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54話 おいしいたのしいBBQの時間

 肉が焼ける匂いが周囲に充満してきた。自然に春人のお腹も鳴ってしまう。


「いい匂いしてきたな。急に腹減ってきたぞ」


「本当だよね。もう少しで焼けるから待っててね」


 美玖は皿を片手にトングを動かす。春人の分を取ってくれるのだろう。春人が動けない状態とはいえ肉を焼かせてわざわざ取り分けてくれるなんて申し訳ない。


 ほどなくして焼けた肉を美玖が持って来てくれた。


「はい、どうぞ春人君」


「ありがとな」


 皿を受け取り春人は思わず唾を飲み込む。香ばしい匂いに綺麗に焼き目が付いた肉が食欲を刺激してくる。

 早速箸で肉を掴むと口に放り込む。


「んっま!めちゃくちゃうまいなこの肉!」


「確かにいいお肉だったね。私キッチンで見たときびっくりしちゃった」


「炭火なのもあるんだろうな。すげえ柔らかくていくらでも食べれそう」


 春人は美玖から貰った肉を一瞬で平らげてしまった。その食べっぷりに美玖はおかしそうに笑う。


「ふふふ、すぐ次の持ってくるね」


「あ、悪いな全部やらせて」


「気にしないで」


 美玖は立ち上がると春人から皿を受け取り次の肉を取りに行った。


「んー、春人食べてるー?」


「食べてるよ香奈は……食ってるみたいだな」


 香奈の持った皿に乗った肉を見て春人は呆れながらも感心してしまう。


「うん、食べてるよー」


 漫画のように山積みになった肉を香奈が美味しそうに食べていく。相変わらずの大食いだ。


「本当によく食べるよな。身体どうなってんの?」


「そんなの知らないよ。食べれちゃうんだからしょうがないでしょ」


「まあ、あまり食べないよりはよっぽどいいと俺は思うけどな」


「でしょー。春人もたくさん食べて大きくなるんだよ」


「親か。言われなくてもこんな美味しい肉腹がはち切れるくらい食べるわ」


 滅多に食べれない肉に春人はテンションが上がっていた。今のうちに少しでも多く味わっておこうと思う。


「兄さん取ってきた」


「ん、ああ、ありがとう……まじでピーマンとしいたけだけ」


「お肉は美玖さんが取ってくるからバランスだよ。ちゃんと野菜も取らないと」


「ああそうだな。お前もちゃんと野菜食べてるか?」


「食べてるよ、ほら」


 琉莉は自分の皿を見せてくる。皿には数枚の肉と薄く切られたじゃがいもが一枚。


「食ってんのかほんとにこれ」


「そんなに心配しなくてもちゃんと食べてる。さっきもとうもろこし食べた」


「確かに野菜だろうけどなんかな……ほれ」


「なに?」


 春人はピーマンを一つ箸で掴むと琉莉へと差し出す。


「ちゃんとピーマンとかも食っとけ。どうせ食ってないだろ」


「やだなぁ兄さん。私もちゃんと食べてるよ」


「なら別にこれ食べれるよな?」


「………」


 無言になり琉莉が笑顔を作ったまま固まる。表情からはわかりにくいが絶対に食べたくないといった意志が感じ取れる。


 琉莉は無言の圧を飛ばすが春人はひるまずピーマンを琉莉の口元まで持っていく。


「兄さんそれは兄さんのために取ってきたんだよ。兄さんが食べて」


「妹がちゃんと食べてるか兄は心配なんだ。俺のことを思うなら食べてくれないか?」


 お互い笑顔のまま視線を飛ばす。声には出さないが見えない攻防がそこには繰り広げられていた。


(ちょっとお兄、私がピーマン嫌いなの知ってるでしょ!止めてよ!)


(こうでもしないとお前はいつも食わんからな。皆の手前食わないわけにもいかんだろ)


 しばらく視線で会話を繰り返し琉莉はぴくぴくと眉を動かしながら恐る恐る口を開けた。


「……そこまで言うならしょうがないな……あーーー」


 大きく口を開きピーマンを受け入れようとする。春人は躊躇いなくピーマンを口に放り込んだ。


「どうだうまいか?」


「…………うん、おいひい……」


 口元を隠しながら琉莉は答える。少し目元に涙を浮かべていた。

 そんな兄妹のやり取りを一部始終見ていた香奈が感心したように口を開く。


「ほえー、本当に仲いいよねー。あたしが知ってる兄妹ってもっと殺伐としてたんだけど」


「なんだよ殺伐って怖えな」


 言葉のチョイスが大げさだと春人は思うがすぐに考え直す。家での自分たちをその言葉に重ねてみる。すると恐ろしいほどしっくりきた。


「仲良くない。兄さんはいつも私をいじめる」


「琉莉ピーマン嫌いだったんだね。でもダメだよちゃんと食べないと」


「香奈さんお母さんみたいなこと言う」


 琉莉がピーマンの後味に顔を歪めていると香奈も琉莉の言葉に苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


「女子高生が一番聞きたくない言葉だよそれ」


「あー、何かわかるぞ。普段口うるさく言われてることを自分も言ってるのかって」


「そうそれ、それに花の女子高生がお母さんと考えが一緒って普通にショックだし」


「そこは人それぞれじゃないか?普通に喜びそうなやつもいそうだけどな」


 香奈がどうかはわからないが仲がいい親子ならそういうこともあるだろう。一緒に買い物に行くなどよく聞く話だ。そういう子は親と意見が合えば喜びそうだ。


「お待たせ春人君持ってきたよ」


 美玖が皿に肉を乗せて戻ってきた。先ほどより少し多めに盛り付けてくれている。


「ありがとな本当に。美玖も俺に気にせず食べてくれよ」


「うん、私も自分の分持ってきたから大丈夫」


 言うと美玖は自分の分であろう皿を春人へ見せてくる。肉に野菜とバランスよく盛り付けられていた。


「ならよかった。俺のせいで美玖が食べてないなんてことがなくて」


「私もお腹空いてるからねー。流石に我慢できないよ」


 楽しそうに笑うと美玖は春人の隣に腰を下ろす。ここで一緒に食べるつもりだろう。


「ん……んー……いい匂いぃ」


 春人の腰辺りでくるみが身動ぎする。どうやら目が覚めたようだ。


「あっ、起きましたか先輩」


「んー……起きたぁ。お腹空いたぁ」


 本当に匂いに釣られて起きたようだ。葵の言った通りになり春人は苦笑する。


「おいしそーそれぇ」


「あ、なら俺取ってきますよ。ちょっと待ってください」


「ううん、それでいぃ。あ~ん」


 立ち上がろうとした春人を止めるとくるみは大きくその小さな口を開けた。


「え、あーんって……」


 もしかしなくても食べさせろということだろう。どうしたものかと春人は周囲に視線を彷徨わせる。

 美玖と琉莉は驚いたように口を開け、香奈は何やらにやにやと目を輝かせている。


「あの先輩――」


「あ~ん」


 食べさせてくれるまで動きそうにない。そんなくるみに苦笑いを浮かべながら春人は箸で肉を摘まむ。くるみサイズに小さめの肉を選んで口に優しく運んだ。


「あむ。むぐむぐ……うん、おいしぃ」


「それはよかったです。それじゃあ先輩の分を――」


「あ~ん」


 再び口を開けだしたくるみ。またほしいのか。きっとそうなんだろうが――。


「先輩そんなに欲しいなら俺取ってきますよ?」


「あ~ん」


 またしても話を聞かず口を開け続ける。ぱっと見餌を待つ雛鳥のようで可愛らしい。

 春人は諦めもう一度肉をくるみに差し出した。それをぱくりと美味しそうに食べる。


「おいしぃ」


 幸せそうに瞳をとろけさせるくるみ。いちいち可愛らしい反応をするので春人も困ってしまう。


「もも君もっとぉ」


「あのこれ以上は……」


 春人は冷や汗を垂らしながら頬を引きつる、さすがにもう勘弁してほしかった。これ以上は春人の精神面が持たない。


「えーもっとぉ」


「こら、バカなこと言ってるな。持ってきてやったからこれを食え」


 困った春人に助けが入る。

 葵は呆れを顔一面に表しながらくるみへ肉などがのった皿を渡す。


「おー、あおちゃんありがとぉ」


「まったく、それと春人に礼を言っておけ。寝てる君をずっと見ててくれたのだからな」


「いや、いいですよこれくらい」


 春人は慌てて遠慮する。そもそもくるみが寝てしまったのは春人のせいだ。礼なんてそれこそ困ってしまう。


「そうなのぉ?ありがとねもも君」


 だがくるみは素直にお礼を口にしてきた。寝る前のやり取りを忘れているみたいにいつも通りの様子で。


「え、あ、はい、どういたしまして……」


 礼を言われたからには返事をするしかない、ぎこちなくだが春人はそう返す。それを聞きまた、にへーっと笑顔を浮かべるくるみ。本当に感情表現が素直すぎて困る。


「あーそうだ香奈。そろそろいいんじゃないか?」


「はふ?――っ!ごくっ。ぷはっ!そうでした!もう出来てる頃ですね」


 香奈は口いっぱいに含んでいた肉を慌てて飲み込み肉が焼かれている網の方へ駆けていく。

 そして先ほどまで漂っていた焼けた肉とは違う美味しそうな匂いを引きつれ帰ってくる。


「春人これでも見て考えを改めなさい!」


「え?えーっ!なにこれうまそっ!」


 香奈が持ってきた料理に春人は釘付けになる。


 ローストビーフにアヒージョ、パエリアが春人の前に並んだ。


「え、まじでこれ香奈が作ったのか?」


「そうだよー。といってもバーベキューでできる簡単なものだけど」


「いや十分すごいぞ。食っていいか?」


「どぅぞー」


 春人はローストビーフへ箸を伸ばす。肉のうまみとかけられた甘めのたれが口の中に広がり思わず頬を緩める。


「うめえ。ローストビーフって自分で作れるんだな」


「簡単だよ。焼き目を付けてアルミホイルとタオルで保温して待ってれば出来るし」


 簡単に説明するが春人にはよくわからなかった。それでも美味しいということはわかるので続けてもう一切れ食べる。


 そんな春人の様子に香奈は満足気に笑う。


「どう?これでわかったんじゃないかな。あたしが料理できるって」


「ああ、認めるわ。香奈は料理うまいな」


「ふっふっふっ、もっと褒めていいよ」


 鼻高々に得意げな表情を作る。あんまり褒めるとまた調子に乗りそうだ。

 皆も香奈が作った料理に舌鼓している。


「本当においしい。香奈食べるだけじゃなかったんだね」


「ちょっと美玖まで春人みたいなこと言う!」


「このパエリアおいしい。香奈さんいいお嫁さんになれる」


「ほんとにっ?琉莉は優しいねー」


 香奈は嬉しそうに琉莉に抱き着くが琉莉は無視してパエリアを食べ続ける。琉莉の香奈に対する扱いが日に日に適当になっている気がする。


「うむ、少し濃い目の味付けなのにだからといってしつこく口の中には残らない。絶妙な味付けだな」


「うん、おいしいよ香奈ちゃん」


 葵にくるみも絶賛である。これには香奈も照れくさそうに頬を掻く。


「いやー、皆に喜んでもらえてよかったです」


 食事中は今日の出来事に皆話が尽きなかった。

 美味しいご飯に楽しい話で時間も忘れ、日が暮れてもしばらく皆で騒がしくしていた。

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