ!くすぐったい!」
「くすぐってるからねー」
「ちょっとやめっ!あははははっ!」
香奈の笑い声が部屋中に響き始めた。
これには何事かと琉莉も美玖たちに視線を向ける。
「ほら琉莉ちゃんもおいで」
「え、いや私は――」
「さっきの仕返しだよ。恥ずかしい思いしたんだからこれくらい香奈も許してくれるよ。ね?」
「ね、じゃない!そんなわけっ、あははははっ!」
香奈の言葉は笑い声で掻き消える。
それを見て琉莉の中の本来の顔が覗きだす。こんな面白そうなこと家での琉莉が放っておくわけがない。
「うん、そうだね。私も少しくらいは」
猫を被りながらもその顔はにひっと悪い笑みを浮かべていた。
「え?ちょっと待って。少し話合お?」
「問答無用」
「待ってって!あはっ!止めっ!あははははっ!」
琉莉も参加して香奈を擽り始める。
「ちょっと……あんたら覚えとけよっ!」
先ほどまでの沈んだ顔は香奈も琉莉からも無くなっていた。そんなものは全てこの場で笑い飛ばしてしまったようだ。
「最後の最後で面白いものが見られたな」
「うん、もも君たち楽しそうだったぁ」
葵はベッドに腰を下ろし髪を櫛でとかし、くるみは仰向けに寝転がり天井を見ている。
「まさかババ抜きであそこまで熱くなれるとは、ふふふ、本当にこの旅行は退屈しなくて助かる」
「あおちゃん今日はずっと楽しそぉ」
「ああ、実際とても楽しいよ。春人たちには感謝だな。これほどまでに心躍る休暇は初めてだ」
「うんうん、よかったねぇ」
楽しそうな葵にくるみは、にへーっと笑顔を向ける。その人当たりの良い笑顔は見る人を自然に笑顔にさせる。葵も例外ではない。無意識に微笑を浮かべてしまう。
「君も随分と楽しそうだったじゃないか。バーベキューの時は流石に驚いたぞ」
「んー?なんのことぉ?」
「君が春人に抱き着いて寝てた時だ。流石にあそこまで気を許しているとは思わなかった」
葵から見てもくるみは春人にとても懐いている。それが好意からくるもので間違いはないが異性として特別な好意でもないのもわかる。
極端に信頼を置ける友人。葵としてはこんな認識だった。
「もも君にくっついてると安心するからねぇ。あおちゃんも今度やってみるといいよぉ」
「……ああ、機会があればな」
やはり一筋縄ではいかないらしい。ほわほわしているくるみは何を考えているのかいまいち読みづらいのだ。
「でもいいのか?私も春人にくっついて」
これは葵の念のための確認行為だった。もしかしたら葵の思い違いで異性として好意を持っているのかもしれないと。
だがくるみは首を傾げ不思議そうにしている。
「どうしてぇ?あおちゃんはくっつきたくないのぉ?」
その反応で葵は自分の考えすぎだと悟る。
「いや、そんなことはないさ。何となく聞いてみただけだ」
「んー、そっかぁ」
言うとくるみは大きく欠伸を漏らす。それを見て葵は、くすっと笑う。
「そろそろ寝ようか。明日も遊ぶんだからな」
「うん、そうだねぇ。おやすみあおちゃん」
「ああ、おやすみ」
葵は部屋の電気を切る。暗くなった部屋ではすでにくるみの寝息が聞こえてきていた。
「君は本当に変わらないな」
誰に聞かせるでもなく葵は呟き、自分もベッドへと潜り込んだ。




