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56話 小学生並みの喧嘩を始める現役高校生

 そこから数周するうちにまずは葵があがり、次に美玖、くるみとあがっていき――。


「あ、揃った。これで私も終わり」


 今琉莉が最後に手に残ったカードを捨てた。


 残ったのがいまだにババを持ち続ける春人と初っ端に心理戦を持ち出し葵に手も足も出ずにいた香奈だ。


「まさかあたしたちが残るとはね」


「ほんとにな。真っ先にあがらせてもらうつもりだったんだがな」


 最後まで残っているというのに口だけは達者な二人。お互いに口角を上げながら睨み合う。


「それじゃあ始めようか!最後の戦いを!」


 テンションが上がってきた香奈は手札を差し出す。ババを持っているのは春人なので特に悩む必要もなくカードを抜き取る。これでカードが揃い香奈は一枚、春人は二枚。次の香奈の番で終わってもおかしくない。


「ふっ、香奈先に教えてやるよ」


「ん?」


「このカード。これがババだ」


 春人は右手にカードを掲げ高々に宣言する。それを聞き香奈は一筋汗を垂らす。


「なるほど心理戦ってわけね。いいじゃんあたしたちらしくて。受けて立つよ!」


 どんどんテンションが上がっていく二人。完全に二人の世界へと入っている。


「あの二人はいったいどうしたんだ?妙に楽しそうだが」


「あれは一種の病気みたいなものです。会長はあまり関わらない方がいいです」


「うむ、そうか。ならあまり気にしないようにしよう」


 不思議そうに首を傾げるが葵は琉莉の言葉に頷く。


「楽しそうだねぇ、二人ともぉ」


「そうですね先輩」


 くるみと美玖はどこまでも純粋に二人が楽しんでいるのだと思い眺めている。間違ってはいないのだが、おそらく二人が考えているような楽しいではないだろう。


 香奈はじーっと春人が掲げたカードを睨む。透視でもしようかとしているくらい目を開き睨んでいる。


 すると香奈はカードから視線を春人へと移す。ついに決めたかと春人は悟られないように少し身体に力を入れる。


「春人それは本当にババ?」


 香奈は不意に口を開き春人へ問いかける。

 決めたものかと思ったが違うらしい。


「ふっ、会長の真似事か?お前がいくら俺の顔を見てもわかんねえぞ」


「いいから答えて。それは本当にババなの?」


 春人は真っ直ぐ見据えてくる香奈に唾を飲み込む。会長のように少しの表情の変化ではわからないと考えているのだろう。春人に実際に言葉にさせて判断しようとしている。


「……ああ、これはババだよ」


 静かに声に出す。平静さを保って少しでも相手に情報を与えないように。


「っ……」


 香奈は悔し気に顔を歪ませる。おそらく何も決定的な情報は抜き取れなかったのだろう。

 不敵な笑みを作り続ける春人に香奈は歯を食いしばり覚悟を決めた様子で手を伸ばす。


「これっ!」


 香奈が取ったのは春人がババと明言していたカードだ。

 春人の笑みが深まる。


「っ……!ッ!」


 香奈は春人の顔の変化に気づき急いでカードを確認するが――。


「こっちかよ!」


 カードに刻まれている髑髏が香奈をあざ笑うかのように笑っていた。


「あははっ!騙されたな!そうだよ最初に俺が宣言した方がババだったんだ!」


 演劇部顔負けに見事な悪役ムーブを決める春人。その顔は本当に活き活きとしていて見ているものを苛立させる。


「くっ、こいつ……ムカつく顔しやがって」


「悔しかったらお前もやってみろ。まっ、無理だろうがな」


 調子に乗り挑発する春人。それを聞いて香奈は、ぷちんっと何かが切れた。


「その挑発乗ってやらぁ!」


 頭に血が上った香奈がついに爆発し声を荒げる。あまりの変貌に観客からは「おー……」と思わず声が漏れる。


「さあ春人!このカード!これがババだよ!」


 香奈はやけくそ気味にカードを一枚春人へ突き出す。そのカードがババだと宣言している。


「なんだよ。俺の真似事か?可愛いじゃねえか」


「ふん、いつもで余裕でいられるんだか。その伸びた鼻へし折ってやるから」


 鼻息荒く春人へ宣言する香奈を春人は目を細め観察する。


(さあ、どうなんだろうな……あれはババか?)


 掲げられたカードと香奈の顔を交互に見る。香奈は必死に表情を読まれないようにしているが春人が視線を向ける度に微妙に表情が崩れている。そして春人は気づく。何かを気にするように動いた香奈の目に。


 目は香奈の掲げたカードとは別の方に向いていた。


 春人は口角を上げ香奈へ止めとなる言葉を口にする。


「決めたぞ香奈。俺はそっちのカードを選らぶ」


 春人が指をさすのとほぼ同時に香奈の顔が頬を引きつったまま固まる。その表情は致命的だった。春人はさらなる確信を得て笑みを作る。


「い、いいのかな……そんな簡単に決めて」


「ん?どうした?何を焦ってるんだ?」


「べ、別に焦ってないし!」


「もしかして本当にこれが当たりなのか?」


「ち、ちが、違うから!そっちがババ……ババなの!」


 最早誤魔化しきれていない香奈をあざ笑うように春人は笑みを濃くし手を伸ばす。


「そうか。なら俺が引いても困らないよな?」


 伸ばした手がカードを掴む。もう香奈に逃げ場はない。王手がかかったカードに香奈は目を大きく開き動揺を露にする。


「まって、まって!ねえ?もう少し考えよう?」


「ないだろそんな必要。これがババなら香奈が得するんだぞ?」


「そ、う、なんだけど……」


 顔を真っ青にして歯を食いしばる香奈。最早余裕など微塵も残っていない。

 そんな哀れな香奈に春人は敗北の二文字を与えるため指に力を込める。


「じゃあな香奈。俺の勝ちだ」


 カードを引き抜き勝負は終わり――となるはずなのだが。


「……おい。放せよ」


 春人はカードを掴んだままプルプルと腕を振るわせる。結構な力で引っ張っているが香奈がそれに抵抗する。


 絶対に放すまいと強い意志を感じる瞳が春人を射貫く。


「ふん、まだこのカードはあたしの手にあるんだから勝負はついてない」


 とんでもないことを口にしだした香奈。最早ルールを完全無視した愚行だった。


「アホか!なに子供みたいなことしてんだよ!いいから負けを認めては・な・せーっ!」


「春人こそそんなに必死になって恥ずかしくないの!」


「今のお前の方がよっぽど恥かしいわ!いいから放せよー!」


 無駄に気障ったらしい言葉を並べていた二人がいきなり小学生並みの喧嘩を始めた。

 あまりの低レベルな喧嘩に観客もポカンと開いた口が塞がらない。


 そしてそんな高校生の二人が本気で引っ張り合っているのだからカードがもつわけもなく。


 ――ビリ。


 乾いた音を立てカードが真っ二つに割かれてしまった。


「あぁーッ!あたしのトランプッ!」


 香奈が悲し気に叫ぶと、きっと春人を睨む。


「なにすんのよ春人!」


「お前のせいだろ人のせいにすんな!」


 ぎゃーぎゃー喚く二人。動物園の動物でももう少し静かであろう。


「いったい私たちは何を見せられているんだろうな」


「う……流石に恥ずかしいよ兄さん」


「まあ、琉莉ちゃんその……」


 肉親の春人がこんな恥ずかしい姿を晒しているのだから妹の琉莉としてはたまったものではない。

 流石に美玖もかける言葉が見つからない。それほどまでに二人の喧嘩は酷かった。


「二人とも楽しそうだねぇ」

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