55話 ここから心理戦だよ
楽しかったバーベキューも終わり春人たちはリビングでお茶を飲みながらのんびりとしていた。
葵が淹れてくれたとても香りのいい紅茶を飲みながら春人はゆっくり息を吐いた。
「ふー……なんかやっと落ち着けたな」
「ずっと遊びっぱなしだったからね。流石にもうゆっくりしたいかもー」
美玖は腕を上げぐぐっと伸びをする。するとある一部分が嫌でも強調されてしまう。春人はさり気なく視線を逸らした。
「何言ってんの美玖っ。夜はこれからだよ!」
すると香奈がくわっと目を開き、両腕に抱えていたものをどばどばっと机に落としていく。
「なにこれ?トランプにウノ他にもいろいろと……」
美玖は、よく持ってきたねと視線を香奈に送る。
「皆でお泊りなんだからこれくらいないとね。ささっ、何やる?」
もう遊ぶことは決まっているのか香奈が目を輝かせて聞いてくる。
「元気だなお前……あんなに昼間はしゃいでたのに」
「高校生の夏は三回しかないんだよ!一日一日大切にしないと!」
「いや、まあ、わかるが……」
春人は肩を竦め机に視線を落とす。このテンションじゃ香奈は引かないだろう。諦めて春人も香奈が持ってきたものを物色する。
「まあ、この人数でわかりやすいものだとトランプか?」
春人はトランプの箱を手に取る。
「というか……全員参加でいいんですか?」
春人は周りに視線を向ける。全員まだやるとは言っていなかった。
「私はやってもいいよ。別に身体動かすわけでもないし」
「うん、私もやる」
美玖と琉莉は参加するみたいだ。残るは先輩組だが――。
「うむ、私も参加しようか。あとは風呂に入って寝るくらいだしな」
「私もやるぅ」
結局全員でやる方向で話がまとまる。
「それじゃあ何がいいかな。無難にババ抜き?」
真っ先に思い浮かんだのがこれだった。だが特に反対の言葉もなくババ抜きをやることに。全員にカードを配り各々揃ったカードを捨てていく。
「うん、じゃあ始めよう。春人から時計回りで」
「俺からでいいのか?」
「カード配ってくれたから何となく」
適当な決め方だったが春人からババ抜きは始まった。
「じゃあこれで」
最初なんて考えても仕方ないので適当に香奈からカードを取る。それでもうまい具合に揃ったので春人は揃った二枚のカードを捨てる。
「おー、運いいね春人」
「ほんとにな。このゲーム運がないと勝てないしな」
「あはは、だよねー。それでは会長貰いますね」
香奈は葵からカードを抜き取るが揃わず。
何回か周り一人三枚ほどになったころ春人の番で香奈が不敵に笑う。
「ふっふっ、春人ここから心理戦だよ」
「心理戦?」
いきなり何やら含みのある言い方で香奈が口を開く。
「そう、普通に引いてってもつまらないからね。――そういうわけで春人。あたしの一番右のカード、ババだよ」
「……なるほどそういうことか」
心理戦というので何を始めるのかと思えば、普段もたまにやることだ。確かに心理戦といえばそうである。
「右がババねー。そもそも本当にババ持ってんか?」
「さあ、それはわからないかな」
言わなければ香奈がババを持っているかもわからなかったのにわざわざ自分からばらすメリットは何なのか。春人は少し考え思考を止める。
(そもそも楽しんでいるだけか。ババがあるかもって悩む俺が見たいんだな)
そう思い春人は香奈の右側のカードに手をかける。
「楽しんでるとこ悪いがわざわざババ持ってるなんて普通言わんだろ。お前はババを持ってないよ」
言うと春人はカードを抜き取る。
少々気障ったらしく格好つけて抜き取ったカードを確認するとそこに書かれたものは鎌を持った髑髏のイラストだった。
――いわゆるジョーカーである。
「なんでだよ!」
春人は目にしたカードに目を見開き声を上げる。
「あははっ、なんか格好つけてババ引いてやんのっ!あははっ!」
香奈が爆笑すると周りで他の皆も笑いを堪えるように肩を揺らしている。
あまりにも恥かしいところを見せてしまい春人は顔が熱くなってきた。
「ふふっ、お前はババを持ってないよ。さっ。あははっ!」
先ほどの春人のセリフにカードを抜き取る仕草を交えながら香奈はまた爆笑する。
ついに堪えきれなくなり全員声に出して笑い始めた。
「やめろっ!止めてくれぇぇぇっ!」
恥ずかしさも限界に達し春人は顔を隠し俯く。できればこの場から逃げ去りたかった、
どのくらい経っただろうか。春人にとって永遠にも感じた時間が終わり皆落ち着きだす。
「あー、笑った笑ったー。しばらく笑わなくてもいいくらい笑った」
香奈は目元に浮かんだ涙を指で拭う。本当に気持ちいいくらいに笑っていた。
「くそ……いっそ殺せ……」
盛大に笑い者にされた春人は膝を抱え顔を埋めていた。しばらく立ち直れそうにない。
「そんじゃっ、次はあたしね。会長引きますよ」
「うむ、香奈ここから心理戦と言っていたな?」
「え、はい、そうですが」
「なら私もそれに倣おう。君が欲しいのは一か?」
「えーと……答えないといけないやつですか?」
「いや答える必要はない。顔さえ見せてくれればな」
すると葵はトランプの数字を順番に読み上げていく。香奈は訳が分からず葵の言葉を黙って聞いていた。
「……なるほど」
葵は一度頷くと口角を上げ香奈へ問いかける。
「かな、君が欲しいのは三と六、あと十二だな」
「え、嘘なんで……」
香奈は目を大きく開け驚愕する。その反応を見る限り当たっているみたいだ。
「なら残念だな。私はどれも持っていない。好きなものを引いてくれていいぞ」
「な、なら……これで」
恐る恐る手を伸ばし香奈はカードを抜き取る。もちろんカードが揃うことはなかった。
何かのマジックでも見ているような感覚に皆言葉を失う。
そんな恐ろしい技を見せた葵は今度は琉莉へ視線を向ける。無意識ながらも琉莉は身構える。
「さあ、今度は私の番だな」
「ど、どうぞ」
琉莉は小さく震える手で手札を差し出す。
その反応に葵は苦笑する。
「心配するな。琉莉にまでやったりしないよ。楽しくやろう」
言うと葵は特に考えることもなくカードを引く。それでも運が良かったのかカードは揃い二枚捨てる。
何事もなかったかのように葵は身体の向きを戻す。先ほどまで笑い声でうるさかった部屋とは思えないほど静寂が支配している。
「ん?どうした。次は琉莉だぞ」
「っ!はいっ、すみませんっ」
琉莉は美玖へと身体を向け小さく呟く。
「う~、怖かった」
目に涙を浮かべて怯えるようにこぼした声は正面の美玖にのみ聞こえていた。
「あはは……」
美玖も苦笑するばかりで何も声をかけることができなかった。
琉莉はカードを引くとそのまま自分の手札に加える。
次は美玖の番だ。くるみに身体を向けカードに手を伸ばす。
「待ってぇ。私もしんりせんするぅ」
くるみは葵に感化されたのか妙にやる気の籠った目を向けてくる。
「え、はい、わかりました……」
美玖が困惑してそう返すとくるみが、むむむっと口を尖らせ眉間に皴を寄せる。
「私の右側の数字は二ですぅ」
「はー……そうですか」
「美玖ちゃんは二欲しぃ?」
「えーと、はい、そうですね」
「そうかそうかぁ。はいぃ」
くるみは手札を美玖へ差し出す。いったいなんなのか美玖はずっと困惑していた。
「え、じゃあ、はい」
美玖は右側のカードを抜く。そのカードは本当に二で二枚揃いカードを捨てる。
「えーと……揃いました」
「いやぁ、やられたねぇ。美玖ちゃんしんりせん強いねぇ」
いったい何が心理戦だったのか。くるみの意味不明な行動に皆頭を抱えている。美玖にいたっては思考が追い付かず目を回していた。
下手な心理戦よりよっぽど質の悪い。
そんなみんなのことなど置いてくるみは春人に向く。
「それじゃぁ、もも君引くよぉ」
「は、はい」
名前を呼ばれて春人は、はっと我に返る。悩むように手を彷徨わせるがくるみは視線を春人に向ける。
「もも君はしんりせんしないのぉ?」
「え、あー……そうですね。では」
春人は気を取り直し自分の手札を見る。ババを持っている春人はこの中で一番心理戦を仕掛けるメリットがあった。うまくいけばババを押し付けることができるのだから。
「先輩、真ん中のカードババかもしれませんよ」
「そうなのぉ?」
「ええ、もちろん嘘かもしれませんが……どうしますか?」
「なら、はーい」
くるみは迷う素振りを見せず真ん中のカードを抜き取った。
「え」
あまりにもあっけなくカードを持ってかれ春人はきょとんと目を瞬かさせる。
「む、ババじゃないぃ。もも君嘘つきだねぇ」
「いや、まあ、心理戦ってそういうものですし……」
なぜか不満げに唇を尖らせているくるみに春人はどうしたらいいのかわからず困惑している。
(この人ほど心理戦が向いてない人いないな)
そもそも心理戦事態をわかってない節がある。
香奈が言い出した心理戦のおかげでいろんな意味で緊張感が増すババ抜きになってしまった。




