51話 桜井美玖の心地①
私は逃げるように脱衣所に駆け込んだ。
そうしないと気持ちの整理がつかないまままた言葉が溢れてしまいそうだった。
「バカか私は……なにしてんの」
頭を抱えその場に蹲る。前に垂れてきた髪が顔に貼りつき邪魔だが今はそんなこと気にもならなかった。
「何対抗心なんて燃やしてんの。別に誰が春人君のことどう思ったっていいじゃない」
会長もくるみ先輩も絶対そういうのじゃない。そんなことわかってるのに……。頭の中で色々考えちゃって訳が分からなくなっちゃった。
ほとんど自滅だあれは。
「どうしようバレたのかな……でも言葉にはしてないし……」
香奈なら何とかなると思う。問題は……。
「会長なんてどう対応すればいいかもわからないし……最悪バレてない……って思うのは都合がいいかな」
私は両手を合わせて口元に当てて考える。
バレたとして問題なのは春人君にバレることだ。なら最悪そこを解決できれば……。
「口止め?でもどうやって…………賄賂?」
口にした言葉を首を振って忘れる。何をバカなことを考えているのか。
「そもそもちゃんと説明すれば黙っててくれそうだし……どう説明しよう」
説明ってどうするのこんなの。というか説明するのが恥ずかしいしムリ。
「うーん、他に何か……」
「――く。……みーく」
「……っ!?……え」
急に呼ばれて驚くと皆が私に怪訝な視線を向けていた。
でも無理はないと思う。だって一人でぶつぶつと呟いてたら私だって同じ反応をする。
え、ちょっと皆あがるの早くない!?
それでも動揺はする。顔が一気に熱くなってきた。
「美玖何してんのさ。着替えもしないで」
「え、えーと……ちょっと考え事してて……」
「……さっきのこと考えてた?」
心臓が大きくはねた気がする。それくらい動揺しているのが自分でもわかる。
香奈は何を言ってくるんだろう。少し……怖い。
私のそんな心を読んだわけではないだろうが香奈はにいっと歯を見せて笑ってきた。
「大丈夫だよ。美玖が春人のことどう思ってるかわかったから」
「――ッ」
心臓が締め付けられた気がした。
やっぱり――。
「でも友人としては心配だよねー。あそこまでいい感じのこと言ってんのに好きじゃないって。美玖のハードル高すぎない?」
「……え?」
え?何言ってるの香奈。
考えていた反応と違ってすごい間抜けな顔をしてる気がするけどどうしても意識が別の方に行ってしまう。
「最初に好きな人いないって言ってたし、春人の評価でダメならもう誰がいいんだよって話だよねー」
最初って……え、あれを信じてるの?
私は香奈の顔を穴が開くほど見る。
たぶん……嘘は言ってない。香奈すぐに顔に出るし。
それに……香奈ならありえる。私の言葉本気で信じてそう。
「美玖、君の言葉にはとてもドキドキとさせられたよ。君は人の心を動かすのがうまいようだ」
会長が私に何やら賞賛の言葉を送ってくる。こちらも思ってたのと違う。
あれ……?これってバレてないのかな?
あまりにも都合のいい解釈な気がするがみんなの反応がどうも……。
考えがまとまらなくなってきたら私の身体に誰かが抱き着いてきた。
「美玖さん可愛い。あの反応もう一回希望」
「えーと、琉莉ちゃん?」
あの反応ってどれ?もういろいろしすぎてどれのことか。
「私も見たーい。さっきの美玖ちゃん」
そうしたらもう一人くっ付いてきた。
髪から水滴をぽたぽた垂らしながらくるみ先輩がぎゅうっと抱き着いてくる。
「……先輩早く髪拭かないと風邪ひきますよ?」
「んー、美玖ちゃん拭いてぇ」
「え、は、はい」
思わず返事してしまった。
一度返事してしまったので私はタオルでくるみ先輩の頭を拭いてあげる。
「んーーー……きもちいぃ」
なにかとても気持ちよさそうでいいのだけど何だろうこの状況。二人の女の子に抱き着かれながら頭を拭いてあげてる。今まで経験のない状況だ。
「ずるいくるみ先輩。美玖さん私も」
「え、えーと……」
「二人とも美玖も着替えないといけないんだ。自分のことは自分でやりたまえ」
私が困っているのを察してくれたのか会長が二人に離れるように言ってくれた。
二人とも頬を膨らませしぶしぶと離れていく。
「あの、ありがとうございます会長」
「流石に君も大変だろう。そもそも君も早く身体を拭かないと風邪をひくぞ」
「あ」
そういえばまだタオルを巻いたままだ。身体をろくに拭いていない。
私は急いで身体にタオルを走らせる。
それでも髪が長い私は少し髪を乾かすのには時間がかかってしまう。
ドライヤーで髪に温風を送っていると後ろから会長が寄ってきた。
「手伝おう。その長さは一人じゃあ大変だろう」
「え、いいんですか?」
「私はもう全部済ませた。問題ないよ」
言うと会長はドライヤーを手に取り私の髪をとかしながら乾かしてくれる。
上級生にこんなことさせていいのかと思うが会長が始めてしまったので今更言えない。
「美玖。君の気持ちはとても大切なものだ」
「――っ」
一瞬何のことかわからなかったがすぐに先ほどまで湯船の中で話していたことだと気づいた。
私の動揺など気づいていないのか会長はそのまま話を続ける。
「春人のことをよく見ているな。人のいいところを見つけるのは簡単そうで結構難しい。でも君は春人のいい部分をしっかり見てそれを自分なりの言葉で表現した。それは君が心から春人に対して感じている部分だ。今後何があってもそこが揺らぐことはないだろう。大切にするといい」
鏡越しに映る会長の顔はとても優し気に微笑んでいる。
やっぱり会長は気づいているのだろうか。
考えてもわからないまま会長の手が止まる。
「これでいいかな美玖」
「はい、すみませんありがとうございます。髪もとても綺麗……光ってる」
比喩とかではなく本当に輝いて見えた。指通りもサラサラで私はつい何回も自分の髪を触ってしまう。
「ふふふ、満足してくれたみたいで何よりだ。それじゃあ行こうか。ご飯の準備もしなくてはならんしな」
「は、はい」
私は慌てて荷物を鞄にしまう。結局会長の心意はわからず終いだ。
「美玖さん兄さんの部屋見てきてもらえないかな?なんか寝てそう」
琉莉ちゃんがいきなりそんなことを言い出す。スマホを手に持ってるから連絡が取れなかったのかな。
「いいけど。どうして私?」
「寝てる兄さんの顔見てみたいかなって」
何それすごく見たい!
そう思った私の行動は早かった。
「わかった起こしてくるね」
駆け足気味に階段を上る。
春人君の部屋の扉の前まで来ると私は少し躊躇する。
「これノックしたら春人君起きちゃうんじゃ……そしたら寝てるとこ見れない」
だからといってこっそり入るのも気が引ける。考えたすえ控えめにノックをし音を立てずに扉を開けた。
多少の罪悪感は払拭された。
部屋に入ると春人君はやっぱり寝ていた。私は思わず春人君の顔を凝視してしまう。
わー、ほんとに寝てる。きゃー寝顔可愛い!
……少し、少しくらい……。
私は足音が立たないように、そーっと春人君に近づき寝てる顔の頬を指でつつく。
きゃー!柔らかい!もっと触りたい!
男の子の肌だから少し硬いのかと思ったけどそんなことない。私とそんなに変わらないと思う。
顔を見てると私はある一点に視線が止まる。
いつもはそんなに意識しないが寝てて無防備なその唇から私は目が離せず気づけば手が動いていた。
「さ、さすがに……」
私は出しかけた手を引っ込める。それはダメだ。私でもそれくらいの理性はまだ残ってる。
「ふー……はー……」
一度落ち着こうと深呼吸を繰り返してると春人君が身動ぎしだした。
私はピクリと肩を跳ねさせ驚き硬直する。




